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 シバは迫ってくる実験体に対し、自身の念動力で無力化を試みようとした。

 実験体の機械化されている手足を、念動力で部品に干渉することによって、分解しようとしたのだ。

 シバの念動力の効果範囲である二メートルに実験体が入った瞬間、しかしシバは分解を諦めて大きく飛び退いて回避した。


「チッ。簡単に着脱できなくしたのか」


 シバが機械を分解するには、機械の部品が接着剤などで固定されていないことが条件になる。

 仮に部品が接着されている場合、その接着されている部品たちを合算した重さが、シバの念動力の効果対象に強制的になってしまうためだ。

 そして実験体の機械化した手足は、このシバの能力の欠点を突くように、大部分の部品が外れないような措置を施されていた。


「不具合があったり、修理する際に大変だから、接着なんて普通はしないってのに……」


 もしかしたら、部品の固定に使われている接着剤は、特殊な溶剤で簡単に溶かせるものなのかもしれない。もしそうなら、修正や補修をするのに問題はないし、使用中に固定が緩む心配もいらなくなるため、とても有用となる。

 シバが、そんな考察をしている間に、実験体は再び炎を噴き上げながら迫ってきた。

 シバは自身の身体を念動力で動かし、実験体の突撃から回避する。


「ジェット噴射で飛んでいるように見えるが、機械化した手足が熱を持っている様子はないな」


 もし機械が熱を持っているのなら、機械の金属や部品の表面を保護するための油に付着した埃などが熱されて、特殊な臭いが出てくるものだ。

 しかし実験体の手足から放たれる臭いは、陳列棚に並べられた機械化部品と同じ。

 つまり突進する速度を得るために炎を噴き上げているはずなのに、機械が全く熱せられていないことになる。

 この炎を噴いているのに熱くなっていないという事実は、一つの可能性を浮き彫りにする。


「つまりは、あの実験体は炎を操る超能力者ってわけだ。それも、肉体をジェット噴射で飛ばしたり、人間を丸焼けにするような……」


 そこまで言葉を口にして、シバは改めて実験体の姿をマジマジと見た。

 強力な炎創力パイロキネシスを操る女性に、一人だけ心当たりがあったからだ。

 かなり前の任務で敵だった、シバがとあるホテルの上層階から蹴り下して地面に叩きつけて殺した、企業を裏切っって何処かに行こうとしていたという、あの女性だ。

 その女性と目の前の実験体を見比べてみて、シバは似ているかどうか判断がつかなかった。

 なにせ例の女性のことなど、終わった任務のことだからと思い出すこともしなかったため、記憶が消えてしまっている。


「似ているといえば似ているように感じるが、あの女性は高所からの落下による全身打撲で死んだはずだ」


 しかしシバは、万が一の可能性について考えが及んでいた。

 高所からの落下で死亡確実だったとはいえ、手ずから死亡を確認したわけじゃない。

 万が一即死していなかった場合、超能力開発機構か政府に大企業のどれかなりが貴重な献体だからと回収し、再利用してもおかしくはない。

 それに、この実験体があの女性だと考えると、腑に落ちる改造部分がある。

 実験体の首筋の裏と背骨の中央に刺さった、金属の円筒のもの。

 高所から落下した際に、首と背骨が折れて神経が駄目になり、その部分の補修で機械で補っているのだと考えれば、道理が合う。


「一度殺した相手をもう一度って、ベタなゾンビ映画の恋人同士じゃないんだぞ」


 シバは舌打ちしつつ、地面に落ちている建物の破片を念動力で拾い上げる。

 恐らくは実験体が破壊した研究施設の壁の一部であろうそれを、シバは高速で撃ち出した。

 飛来する建物の破片に対し、実験体は四肢から炎を噴き上げて横へと回避する。

 その後も、シバは大小様々な破片を撃ち出し、実験体は炎の噴射力で避け続けた。

 一発も当たらない状況に、シバは攻撃の手を止める決定をした。


「射撃に対して反応が早すぎる。身体だけじゃなくて、脳か目の処理速度を機械で改造して上げてあるな」


 シバはどう攻めるか思案するため、独り言を呟いて打開策を考える

 その考えをまとめさせる気はないのだろう、実験体が再び飛びかかってくる。

 シバは咄嗟に進路上に破片をいくつか射出するが、実験体は細かく四肢から出す炎の出力をコントロールして回転避けしてみせた。


「人間を使っているんだから、当たり前に学習機能もついているってわけか!」


 シバは自身の位置を念動力で動かそうとするが、その一瞬前に実験体の手足から炎が大きく吹き上がる方が早かった。

 その炎は移動するためのものではなく、対象を周囲ごと焼くための炎だった。

 シバの姿が炎の中に飲み込まれ――半秒後には炎の中から無傷で脱出してきた。


「炎自体の重さは極小だ。俺の念動力で遮って遮断できる。警戒するべきなのは、実験体の手足による攻撃だけだ」


