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防弾仕様者が工事現場の中に入るや否や、車の下にあった地面が爆発した。
その様子を、シバは念動力で感知して舌打ちする。
「チッ、地雷か」
シバの念動力は、自身から二メートル範囲にある百kg以内の重量の物を操ることができる。
しかし、念動力に限らず超能力というものは感覚で操るものなため、なにかを感知してから能力を発動するまでに若干のタイムラグが発生する。
シバの念動力の場合、高速弾を撃ち込まれても能力範囲で止められるほどに、そのタイムラグは極小だ。
それでも、車のタイヤが地雷を踏んで地雷が爆発した場合、シバは念動力で車体やタイヤのホイールを守ることはできても、地雷に接触しているタイヤのゴムが瞬間的に焼けることまでは防げない。
そのため、地雷によってタイヤのゴムが破断し、車は横滑りしてスピンを始める。
シバは念動力で天板に立ち続けつつ、回る視界の中で敵を探す。
こんな人気のない場所まで誘導したからには、あの要人をここで殺すに違いないからだ。
スピンしていた車が止まり、車の中から護衛が二人、外に出てきた。運転席と助手席に座っていた人たちだ。タイヤがパンクして動けないため、運転手と助手席の護衛が車内にいる理由がないため、外での警戒にあたるのだろう。
ちなみに例の要人はというと、シバが念動力で確認したところ、車内の後部座席で女性の護衛二人に左右から覆いかぶさられていた。護衛の行動は車内で護衛対象を守る既定行動ではある。しかし三人の様子がいかがわしく感じるのは、女性護衛たちの衣服の合わせに乱れがあるからだろうか。
シバは車内の様子に溜息を出してから、こちらに近づいてくる足音を聞き、視線を音の方向へと向ける。
真昼間。少し離れた岸からの埋め立て工事の音。
そんな景色の中に割って入ってくるようにして、異様な人型機械が現れた。
イザーン型の円柱機械に細い鉄骨の手足を生やした、出来の悪いブリキ人形のような人型機械だ。
その人型機械を見て、シバは眉を寄せる。
「あれは、あの国で見た人型機械と、イザーン型を掛け合わせたものか?」
シバが観光客を装って侵入したあの国にあった、培養した脳を用いた人型兵器。そして、超能力を書き込んだ培養脳を搭載した、AI制御の円柱機械。
その二つの特色を持つ機械ということは、すなわち戦闘用に他ならない。
シバが敵の脅威度を図っている中、車から出てきて警戒していた護衛の二人が動く。懐から出した拳銃で、現れた人型機械を撃ったのだ。
一人ずつ三発、計六発の弾丸。
それらは人型機械へと飛び、命中する直前で真下に進路を変えて地面を穿った。
滅茶苦茶な軌道で弾丸が外れたことに、射撃した護衛の二人が驚いている。
一方でシバは、人型機械が超能力を使う相手だと察知して、すぐに車の上から飛び降りて地面に着地する。
その直後、人型機械がもの凄い速さで移動を始める。
まるで陸上短距離選手が全力疾走しているかのような速さだが、人型機械の手足が動かないままに横滑りするような移動方法だ。
明らかに、人型機械が自身を念動力で高速移動させている。
その突然の高速移動に、護衛たちが満足な反応が出来ずにいる。
護衛たちがまごついている間に、人型機械は護衛の一人に接近し、その細い鉄骨のような腕で殴りつけていた。
簡素な見た目とは裏腹に、手足を動かすモーターの出力は高いようで、その一撃で護衛の頭が半分ひしゃげた。
「なっ!? このおお!!」
生き残った方の護衛は拳銃を乱射するが、全ての弾丸があらぬ方向へと逸れてしまう。
そうして拳銃のスライドが下がりっぱなしになったとき、人型機械の腕が振るわれ、その護衛を殺した。
直後、人型機械の円柱の胴体に大穴が空き、後ろへと吹っ飛ぶ。
地面に下りたシバが、足元にあった拳大の石を念動力で動かし、人型機械へと高速で撃ち出したのだ。
人型機械が操る超能力で石が逸れなかったのは、シバと人型機械の距離が二メートル以内――すなわち、命中するまでシバが念動力で石を操っていたからである。
シバは、大穴が開いた人型機械に近寄ると、念動力でその穴を広げ、中を確認する。
壊れた機械の部品の中に、壊れた容器と培養脳の破片。間違いなく、イザーンと同じコンセプトで作られた、超能力を発揮する機械兵器だ。
「まったく、どういうことだ?」
いま車にいる要人を護衛することが、シバが政府から与えられた任務だ。
それなのに、この国における最新式の治安維持用機械であるイザーン型円柱機械――その改造品が、要人を殺そうと襲撃してきている。つまり、大企業が襲撃者であると予想できる。
政府が守れと言い、大企業が殺そうとしている。
そのチグハグな状況に、シバは頭を悩ませる。このまま護衛を続けていいのか、それとも見捨てるべきか。
大企業たちの下に政府が属している事実を考えるなら、要人を見捨てて撤退するべきだろう。
しかしシバが政府の犬であるという事情を考えるなら、任務の完遂こそが求められる働きだろう。
