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要人が滞在するVIPルームの警備に、シバと他の護衛たちはシフトを組んで当たることになった。
護衛の中で、シバだけが政府から遣わされた超能力者ということもあり、単独シフトを組まれることとなった。
担当する時間は、真夜中の零時から午前二時までの二時間。
単独での護衛なため、シバの役割は、問題が起こったとき対処するのではなく、他の護衛を起こす役目となっている。
そのシフトに、シバが実際に就く時間となった。
シバは一人で、VIPルームの扉の前に立ち、なんの変化もないホテル内の景色を見続ける。
何もないままに時間が過ぎていく。
あまりに暇過ぎて、シバはこの部屋に泊っている要人について、何かネットニュースが出ていないかを探すことにした。
いまシバが目にかけているのは、黒い電子バイザー。護衛用の専用回線を使用するタイプのため、一般のネットへの接続は限定されてはいるが、規定ブラウザのトップニュースを調るぐらいは十全にできる。
そのネットニュース欄で調べた限りだが、要人について書かれている記事は一つもなかった。
「変だな」
シバが思わず漏らしたぐらいには、状況に似つかわしくない結果だった。
なにせ、要人が乗っていた防弾仕様車は銃撃でボコボコにされていたのだ。
その銃撃される光景を見ていた人がいないわけはないし、銃撃などの騒動が起こっていたマスコミは群がってくるものなのだ。
仮に、銃撃の情報を受け取るのが遅れて騒動が終わっていたとしても、街中にある監視カメラの映像を使えばニュース記事くらいは書ける。
しかし現実において、要人のニュースは一つたりともない。
この不自然なまでに状況が隠されているという事実は、ある種の予想をもたらす。
「情報統制されているな。政府か、それとも大企業か」
シバは、そう予想を口にしたが、即座に政府の関与を消した。
この国において、政府の力はさほど高くない。せいぜい、大企業直下の子会社程度の発言力しかない。
そのため政府が権力でもってマスコミに口止めしようと、一つ二つのニュース記事が作られてしまうことがよくある。
逆に大企業が口止めした場合だと、この国では大企業に逆らうと生きていけないため、マスコミは完璧に口を閉ざす。
現状、要人に関するニュースが一つもないことを考えると、大企業のどれかが主導して情報統制を行っているのだと理解できた。
「この情報統制は、生かすためか、殺すためか」
余計なことを報道して、要人の身に新たな危険が及ぶことを止めるために情報を統制しているのか。
それとも、世間に知られないままに要人を殺すため、報道を留めているのか。
そのどちらにせよ、要人へ確かな殺意を向ける存在がいて、その存在を大企業のどこかがバックアップしているという予想は間違いないだろう。
「要人のことだけじゃなく、不穏分子を捕まえたとか殺したとかの情報も、ネットニュースにはないしな」
そうシバが独り言を呟いた直後、この階に止まるエレベーターの音が響いてきた。
ぽーん、と鳴った音に、シバは眉を寄せる。
このフロアは、要人のために貸切ってある。そして要人の護衛は、全てこのフロアに滞在しているため、エレベーターを使うことはない。
ホテルの従業員という可能性もあるが、いまは深夜だ。ルームサービスも終わっている時間なので、従業員がVIPルームのフロアにやってくるようなことはないはずだ。
シバは訝しみながら、バイザーの機能を使って他の護衛へ通信を繋げた。
「エレベーターが止まる音がした。誰か、バックアップしてくれないか?」
『あん? エレベーター? お前は動くなよ。他の者、本当か調べろ』
通信先の相手が誰かと喋る声がして、再びシバとの通信に戻ってきた。
