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先日に要人護衛の任務に失敗してから、政府からの依頼がパッタリと来なくなった。
シバはこれ幸いにと、マルヘッド高等専門学校にて、作品の製作を行うことにした。
今回作る芸術作品は、『カタナ』だ。
シバが住む国では、カタナは少し形の変な剣という武器扱いなのだが、刀身と拵えと鞘に装飾を施した物は芸術品としてカテゴライズされている。
そのため、芸術作品を作るという意図であれば、装飾に力を入れるために刀身は購入することが普通といえる。
しかしシバは、政府からの依頼が来ないようだし、マルヘッド高等専門学校には鍛冶場もあるし、製作工程の情報もあることだしと、刀身から作ることにした。
シバは調べた手順に従って、鍛冶場の一つを貸切りにして、作業を進めていく。
まずガス炉に火を入れ、そこに鍛接剤を塗した鋼片を積んだものを入れる。
鋼片がガスの火によって炙られ、段々と赤熱化し、やがてパチパチと火花が散り始める。
本来なら、ここで炉から赤熱した鋼片を取り出し、油圧ハンマーで叩いて鋼片同士を圧着させる行程になる。
しかしシバは、百kgまで操れる、念動力者だ。
その念動力を駆使すれば、炉の中にある数キログラムの鋼片を押しつぶして圧着させることは容易いことだ。
事実、炉の中では鋼片が全方位から圧力を掛けられて、すっかり一つの鋼へと変わっていた。
その鋼を、シバは炉の中に入れたまま、警策状に引き延ばしていく。
ある程度の長さまで達したら、ここでようやく炉の外へ出す。
赤熱化している鋼の片面に、鍛接剤、高融点金属を数種類混ぜた粉、炭の粉を振りかける。
念動力で伸ばした鋼の真ん中から二つ折りし、また片側に先ほどと同じ粉を振りかけ、更に真ん中から二つ折りにする。
その後、鋼を炉の中に戻し、念動力で圧着し、引き延ばす。再び炉の外で、粉を振りかけ、折り曲げ、炉に戻す。
そうやって鋼を折って伸ばしてくっ付けてを繰り返すうちに、鋼にある不純物が取り除かれ、そして鋼と高融点金属の粉が混ざり合い、独特の模様が表面に浮かんでくる。
そんな行程を経て出来上がった鋼をU字に折り曲げ、空いている部分に鍛接剤を振り入れてから工業的に不純物を極力排した軟鉄を挟みこむ。
鉄と鋼を合わせたものを炉の中に入れ、ガス火で温め続ける状態で、念動力で刀身の引き延ばしを行っていく。
均一に伸ばされ、カタナらしい身幅と形の刀身に成形され、刀身の元から先に通じる溝が入る。
そしてAIに作成してもらった図案をみながら、刀身の左側にはデフォルメした六枚羽の天使、右側には漢字で『大天使 彌額爾』と彫り入れた。
シバは炉の外に一度出し、見た目に問題がないことを認めてから、炉の中に再び入れて焼き入れを行う。
シバは刃物造りの素人のため、どれだけ焼きを入れていいのかを知らない。
だが学校のライブラリで検索し、磁石がくっ付かなくなるまで熱すれば焼きが入ることを知っていた。
シバはときどき炉から刀身を抜いて磁石を当て、くっ付くようなら戻すを繰り返す。
やがて適切な温度まで達したので、シバは熱した刀身を焼き入れ用の油の中に入れた。油の中でゆるやかに刀身が冷やされ、安全に焼き入れが行われていく。
ある程度まで冷めたところで、焼きが入ったのかを確かめるために、刃の部分に金鑢を当てる。鑢で削れないことを確認できたので、焼き入れは問題ないようだ。
シバは布で油を拭い取ると、火の威力を弱めたガス炉に入れ、刀身を炙っていく。
そうしてある程度まで温めたところで、その刀身を灰が詰まった箱の中に入れ、さらに灰を被せていく。灰の中で徐々に冷ます、徐冷という行程だ。