シバは考え、そして政府に判断を委ねることに決めた。
「状況を説明し、任務継続困難であることを伝えれば――」
護衛用のバイザーで連絡を取ろうとしたが、なぜかバイザーの表示がオフラインになっていた。
シバが慌てて設定を開いてオンラインにしようとするが、ネットに繋ぐためのシグナル自体が来ていないようだった。
「あり得ない」
この国において、ネットに接続できないなんて事はあり得ない。不測の事態が起こっていた場合でも、他の地域なら兎も角、この中州の街は万全のネットワーク構築がなされているため、ネットの断線など起こるはずがない。
それにも関わらず、バイザーがネットに接続できない。
そんな異常な真似ができる存在は、この国を牛耳っている大企業たちしかあり得ない。
では、大企業たちが何を目的として、要人襲撃を行っているのか。
「……この要人が大企業所属の誰かを怒らせたか、もしくは兵器の実践での評価試験、といった感じか?」
あるいは、どちらもか。
シバが思考に沈んでいると、新たな足音が聞こえた。
シバが音の方へ視線を動かすと、今度は人が乗り込んで使う形のパワードスーツが立っていた。
「性能評価試験のほうか?」
シバはそんな予測をしつつ、足元の石を高速で撃ち出した。
石はパワードスーツへと向かい、命中する直前であらぬ方向へと逸れた。それは、先ほど円柱機械に手足をつけたような機械が行ったことと、同じ現象だった。
「……なるほど。超能力を使用できる兵器のバリエーションを試すわけか」
差し詰め、先ほどの手足が鉄骨な方は、簡易版か安価版の兵器。そしてパワードスーツ型が、高級な方というわけだ。
シバが襲撃の目的を理解しつつあると、パワードスーツの腕が稼働した。両腕部ラックにマウントされていたアサルトライフルが手元に移動し、射撃を開始する。
バラバラとフルオートによる射撃が続く。弾を撃ち尽くしたら、サブアームによる弾倉交換が行われるため、絶え間ない弾幕が形勢される。
シバは念動力で身を守りつつ、車の後部座席のある場所へ移動する。
そうして自身の身でパワードスーツと要人との間にある射線を切った後で、シバはパワードスーツへと走り出す。
受ける射撃を念動力で跳ね除けながら、シバとパワードスーツの距離が二メートル以内になった。
その瞬間、シバは念動力によるパワードスーツの解体を試みた。
パワードスーツは、体型が様々な人が乗り込む設計上、ある程度のゆとりを持たせる必要性がある。そのゆとりは、各部の伸縮性や組みつけ部品の位置で調整される。
それらの部品を曲げたり取り外してしまえば、パワードスーツはまともに動けない代物に成り下がる。
そう思っての行動だったが、シバの考えは外されることになる。
部品が分解されたはずなのに、パワードスーツが動いてシバを捕まえようとしてきたのだ。
「んな!?」
シバは驚きながらも、辛うじて回避。そして、改めてパワードスーツを確認して、自身の思い違いに歯噛みする。
「なるほどな。念動力で、外れかける身体を固定しているわけか」
上手い使い方だと舌を巻くと同時に、シバの打つ手が一気に限られた。
シバは百kg以上のものを相手にする場合、機械なら各部の部品の解体、生身なら操った物による射撃や殴打を戦闘の軸にしている。
しかし、あのパワードスーツには解体は通じない。
そうなると、後は純粋な火力で押し切るしか、パワードスーツを動かす根幹部を解体するしかない。
「……チッ。不本意だが、奥の手を使うしかないか」
シバは地面から拳大の石を念動力で浮かせると、自身の身体の周囲に周回させていく。そして、周回させる速度を徐々に上げていく。
銃弾と同じ音速を少し越えた速度から始まり、マッハ二、三と増速していく。
周回する石の姿は、単独で飛ぶように見えたものから、残像が繋がり過ぎて輪のように見えるようになるまでになっていく。
音速を越えた物質が出すはずの衝撃波は、シバの能力圏内で周回させているからか、一切起こっていないのが不思議である。
そうして、音速の何倍かも分からないほど増速した石と共に、シバは再びパワードスーツへと近づいていく。
高速で移動する石の威力が恐ろしいと分かっているのだろう、パワードスーツは射撃を再会してシバを押し止めようとする。
そんな抵抗もむなしく、シバは二メートル以内にパワードスーツと捉えた。
「吹っ飛べ」
シバが短く言った直後、パワードスーツの胴体に高速移動中の石が着弾した。
頑丈なはずのパワードスーツの装甲に大穴が空き、そして装甲を突破した際に破砕した石が欠片となる。やがてパワードスーツの背面装甲に欠片は弾き返されて、内部で乱反射を起こした。
飛び回る欠片によって内部を滅茶苦茶に破壊され、パワードスーツは沈黙した。
シバが一仕事終えたと思っていると、また新たな足音が聞こえた。
「おいおい、勘弁してくれよ」
シバが顔を引きつらせる。
シバの視線の先には、全長五メートルの人型兵器が現れて、そして護衛対象が乗る車へと大型化した自動銃の銃口を向けていた。