『確かにエレベーターが、この階に止まっている。VIPルームの扉の前に誰かを向かわせるから、お前は誰が来たかを調べてきてくれ』
「了解。いまから、エレベーターのところへ行く」
シバは歩きだしながら、スーツの懐から拳銃を取り出す。大口径で弾数少なめな、自動拳銃。普通の機械化義体の相手なら、十二分のストッピングパワーを発揮する、要人護衛が御用達の名銃である。
シバは拳銃の銃口を先へ向けつつ、直ぐ近くにあるエレベーターのところへと歩を進ませる。
そうして見えてきたのは、開けっ放しになっているエレベーターの扉。
普通エレベーターの扉は、誰も乗り降りしなければ自動的に閉まるものだ。
それが開きっぱなしなことに、強い違和感が走る。
シバは、エレベーターの扉、エレベーターの中に銃口を向け、誰も居ないことを確認した。
「エレベーターに到着。誰の姿もないが、エレベーターの扉が開きっぱなしだ。怪しいので、少し調べてみる」
そう通信し終えた後で、改めてエレベーターの周囲を調べてみた。
目視ではなんの異常も認められなかったため、シバは念動力を発動してみた。これでシバは、自身から二メートル圏内にある全ての物質について、直接手で触れているかのように把握することができる。
その能力でエレベーターを調査した結果、エレベーターの扉が閉まらなかった理由が判明した。
「エレベーターの扉が開閉を判断するセンサーに、小さな機械がついているな」
シバが念動力で機械を回収すると、指の先から第一関節までぐらいの大きさのテントウ虫のような形の小型の機械だった。
そのテントウ虫機械を取り去ると、塞がれていたセンサーが健全に戻り、エレベーターの扉が普通に閉まって下りて行った。
「なんだ、この機械?」
シバはバイザーの機能で、この機械の写真を取った。
そして、その写真を他の護衛へと送りつつ、状況報告を入れる。
「小さな機械を見つけた。これ何かは知らないが、エレベーターは健全な状態に戻ったし、周囲に人影はない」
『了解だ。だが、見たことのない機械――』
通信中に、甲高い悲鳴がVIPルームの方から響いてきた。
シバは拳銃を手にしたまま、VIPルームの扉の前へと走った。
そこでは、シバの代わりに護衛についていた人が、VIPルームの扉を開けようと奮闘していた。
「状況は!?」
「わからん! 急に中から悲鳴が! 防音が確りしている部屋を貫通した程だ、危険な状況なはずだ!」
「わかった。少し退いてくれ」
シバは場所を交代すると、念動力で扉の鍵の内部を分解して開錠した。
「これで開けれられる。体当たりしてくれ」
「オレがか!? わかった、バックアップしてくれ」
護衛が扉に体当たりすると、極当然のように扉が大開きになった。
その直後、部屋の中からきた突風が、護衛とシバの顔を叩いた。
「ホテルの部屋で風が起きている? 窓が破られたのか!?」
護衛は自問自答しながらも、部屋の中に踏み入っていく。
シバも後に続きながら、銃口を部屋の中へと向ける。
そうして二人が目にしたのは、全裸にシーツ姿の女性護衛が二人、ベッドの横で身体を震わせている光景だった。
「おい、何が――」
部屋に入った方の護衛が女性二人に問いかけようとするが、返答を待つ前に別方向へ銃口を向けていた。
シバもそちらへと銃を向けて、大きく顔を顰めた。
「……イザーン型に寄生された人だったりすのか?」
シバが口にした疑問の通り、そこに立っていた人物の姿は異様だった。
全身は生身の人間だが、背中に円柱機械を背負っている――いや、背中から頭部に掛けた部分に、円筒型の金属部分がくっ付いていた。
シバは『寄生』という言葉を使ったが、背骨の中ほどから首筋にかけて金属で覆われている姿を見ると、あながち間違いじゃない表現だ。
摩訶不思議な様相の闖入者。
その近くに、要人が白目を剥いて倒れている。