 シバは自分に言い聞かせるように呟きつつ、真剣に対応策を考える。

 そして考えだした方法は、腹を括らなければならないものだった。


「足を止めてのカウンターしかないか。俺の念動力の範囲が二メートルよりもっともっと広かったら、こんな手段を取らなくても良かったってのに……」


 シバは地面につけた足を肩幅に開くと、鉄筋が顔を覗かせている大きな破片を一つだけ念動力で浮かして手元に残した。

 このシバの立ち姿を見て警戒したのか、実験体が初めて距離を取った。

 そして短い時間だけ睨み合いをすると、実験体が四つ足動物のような動きで右に左にと移動する。

 その姿はまるで、臨戦態勢の相手に襲い掛かるか否かを迷っているように見えた。

 しかし実験体は、シバの存在を無視できないと判断したのか、再び四肢から炎を噴き上げて突っ込んできた。

 いや、ただ一直線にツッコんではこなかった。

 炎の噴射力で上下左右に身体を振るように位置を変え続けながら、シバに接近してきている。

 間違いなく、シバに破片の射出をさせないようにするための行動だ。これだけ激しく動かれては、シバが狙って発射しても、発射した次の瞬間には実験体の身体は狙いとは別の場所に移動していることは間違いない。

 そうして狙いを絞れずにいる間に、手足で攻撃できる距離まで接近しようという腹積もりなのだ。

 シバは、そう看破しながら、機を待つ。

 シバはもともと、接近してくる実験体を狙い撃てるとは思っていない。だからこそ、足を止めてのカウンターを狙っているのだ。

 そしてカウンターを狙うからには、真の好機があるとするなら、それは実験体が攻撃を仕掛けてきた直後となる。

 その好機を捉えるため、シバは自身から二メートル圏内に実験体が入っても動かない。実験体が右腕を振り上げても、動かない。もちろん、実験体のミスリードを誘うために浮かせていた建物の破片を、射出したりもしない。

 実験体の右腕が振り下ろされ、頭部に命中するその直前で、ようやく動いた。


「お前の全身が、俺の能力圏内に入った」


 シバの念動力の圏内に入ったからといっても、実験体の身体を動かすことはできない。実験体の機械化した手足を込めた重量は、優に百kgを越えている。シバの念動力の適応重量以上の重さだ。

 しかし『実験体自体ではない部分』なら、操れる対象に入る。

 それは、実験体の手足から吹き出している炎の噴射。

 炎自体の重さは微かしかないため、その噴き上げている炎のほぼ全てを、シバは操ることが可能になっていた。

 シバは自分の頭に実験体の右腕が当たる少し前に、念動力で実験体の手足から出ている炎を操り、左右の手足の噴射力の向きを別々に変えた。

 その直後、実験体は空中で高速で錐揉み回転を始め、そして炎の噴射力に振り回された手足が激しい遠心力に晒される。


「――あ――――ああ」

 

 実験体の口から、初めて声のようなものがあがった。

 この声は、恐らく自身の肉体が遠心力に耐えきれないと悟ったものだったのだろう。

 なにせ声が発せられた直後に、実験体の手足は生身部分から引きちぎれてしまったのだから。

 機械化した手足を失った事で脅威度が下がったため、シバは念動力を止めて、実験体を影響下から開放した。

 手足が引きちぎれた実験体は地面に落ち、断面から血を大量に流す。

 この出血量だ、もう余命は幾ばくもない。

 実験体は、その残された短い時間の中で、知性のない目をシバへと向ける。

 その目は恨めしげなものではなく、死へ向かう自分の運命を受け入れている目つきだった。

 シバは実験体の目を見て、介錯してやろうという気になった。

 実験体のミスリードを誘うために浮かせていた建物の破片を、実験体の頭部へと勢い良く射出した。

 ドシンと重たい音の後、実験体の頭部は破片の下敷きになって四散していた。


「これで完全に死んだ。もしこの実験体があの女だったとしても、もう二度と実験に再利用されることはない」


 超能力の源は脳の力だ。だから重要機関である脳が失われてしまえば、実験体としての価値はない。

 シバは実験体に軽く黙とうを捧げると、一応念のため、この研究所に生き残りがいないかを探すことにした。

 しかし生き残りは存在しなかったので、壁が壊れた研究所の中に入り、実験体に対する詳細なデータをデータスティックに保存して、研究所から脱出したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 某ゲームのサイバーサイコを彷彿させるとさせるね
[一言] 遺体を半有機ボディとして利用した超能力兵器とかエグすぎるわ。
[一言] なんとも懐かしい任務のターゲットで これでまともな知性が残っていたらもっと厄介だったんだろうなあ
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