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シバの乗ったバンが先乗りして、あの外国要人が泊まるホテルの検査を行った。
シバは念動力があるため、危険だと思われる場所や物に対しては常に先頭で対処することになる。
そして検査した結果、ロビー内に爆発物が四つ、宿泊する部屋の上下階に刺客が十人、ホテルスタッフに化けた暗殺者が二人、判明した。
「準備が入念に過ぎる」
これほどの数の仕掛けがあるあたり、あの要人への殺意が伺える。
必ず殺してやると表明するような、殺意の高さでだ。
中州の街にあるホテルに罠を多数仕掛けられていたことに、シバ以外の護衛たちもドン引きしている。
「あの御仁、どれほどの恨み買っているんだ?」
「そもそも、この街でこれだけ物騒なものを入手して配置するなんて、どんなルートを持っている襲撃者だ」
「政府に問い合わせたが、爆発物や刺客などの取引記録がどこにもないらしい」
「おい、それって……」
この街どころか、この国は大企業たちが支配している。そして国は高度に情報化もされている。
そんな国の中で、何にも痕跡を残さずに危険物を手配することなど、ほぼ不可能だ。
例外を上げるとするなら、国を牛耳っている大企業たちが裏で糸を引いている場合だろう。
その事実を、護衛たちは知っているため、思わず言葉を濁したのだ。
大企業のどれかが、あの要人を殺そうとしているのだと、確信的に予想して。
シバも、面倒事の予感にウンザリした顔つきになるが、任務だから仕方がないと諦めた。
とりあえず、ホテルの安全確保は終わった。
これから先に刺客がホテルのエントランスから入ってこなければ、ホテル内での暗殺は行われないはずだ。
シバと護衛たちが一安心と胸を撫で下ろしていると、高いスキール音と共に、ホテルの玄関に車が一台止まった。
すわ襲撃者か、とシバと護衛たちが身構えるが、止まった車は例の要人が乗った防弾仕様車だった。
味方の車だと安堵したが、しかし車の様子を見て、誰もが安堵している場合じゃないということを理解することになる。
なぜなら、防弾仕様車の至る所に弾痕が刻まれ、ボンネットには大穴が貫通していたのだ。
あの車がタイヤがモーターで独立して動く電気自動車ではなく、もしもガソリン車だったらボンネットの穴から炎上していたことだろう。
ボンネット以外に車体中央と後部にもバッターを分散配置しているタイプでは無かったら、電気不足で動くことも出来なかっただろう。
そうした数々の予防措置によって、あの車は襲撃者によって満身創痍になりながらも、要人をホテルに連れてくるという役目を果たし終えたわけだ。
そして守り切った要人はというと、車の後部座席から這う這うの体でホテル内まで逃げてきた。
その隣には女性護衛官が肩を貸しながら従っているが、スーツの端々が乱れている。
恐らくは性的に要人を満足させる役目を負っていたのだろう。襲撃された車の中で、最後まで性的サービスをすませたとは、とても思えないが。
要人はホテルのフロントまで辿り着くと、床に腰を下ろして喚き始めた。
「た、大変な目にあった! 防弾仕様の車なのに大穴が開いたのだ! 危うく死ぬところであったぞ!」
太った巨体で駄々をこね始めた要人に、シバは思わず『こいつは死んだ方が良い人間なんじゃないか』と考えてしまう。
もちろん考えただけで、実行には移さない。シバは自身の任務が、この男の護衛であることを忘れていなかったからだ。
しかしシバは任務をのために要人の近くに立つことはするが、、それ以上の手助けをする気は起きなかった。
喚く用心を「ホテルは安全だ」と宥めたり、精神を安定させるためにホテルの部屋での休憩を提案したり、太った体を助け起こしたりは、他の護衛に任せた。
そして要人が「部屋の中には女性の護衛だけでいい」と宣言したのを幸いに、シバは部屋の外で待機することにした。
シバは、この場の護衛の中に限れば、要人を守る最硬の盾だ。
その事実を知っているらしき護衛の一人が、シバにもの言いたげな顔をして、実際に言葉にもして質問してきた。
「いいのか? 側にいて守らなくても?」
「あっちが必要ないって言ったんだ。発言の責任は向こうが取るべきだろ」
「そうは言うがな……」
「心配しなくても、あの男のホテルに入ってからの発言は録画して政府に送ってある。そして、あの男の言葉を無視してでも守れと、追加条項は来てない」
「そういうことなら、問題ないな」
この政府の対応で、シバと質問してきた護衛は理解したのだ。
シバや護衛を要人につけたのは、最高の護衛を手配してあるというポーズを何処かに見せるため。
だから要人が最高の護衛を遠ざける判断をしたなら、要人の不評を買ってまで、その身を守るための措置を行うきはないのだ。
「ホテルの内部調査をして危険物は排除したし、部屋を狙撃出来る場所がないから、あの男は部屋にいる限り安全だ」
「それはそうだが――君なら、どうとでも殺せるのだろ?」
護衛は暗に、超能力者なら要人を殺せるのだろうと問いかけてきた。
シバは少し考えて、真実を口にすることにした。
「俺なら楽勝だな。他の超能力者も、B級からなら超能力次第で殺せるだろ。部屋に入った護衛の女性たちは、普通の人間だしな」
「そうなると、心配だ」
「あの男を狙っている人物は、かなり殺意が高いようだしな。大企業に伝手を作っていて、超能力者の手配もしているかもしれない」
「……あまり命を危険に晒したくはないんだがなぁ」
質問してきた護衛は、職務に忠実なようで、要人を守るために命を捨てる覚悟をした顔をしていた。
一方でシバは、あの取るに足りない男のために命を捨てる気はなかった。任務に失敗すれば、政府からの心象が悪くなるだろうが、ただ悪くなるだけとも言える。後の成果で挽回できるのなら、命を使うなんて真似はする気がない。
両者に心構えの差が生まれながらも、結局のところ、ホテルの部屋に襲撃者がやってくることはないまま、時間だけが過ぎていった。




