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シバは、マルヘッド高等専門学校にて、課題として宝石で作ったタイル画を提出した。
シバ=宝石作品という図式が、この国の富裕層で共有され始めたのか、このタイル画のオークションには多数の人が入札競争を行い、それなりの高額で落札された。その売却価格で、学校の成績も優がつく目算が立った。
「AIに作らせた最高の裸婦を構図の元にしたからか、最後まで競っていたのは男性二人だったな」
構図さえ決まってしまえば、シバの念動力で砂のような細かい宝石から指の爪以上に大きな宝石まで操ることで、細緻なタイル画を作ることに困難はない。
シバが払った労力は微小なのに、手にした収入は新卒社員の年収以上だ。
やはりクリエーターは費用対効果に優れていると、ひいては資本主義社会に貢献できていると、シバは満足していた。
そんな浮かれた気分に水を差すように、シバに新たな任務が政府からやってきた。
かけているバイザーの機能を用いて確認すると、任務内容を見て、シバは眉を顰めた。
「暴走した試験体の処分だと?」
これはまた嫌な任務が来たものだと、シバは溜息を吐きたい気分になる。
シバは、試験体を処分するのが嫌なわけではない。もう過去に何度となくやってきた任務だ、嫌悪感はない。
では何が嫌なのかといえば、暴走しないよう安全弁をつけていなかったり、暴走した後で処分できる措置をとってなかった、研究者の尻拭いが嫌なのだ。
「研究者ども。自分の知能は天才的だと言う割に、こういうリスク管理がいつも足りないのは、どうにかしてくれ」
シバはウンザリした気分のまま、政府に任務の了承を送ったのだった。
シバが政府の犬としての格好で、任務に指定された地点にやってきた。
そこは中州の街からかなり離れた場所で、近くに人里もない荒野の一画にある研究所だった。
研究所の建物が崩れ、研究所を囲うフェンスの一部が破れ、その先にある地面の何か所かがひっくり返され、そして別の場所のフェンスが破れている。
シバは念動力で上空に浮きながら葉開墾を確認し、暴走した試験体とやらは研究所の敷地から一度出た後、周囲に何もないことに気付いて引き返したのだと分かった。
「敷地の中に入るのなら良かった。まあ、中にいたであろう研究者どもは、試験体とやらに全滅だろうけどな」
シバは独り言を呟きながら、研究所の敷地内に下りた。
研究所の建物は、大きく分けて三種類あった。
一つ目は、五階建ての真っ白なビル。かなりの大きさのオフィスビル風で、スモークガラスがハマっていて、外から出は中が見えないようになっている。
二つ目は、モーテルのような二階建ての住居施設。いくつか立ち並んでいる棟は研究員の住み家のようで、棟と棟の間にはバーベキュー場やテーブルベンチなどが置いてある。
三つ目は、真四角で一階建てのコンクリート製の建物。側面の一つが激しく破砕していて、全体的にもヒビが入っている。
そうした三種類の建物のあちらこちらに、研究員とその家族らしき人たちの死体が転がっていた。
シバは死体のいくつかを検分して、首を傾げる。
「力尽くで壊されたのと、熱で焼かれた死体があるな。試験体は一体じゃないのか?」
殺し方が二種類。純粋に考えるなら、二人の試験体がそれぞれ暴走しているということになる。
しかし、そう考えると変であることも、シバは理解していた。
「二人暴走しているのなら、なぜその二人が殺し合っていない?」
研究所の人員を皆殺しにし、研究所を脱出したのにも関わらず戻ってきて、誰に連絡を取るわけでもなく潜伏している。
それらの無鉄砲な事象から見るに、試験体は知性が無いか欠けていると分かる。
仮に試験体が二体だとして、どちらの知性も欠けているのなら、研究所という縄張りを手に入れるために殺し合うはずだ。
しかしシバが見た限り、試験体らしき姿の死体は一つもなかった。
「となると、試験体は一体だけで、殺し方が二つあるのは、そういうことが出来るように作られたってことになるんだが」
厄介そうな相手だと、シバは気を引き締めることにして、研究所の中を探索することにした。
なんとなく壁が壊れた建物は最後に探索するときめて、シバはオフィスビル調の建物と住居用の建物の順に探索してみた。
オフィスビル調の建物は、食料品や衣服などが買える複合商業施設だった。上層階には映画館やフィットネスジム、そして教室のように学習机が並んだ部屋があった。
この建物の中にも二種類の殺され方をされた死体があり、学習机のある部屋では子供の死体が幾つも転がっていた。
住居用の建物の方を調べてみると、ある一つの部屋が丸焼けになっていて、その中に十人ほどの焼死体があった。恐らく、一つの部屋に避難したか、部屋に集まっての茶会の中、試験体に襲撃されたのだろう。スプリンクラーが作動した跡があるのに丸焼けなのを見るに、短時間で焼き尽くせるほどの高火力を試験体は持っているようだ。
商業施設でも住居施設でも、食料が漁られた形跡があった。
つまり試験体とは、物を食べる生き物ということ。
「猛獣に超能力を発揮させる研究とかじゃないよな」
シバは嫌な予想を抱えたまま、ついに壁が崩れた建物を調べることにした。
そして崩壊した壁から中を見て、すぐに試験体らしき存在と目が合った。
その試験体は、四肢を大型の機械化義体に換装され、首裏と背骨の中間に大きな筒が接続された、女性の人間だった。
殺戮の最中に破れたのか、手術着の切れ端が首にかかっているだけの、ほぼ全裸の状態。
しかしシバに裸体を見られているというのに、その女性は羞恥を感じている様子は無い。
むしろ羞恥どころか、まともな知性があるのかすら怪しいと、シバは女性の様子を見て思った。
なにせ何処からか手に入れた冷凍食品を、凍ったままバリバリと噛んでいるうえに、食べられない包装は口から吐きだしている。まとのな知性のある人間なら、絶対にやらないであろう行動だ。
その女性試験体は、シバに目を向けると、ゆっくりと地面から立ち上がる。
人間のように二足で立つのではなく、獣のように手足を地面につける立ち方だ。
異様な立ち振る舞いにシバが警戒すると、突然試験体の四肢が爆発した――いや爆発したのではない、高温の炎を噴き上げ始めたのだ。
「ぐあっ。凄い温度だ」
シバが慌てて距離を取ろうとするが、試験体は逃がさないとばかりに跳びかかってきた。炎を噴く勢いで吹っ飛ばされたような勢いで迫り、機械化した手を振って攻撃してきたのだ。




