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シバとイザーンの共同任務は、ある日を境に再会されることがなくなった。
度々組んでいた相手と、以後二度と組まなくなる。
政府の犬の活動を続けていればよくあることだ。
シバは気にするようなことなく、マルヘッド高等専門学校生と政府の犬の二足の草鞋生活を続けていた。
そしてある日、違法操業の噂のある会社へ押し込んでから経営情報の洗い出しをする任務を、シバはシーリと行っていた。
「いやぁ、ハック&スラッシュなんて、久々でワクワクするよ」
シーリは、シバと組んでの仕事に、嬉々とした様子を隠さない。
一方でシバは、警報装置が鳴った影響で駆けつけてくる、会社の警備を警戒していた。
「こんな押し込みなんてせずに、シーフキーの能力で外から情報を集められなかったのか?」
「残念。この会社は、車内にスタンドアローンのシステムを組んでいるんだよ。こうして専用のジャックにコードを突っ込まないと、情報が取れないんだよね」
「それって、運用コストが高いから、大企業向けのシステムだったよな。こんな小企業が持っているってのか?」
シバの住む国では、会社や個人の情報を一括管理することを生業としている大企業があり、利用価格の安さと情報の秘匿性から一強状態で君臨している。
その大企業のシステムを利用して会社運営をすることが、この国の主流となっている。
大企業に社内情報を握られる不安もなくはないが、情報を扱う企業にとって信用こそが財産であると理解しているため、私用で悪用はできないような仕組みなっているらしい。
もちろん、その信用を損なってでも得たい情報もあるだろうが、そんな情報は同列の大企業のものに限られるし、その同列大企業も用心のために自己システムを構えているため、やはり情報を私的に扱う理由は乏しくなる。
ともあれ、この国の企業や会社が独自システムで情報を管理しているというのは、とても珍しい事態なのだ。
「こんな小企業が独自システムを持っていることこそ、なんらかの悪事の秘密を隠しているんじゃないかってことだよ」
件の大企業が扱う情報システムが堅牢であろうと、悪事の証拠を渡したくないのは、人間の心理といえる。
そして悪事の証拠を隠すのなら、他者の手が伸びてこない独自システムに入れることが最善と考えるのも、人間の心理と言えた。
だから独自システムを持っていると目を付けた企業に、シバとシーリが送り込まれたというわけだ。
「それで、悪事の証拠は見つかったか?」
シバは改造釘打ち機で釘を射出して、社内サーバールームに入ってこようとする警備員たちを牽制する。
今回の任務は情報収集であって、殲滅任務じゃない。
不必要な殺人をする意味がないので、シバは積極的に警備員を殺そうとはしていない。
それゆえの牽制ではあるが、警備員の中には被害覚悟で突っ込んで来ようとするものもいる。
そういった相手は、シバは念動力で釘の射出速度を上げてマンストッピングパワーを与え、急所ではないところに釘を直撃させて足を止めさせる。
シバと警備員とが睨み合いをしている間にも、シーリの作業は進んでいる。
「容量が足りなくなったら増設ってことを繰り返してきたみたいで、情報が膨大にあるんだよね。最新のデータから洗い出しているけど、なかなかに時間がかかるね」
「出来るだけ早く済ませてくれ。手加減するにも限度がある」
今の段階の警備員たちは、怪我を恐れて踏み入ってこない。
しかし、いつ大被害を覚悟してサーバールームに入ってくるとも限らない。
特に、この会社が悪事を行っているのなら、手をこまねいたままデータを盗み出されることを良しとするはずがない。
シバが警戒を強めている一方で、シーリの方は情報収集を楽な調子で行っている
「ところでさ、最近コンプと組んでいた円柱機械。イザーンだっけ? あれがどうなったか知りたくない?」
唐突な話題に、シバは軍用ゴーグルの内側で眉を顰めた。
「いま話題にする内容か、それ?」
「暇つぶしだよ、暇つぶし」
「……暇を感じないように、急いで情報の洗い出しをして欲しいんだが?」
「情報はこれ以上ないって速度で調べているって。そのうえで、やることなくて暇なんだよ」
シバは、大量の情報を捌くことと暇な状況が繋がらず、混乱する。
しかし、作業をしているシーリが暇だというからには、話題の相手をするのは仕方がないと諦めた。
「それで、イザーンがどうしたって?」
「あの機械、同型の機械の教官をしているんだって」
「……はぁ?」
機械が教官をしているという話を、シバは咄嗟には信じられなかった。
「何を教えているってんだ?」
「超能力の使い方。生体脳を使っていても、製造されたばかりの最初だと、その威力が弱いんだってさ。それで超能力を使わせる期間を設けると、ある程度まで能力が増強されるんだって」
「つまり超能力の威力を上げる手伝いをしているってことか?」
「そういうこと。まあ、こんなアナログな手法を嫌がって、製造直後に超能力を実用基準にできるよう、更なる研究しているって話もあるけどね」
そんな会話の最中に、シーリが嬉しそうな声を上げた。