傍目から見るに、大きな怪我をしている様子はない。生死不明ではあるが、恐らくは失神しているだけ。
いま闖入者を排除すれば、要人は助けられる。
シバだけでなく一緒に入ってきた護衛も、そう判断した。
だから当たり前の判断で、護衛は闖入者に発砲した。飛翔した拳銃弾は、闖入者の生身の部分に当たり、赤い血が噴き出す。
シバはその光景をみつつ、嫌な直感が働いた。
イザーン型は、超能力を使うことができる、警備ロボットだ。
似た形をした金属が闖入者についているからには、あの者も超能力を使えるのではないか。
そのシバの予想が正しいと照明するかのように、闖入者は体中を穴だらけにされながら急に身体を炎上させた。
「創炎力!? いや、もっと悪いか!」
シバは嫌な予感が増大したと感じ、判断を迫られた。
闖入者を片付けるか、政府からの任務通りに要人を守護するべきか。
シバは、一瞬の後に、要人を守ることを選んだ。
シバは念動力で自身を高速移動させ、闖入者と要人の間に身体を位置させた。そして嫌な予感に従い、念動力を全開で仕様する。
その直後、炎上していた闖入者の身体が内側から膨れ上がり、そして大爆発した。
「ぐお――」「きゃ――」
一緒に部屋に入っていた方と要人とベッドを共にした女の護衛たち、その悲鳴が聞こえた。だが、すぐに爆発の音と炎にかき消されてしまう。
爆炎は部屋を蹂躙し、そして闖入者が部屋に入る際に壊した窓から外へと出ていき、その過程で全ての窓ガラスが外へと飛び散った。
爆発の音と光はホテルの外に良く響いたのだろう、すぐに警察と消防のサイレンの音が街中に発生し、このホテルへと近づいてくる。
そして爆発のすぐ傍にいたシバと要人はというと、シバの念動力で爆発の威力を逸らしたため、まったくの無傷で存在していた。
シバは炎がチラつく室内を見て、続けて要人を念動力の効果範囲にいれ続ける。下手に解除したら、煙や熱気で喉か肺を痛めそうだったからだ。
そうした措置を行っていると、他の護衛たちが大慌てといった表情で部屋の中に入ってくる。そして中の様相を見て、絶句した顔になる。
「爆発物が部屋にないことは確認していた。どうなっているんだ……」
「お、おい! 報告しろ!」
シバは求められたので、端的に状況を伝えることにした。
「部屋に、窓を破って入ってきたらしき侵入者がいた。排除するべく、そこに転がっている護衛が発砲した直後、自爆した」
「転がって――おい、大丈夫か!」
シバが指した方向を見て、味方が倒れていることに気付いたのだろう。まる焦げになっている人間を助け起こし始めた。要人と夜を共にした女性二人の方も、生存確認に向かっている。
その慌ただしい状況の中、要人は気絶しっぱなしで動かない。
シバは要人の首筋に指を当てて脈があることを確かめた。
「要人は無事だ。新たなホテルの部屋を手配した方が良いんじゃないか?」
「そんな場合じゃ――いや、護衛としては、要人の身の安全こそが最優先か……」
護衛の一人が口惜しそうに呟いた後で、すぐにホテルに新たな部屋をとる手続きを始めた。
そうして新たな部屋が取れた後、巨漢の要人を男性の護衛が数人がかりで持ち上げて、新たな部屋へと移動させた。その作業の中でも目を覚まさなかったので、身元確かな医者を呼んで様子を診させる手続きも行っていた。
護衛たちが急いで作業をする中、シバは自爆した闖入者の破片を調べていた。
「人間だけでなく、機械部分も綺麗に吹っ飛んでいる。証拠隠滅のため、自爆で全部吹っ飛ばしたわけか」
綺麗に吹っ飛んでいても、部品が一つも残らないということはあり得ない。
シバは丹念に調べ、基盤の欠片や小さな部品を見つけた。
しかしそれらは、市場に良く流通している部品ばかりで、裏で糸を引く存在への手がかりは全く出てこなかった。