出来上がった刀身が冷やし終わる時間を活かすため、シバは次の行程へ。
カタナの鍔、ハバキ、金目釘などの、金属部分の装飾を製作していく。
本来なら砂で作った型を用意したり、金属を削ったりして作る必要のある行程だが、シバには念動力がある。
各種装飾に適した金属を炉で溶かしたら、念動力で溶けた金属を空中へと浮かべた状態で望む形に成形することができる。
そうしてあっという間に、行程で発生するはずの金属屑を全く出さずに、カタナの装飾に使う金属部分を全て作り終えてしまう。
「刀身が冷めるまで時間があるし、食堂で飯でも食ってくるか」
シバは鍛冶用の一室を出ると、利用者がシバのままになっていることと電子鍵がかかったことを確認してから、食堂で完全栄養食プレートを頼んだ。
人工的にカロリーと栄養素を適切に調整されたもので腹を満たし、刀身が冷える予定の時間まで学校の中庭で日に当たってのんびりする。
マルヘッド高等専門学校は、価値を生み出す者を育てる場所。その性質上、普通の学校のように校舎内に満杯の生徒が常にいるわけではない。
この日も、中庭から見える教室の多くが閑散としていて、廊下や製作実習室にいる人影も疎ら。
「これが製作物の期限日当日や前日とかだと、色々なところに生徒がいるんだけどなぁ」
教室では仕上げを行う生徒がいて、実習室では製作が全く進んでない人が足掻き、廊下には実習室の順番待ちでイライラとしながら立つ人がいる。
その時期に比べると、まるで休校日のような閑散具合だった。
「さて、冷えるに十分な時間だな」
シバが鍛冶室に戻り、灰の入った箱から刀身を抜き出すと、手で触れられる程度まで温度が落ちていた。
シバは刀身の曲がり具合を見て、修正が必用な部分を手持ちバーナーで熱しつつ、念動力で刀身が真っ直ぐになるよう修正する。
そして念動力を用いて、刀身をベルトサンダーに複数回掛けて鏡面仕上げに。表面が艶々になったところで、鉄用の防錆剤をスプレーした。
そうして刀身の製作が終了したところで、次は鞘作り。
目の詰まった堅い種類の木の角材を二つ選び、それぞれに刀身を当てながら鉛筆で形を写す。
写したカタナの形に沿って、カタナの厚さの半分ほどの深さの溝を掘っていく。
そうして出来た二つの木材に木工用の接着剤を塗布すると、溝を合わせるように接着し、クランプで閉めて接着面が動かないようにする。
接着剤が乾くまでの間に、先ほど作っていた装飾のうち、現時点でカタナに合わせられるものの調整を行っていく。
接着が乾いたら、刀身が問題なく溝に入ることを確認してから、木材を円く長い形になるよう刃やベルトサンダーで削って成形する。
そうして出来た木材を、刀身の刃と持ち手の境に当たる部分を電ノコで切り分け、それぞれ鞘と柄に分ける。
鞘に、人造漆の下地を塗っていく。これは螺鈿細工の工法を模して、宝石屑で天使が出てくる伝説の一場面を描く予定になっている。
漆が乾くのを待つ間に、シバは刀身の持ち手にハバキ、鍔、柄を順番に入れてから、柄に目釘穴を通し、金目釘を入れて柄が刀身から抜けないことを確かめる。
柄を一度外し、蛇革を巻き、その上に絹の赤糸で作った組糸を巻き付けていく。製作法に載っていた、間と間に菱形をつくる、平巻という方法で。
目釘のある場所の革に穴を開け、柄尻に金属を嵌めてから、刀身に装着。目釘を入れて、柄を手で持って、刀身を何度か振る。
「よし。カタナを振っても、柄の糸が変にねじれもしないな」
これで後は、螺鈿造りを模した造詣にする鞘が出来れば、シバの製作物は完成となる。
シバは、人造漆が乾くのを待ち、乾いたら新たな漆を塗り、再び乾くのを待ちと、待っている間に屑宝石の欠片や粉を作ったりと、作業行程を勧めていったのだった。