「よっし、悪事の証拠がでてきた。犯罪組織へ、資金提供と、コピー品の設計図の横流し。これは黒確定だね」
「政府に悪事の情報を渡したか?」
「送信終了したよ。これであとは、私達がこの会社から出ていけば、任務は終了――」
シーリの言葉を遮るように、会社建物に衝撃が走った。
「――え、なに?」
「間が良過ぎる。シーフキー、政府に問い合わせろ」
「わ、分かった。ええっと、悪事の証拠が出てきたからには、会社の社員全員が逮捕対象になったって」
「逮捕するために、戦力を送り込んできたってのか?」
「その戦力は、新造された新型の円柱機械。あーっと、コンプに馴染みがある新型の円柱機械が陣頭指揮をしているらしいよ」
シーリが手を左から右へと一振りすると、シバの軍用ゴーグルに建物内の監視カメラの映像が流れてきた。
映像は、恐らくは建物のエントランス。
進入したシバとシーリを逃がさないため、外と内とを隔てるパイプの隔壁が下りていたはずだが、出入口部分のパイプが人が通れる大きさに切断されていた。
その切断された部分から、大型の円柱機械が次から次へと入っていく。
この建物に入っている監視カメラは高性能のようで、画像がハッキリわかるだけでなく、音声まで届けてくれている。
『こちらは政府主導の鎮圧逮捕部隊です。当建物内にいる全ての人間に警告します。大人しく逮捕されてください。抵抗するのなら、武力でもって鎮圧する許可を得ています』
建物に入ってきた円柱機械が、異口同音に声を放ちながら、建物の各部へと走っていく。
そして出くわした人間が、両手を上げるのなら手と足をワイヤーガンで拘束し、抵抗するようなら電撃で痺れさせてから拘束する。
遠距離から銃器で攻撃するような相手だった場合は、円柱機械は相手の生命保全を考えずに銃撃や火炎放射で対抗している。
なかなかにスムーズに、円柱機械たちによって建物内が鎮圧されていく。
そんな風に働く円柱機械たちの中に、一機だけ異質な機体が紛れていた。
その期待はエントランスから動かず、しかし激しく通信を行っていることを示すように、機体表面にある発光ダイオードを点滅させている。
この機械がイザーンであることが、シバはなんとなく予想がついた。
そこまで見て、シバは手振りでシーリに映像を消させた。
「それで、俺たちはどうしろって、政府が言ってきている?」
シバは釘打ち機で警備員を牽制し直しながら問うと、シーリは少し時間をおいて答えた。
「えっと、独自で脱出しろってさ」
「円柱機械は、俺たちを攻撃するのか、しないのか?」
「今回の制圧も訓練の一環みたいで、細かい指令はしてないみたい」
「つまり、俺たちごと捕まえる気でいるってわけだ」
シバは、融通が利かないことに呆れつつ、脱出の手順を頭で組み上げる。
「シーフキー、来い。全速力で脱出する」
「はーい。じゃあ抱き着くね」
シーリは恥ずかしげもなく、シバにピッタリと身体をくっ付けるようにして抱き着いた。
シバの念動力の効果範囲を考えると、これこそが正しい対応だ。
シバの方もシーリの胴体に腕を回して、よりくっ付けるように力を入れる。
「それじゃあ行くぞ」
シバとシーリの足が床から浮きあがり、そして砲弾のような速度でサーバールームの出入口へと飛んだ。
出入口に屯していた警備員は、急に二人が飛んできて驚いたようで、出入口の直前にいた人から順に後ろまで尻餅をつく。
そうして頭の位置を下げた警備員の頭上を、シバとシーリは飛んで逃げていく。
窓のないサーバールームのあるフロアを飛び続けて、エレベーターシャフトのある場所へ。閉鎖されているエレベーターのドアを念動力でこじ開けると、最上階向けて上昇する。
上昇する間、エレベーターのワイヤーが動いているのが、目に見えた。
どうやら円柱機械たちは、エレベーターを使って各フロアに移動しようとしているらしい。
シバは最上階のドアの前に着くと、再び念動力で破壊して、最上階フロアへ。
「コンプ、どうして最上階に?」
「馬鹿と悪人は高いところが好きって、相場は決まっているからな」
答えにならない答えを返しつつ、シバはシーリを抱えたまま念動力で飛ぶ。
そして最上階から屋上へと行ける非常階段を通って、屋上のヘリポートへ。ヘリポートには、小型のヘリが一台、ローターを回しながら待機していた。
そしてそのヘリに乗り込もうとしている人がいた。手にアタッシュケースを持った、五十過ぎのパンツスーツ姿の女性。
その女性は、シバとシーリの姿を見て、目を丸くしているようだった。
シバは手の釘打ち機を、その女性の脚へと向ける。
そして、少し狙いをずらして、ヘリの安定尾翼へ向けて釘を放った。
念動力による加速を受けた釘は、安定尾翼の中央を貫いてバラバラにしてしまう。
ヘリは安定尾翼を欠くと、その場で回転するだけで上昇すらできなくなってしまうようになる。
これでヘリも女性も逃げられなくなった。
その状況を見届けてから、シバはシーリと共にビルの屋上から外へとダイブし、そして念動力で空中を飛翔する。
翼がないにも関わらず、グライダーのように滑空して去る二人を、ヘリのパイロットとアタッシュケースを持つ女性の二人は呆然と見送るしかなかった。




