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一流ホテルのVIPルームですら襲撃を受けたのだ。
どこぞから来た太った要人は逃げだすだろう。
シバはそう考えていたが、現実は違った。
新しく補充された女性の護衛と共に、あの要人は防弾仕様の車に乗り込み、中州の街の中の視察に向かったのだ。
「命を狙われているって、わかっているのか?」
そう愚痴を放ったのは、シバが乗るバンタイプの車を運転している、護衛の一人。
電子技術が極まりつつある昨今において、運転手が手ずから運転する車は珍しい。
なぜそんな珍しい車を護衛が運転しているかというと、電子部品を最低限にすることで電子攻撃で車の制御を奪われないため。
つまるところ、襲撃者に対する用心のためだ。
護衛の最上は、護衛対象を襲撃させないこと。護衛が万全の状況で待ち構えているとなれば、襲撃者は躊躇うもの。その抑止力が、護衛対象を間接的に護ることに繋がる。
それを考えると、もう既に二度も襲撃されているのに、呑気に観光しようとしている要人の行動。
これは襲撃者を呼び込むようなものであり、護衛が望む状況を作っているとは言い難いものだ。
だらかシバと同乗している護衛たちは、しきりに窓の外を見て襲撃者が居ないかを探っている。
一方でシバはというと、助手席をリクライニングして、のんびりした態度でいる。
あたかも、自分は関係ないと言いたげな態度に、護衛の一人が噛みついてきた。
「おい、お前も周囲の警戒をしてろよな」
「前方に注意は払っている。この姿勢も、俺の能力を十全に働かせるためのものだ。難癖をつけてくるな」
「はぁ? そのダラケきった態度がかよ!」
苛立った護衛の一人がシバに手を伸ばそうとして、自分の首にナイフが突きつけられていることを察して動きを止める。
そのナイフは、その護衛の腰にあったはずのもので、そしていま独りでに浮いている。
シバは助手席に寝転びながら首を動かし、護衛に目をやる。
「俺の能力は、自分の身体から約二メートルの範囲。つまり、頭の上から二メートルも範囲に入るわけだ。さて、俺が助手席に直角に座っているのと、こうして寝転がっているの、どちらの方が車に対する効果範囲が大きくなるか、わかるか?」
シバが喋っている間に、同乗している他の護衛の腰から自動拳銃がホルスターから浮かび上がり、手を伸ばしかけて固まっている護衛の周囲に浮かぶ。そして、それらの銃の安全装置が外れ、撃鉄が起きる音が連続した。
「……わ、わるかった。言い掛かりをつけて」
「理解してくれたらいい」
シバが進行方向に顔を向けた瞬間、その護衛の周囲に浮いていたナイフや銃が一瞬にして消えた。
護衛たちが慌てて自分の装備を確認すると、ナイフや銃が元あった場所に入っていて、銃の安全装置が掛かけられたうえにホルスターの安全帯まで固定されていた。
その早業を見て、シバがその気であれば一瞬で車内を地獄絵図に変えられると理解して、護衛たちの顔色が青くなる。
シバは、そんな護衛たちの態度を見て、少し脅かし過ぎたと反省する。
謝罪の言葉でも言うかと、シバが考えを巡らそうとしたところで、唐突に舌打ちした。
「チッ! 襲撃だ!」
シバの警告と同時に、フロントガラスの直前にロケット弾が浮いた状態で固定された。
シバが念動力で、襲撃者が放った弾を防いだのだ。
しかし襲撃はロケット弾だけではなかった。
シバたちが乗る車の装甲を、銃弾が叩く音が響き始める。
「護衛対象の車は攻撃されてない! だが、護衛が乗る車は全て攻撃を受けている!」
「護衛を潰してから、あの要人を殺そうってわけかよ!」
護衛たちは狼狽えながら、車に改造でつけられた銃口用の間口を開け、銃撃してくる敵へと発砲する。
走る車の中からの射撃だ。真っ当に標的に当たるわけもない。襲撃者の射撃の頻度を落とさせる程度の、威嚇射撃である。
そうした攻防の間に、他の護衛車が爆発した。シバの念動力で護れていないため、ロケット弾の直撃を受けてしまったのだ。
「襲撃者の弾幕が厚すぎる! 絶対、どこかから支援を受けての攻撃だぞ、コレは!」
「護衛対象の車が増速して、オレたちの車から離れていく!」
「馬鹿が! 護衛車から離れたら、キルゾーンまで誘導されてしまうぞ!」
状況は芳しくない。
しかしシバは、慌てるようすもなく、寝動力で車が自走不能にならない程度に防御することにだけ注力していく。
シバの役割は、あくまで護衛の一人だ。
いまは自主的に念動力で車を守って安全を確保しているが、指示がない限りこれ以上の行動をする気はない。
なにせ深夜のホテルで要人を護りきった功績がある。仮にこれから要人護衛に失敗したとしても、夜の功績と打ち消しでゼロ評価になるだけだ。
そもそも、シバは政府の犬であって、護衛ではない。護衛に失敗したら以後護衛の任務を回されなくなるだろうから、ゼロ評価を確保しているのなら、これから失敗した方がメリットがある。
だからシバは状況を見守っていたのだが、横の運転手が声をかけてきた。
「おい、お前。護衛対象の車に飛び移れるか?」
「出来るが、この車の守りはなくなるぞ?」
「それで良い。要人が殺されないよう、護ってやってくれ」
「……隊長はお前じゃなかっただろ。いいのか、勝手な真似して?」
「隊長はさっき、車ごと吹き飛んだ。次点のオレが、いまは隊長代理になっている。だから構わない」
そう言うことならと、シバは助手席の扉を薄く開けて、そこから外に飛び出した。
念動力で自身を宙に浮かばせつつ、手で助手席のドアを閉め、そして前方を走る護衛対象が乗る車の天板へと飛ぶ。
飛翔する間、周囲から飛んできた銃弾やロケット弾を弾き返して、ちょっとした露払いをした。
しかしシバが護衛対象者の車の天板に足を付けた直後、先ほどまでシバが乗っていた車にロケット弾が撃ち込まれ、爆発炎上した。
「あれだけ燃えると、脳すらダメだろうな」
脳さえ生きていれば、機械化義体に移植して生き延びることが出来るのが、この国の技術基準。
しかし炎に巻かれて酸欠に陥った脳は、義体に移植したところで、まともに動くはずもない。
つまり、あの護衛たちは、どうあっても死亡判定だ。
「まったく、割に合わないな」
シバが愚痴を零した瞬間、護衛の車の大部分を排除し終えたからか、護衛対象が乗る車に火線が集中し始めた。




