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シバの住んでいる中州の街は、国の首都である。
そのため、外国の要人が訪れて、政府関係者と面会や協議することもある。
そして外国のとある要人の警護に、シバは政府の依頼で就くことになった。
(俺を出すってことは、余程恨まれている人のようだな)
シバの念動力は、範囲が自身から二メートルで操作可能重量が百kgまでという制限内では、万物を止められる防御力を有している。
そのため、暗殺の恐れがある要人を生きて帰す役目に、シバは良く就かされる。
逆を返せば、その用心がそれだけ恨まれているわけで、危険度が高い事態が起こることが予想されているわけである。
そんな人物を護衛するため、シバは何時もの政府の犬の格好ではなく、黒いバイザーにブラックスーツというスペシャルガード仕様の服装をしていた。
このブラックスーツは、対人対弾性に優れた生地で作られているうえに、スーツの着心地を損なわないように縫製されてもいるため、とても高価な一品となっている。
破損が当たり前な政府の犬の仕事には不向きな値段なため、政府要人や大企業の役員を守るスペシャルガードにしか支給されない服装である。
着なれない服装で、シバが他のスペシャルガードと共に空港の倉庫脇で待っていると、一機のプライベートジェットが滑走路に進入してきた。
そのプライベートジェットは滑走路の上を進み、シバたちがいる倉庫の近くで停止した。
ジェット飛行機の搭乗口が開き、そこにタラップ者の梯子が接続される。
まず飛行機の中から、護衛らしき人物が梯子の上に現れ、周囲を睥睨する。
その後で、政府要人らしき男性が、美女を横に携えて現れる。
膨らんだ身体とデップリとした腹をスーツで包んだ、四十歳過ぎの男性。ベタベタと髪をワックスでオールバックに固め、首には金の太いネックレスをつけている。
対して女性は、イブニングドレス姿のスラッとした美人。天女もかくやという美しさではあるが、あえて欠点はを上げるとするなら、胸元のボリュームが乏しいところだろう。
シバはその二人の要人を見て、黒バイザーの電子機能を使って、任務の詳細を再確認する。
(護衛する対象は、あの男性か)
見るからに体重が百kg以上はある男性を守ることは、シバには少々重荷である。
対象があの体重が軽そうな女性であるなら、仮に襲撃があったとしても、シバが抱えて逃げ切ることは容易かった。
しかしあの男性となると、襲撃があった際には、彼の近くに侍って攻撃に耐えることが必須だ。そして襲撃を切り抜けるためには、他の護衛の力や、さもなければ援軍の要請もしなければいけない。
そういった手間を考えると、シバは男性よりも女性の方を守りたくなってきてしまう。
(というか、あの男性は誰だ。この国と関係を持つ国の要人には、あんな顔と格好の人物は居なかったはずだが?)
シバは言葉を口に出さないままに、疑問を心の中で呟く。
いまシーリにネット上で問いかければ、男性の正体について教えてくれるだろう。
だが、この護衛任務中は護衛の間だけで通じる専用回線しか使用してはいけない決まりになっている。もし一般回線でシーリに連絡しようものなら、襲撃者の仲間ではないかと疑われる可能性がでてくる。
男の正体を知るという任務にはどうでもいいことで、あらぬ疑いをかけられるのは避けるべき。
シバはそう判断し、男性の正体については、任務が終わった後で調べることに決めた。
要人らしき太った男性は、タラップの階段にある手すりを掴みながら、一歩一歩下りていく。その体重のせいで下りる度に膝が震えているように見えるのは、気のせいではないだろう。
その男性の補助に美女が手を添えてついているが、もし男性が体勢を崩して倒れるようなことがあれば、あの女性が支えきれるはずがないので転落に巻き込まれることは間違いない。
そのためシバは男性ではなく女性の方の安否を気にしていたが、結局のところは男女共に安全に地面まで下りてきてくれた。
男性が地面に下り立ったのを待っていたのか、この国の外交官がすすっと近づいて声をかける。
「お待ち申しておりました。今日から数日の間、歓待させていただきますので」
「ぶふー。朕は疲れたのだの。ホテルに案内してしてたもれ」
「では、我が国が誇る最上級のスイートルームへご案内いたします」
外交官は揉み手する勢いでゴマすりを行いつつ、手振りや目配せで車を呼集した。
すぐに黒塗りのセダンタイプの防弾仕様車がやってきて、自動的に後部座席が開いた。
男性は女性を伴って車の中に入ったので、シバは任務だからと後に続いて車に入ろうとした。
しかしその行為を、護衛先である男性に止められてしまった。
「チミィ、なに乗ろうとしているのであるか?」
「……貴方を身近で守るよう、そう命令を受けているので」
シバが端的に理由を説明すると、男性は不満そうに鼻息を吐く。
「ぶふー。護衛は女性をお願いしていたのだがねえ」
男性が外交官に視線を向けると、外交官は慌ててシバを後ろに下がらせた。
「これは申し訳ございません。この者は、この国で一番の護衛でありますが、お気に召さないとあれば、お望みの通りに女性の護衛をつけさせていただきますので」
「ぶふー。こんな小僧が、最高の護衛であるのか? ぶぶぶふー、笑えるのだよ」
愉快そうに腹を揺らして笑う男性に、シバはその顔に弾丸を叩き込んでやろうかと考えてしまう。
しかし、護衛の必用がないと言われたこと自体は、シバにとっては望むことだった。
シバと入れ替わりに女性の護衛が乗り、さらには外交官が助手席に納まった後で、黒塗りの自動車は発車していった。その後に、護衛が乗っているバンが続いた。
その後ろ姿を見送り、シバは残っている他の護衛のところへと戻った。
「この後の段取りについて聞きたいんだが?」
「……聞いてないのか?」
「俺は要人と同乗する予定だったが、拒否されて残されたんだ。それ以外の予定は聞いてない。帰っていいか?」
「ちょっと待て。本部に問い合わせてみる」
シバが声をかけた護衛が視線を宙に向ける。これは何も空を見ているわけではなく、脳に埋め込まれた生体機械を通してネットに接続しているのだ。
その護衛が本部と話がついたのだろう、疲れたような顔をシバに向けてきた。
「君が同乗してないことに、本部は大慌てだ。しかし先方の要望とあっては、仕方がないと納得はしたようだ」
「それで、俺は帰っていいのか、いけないのか?」
「車の同乗は拒否されても、その後の護衛任務が消えたわけじゃない。俺たちは先回りして、滞在予定のホテルの安全確認へ行く。そこに一緒について来てもらう」
「そういうことなら」
シバは残っていた護衛たちと共に、防弾仕様のバンタイプの車に乗り込んだのだった。




