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 シバは密造工場の現場を警察に明け渡すと、凶器の釘打ち機の押収を了承した後で、警察署本部で事件調書の作成に付き合った。その調書に記される『被害者』――犯罪組織の抗争に巻き込まれたという筋書き――の名前は、ボクサノリア署長の手引きでシバではなく別人のものに偽造された。

 諸々の作業を終えて、シバは警察署本部建物の外に出た。

 とっぷりと日は暮れていて、すっかり周囲が暗くなっている。

 特に警察署本部周辺は、この近辺でもお行儀が良いビジネス街だけあって、周囲のビルの窓から漏れる照明の光も限定的だ。

 シバは軍用ゴーグルを操作して、他に政府の犬としての仕事が入っていないかを確認する。


「出勤要請はなし。それじゃあ自室に帰ると――」


 囲いの中に戻る大橋へと足を向けようとしたところで、その行動を静止するようにメールの着信がきた。

 シバが差出人を確認し、溜息を吐く。そして差し出し人へと通話を送った。

 数コールの後に、その差出人――ときどきシバの仕事で相棒に任命される、シーフキーが拡張現実上のウィンドウに現れた。


『やっほー、シバ。今日の業務は終わり? 学校の宿題は済ませた? 暇なら、このあと遊ばない?』


 映し出されたシーフキーの上半身は、安物のスーツ姿。シバと同年代の女性ながら、そのスーツは身体に小慣れた感じがあって浮いてない。

 そんな勤め人然とした姿のシーフキーこと、通信相手の氏名を示すウィンドウによると、シーリ・シェットランドにシバは返答する。


「他の仕事はないし、宿題もない。度々組まされる相手と交友するのも悪くないが、何する気だ?」

『ちょっとー! 私だって、いつも悪戯しているわけじゃないから! 新しいプログラムが完パケしたから、そのお祝いに付き合ってって言いたいだけだし』

「……そういえば、お前――シーリは実家のソフトウェア開発会社の所属なんだったか」

『そうそう。シバが高専生なのと同じにね』


 シーリも政府の犬だが、表向きはその会社の社員になっているとうこと。実家の会社が、大企業より立場の弱い政府に協力しているということは、あまり大きな会社ではないのだろう。それこそ、頼りにならない政府の後ろ盾ですら、この資本主義社会で生き残るために必要としているほどなのだから。


「それで、お祝いって何して欲しいんだ?」

『むふ~。ねえ、シバ。知ってるんだよ~』

「知ってるって、何がだ?」

『君の作ったバッグ、良い値段で売れたんでしょ。しかも二個も』

「……どうやって知った?」


 シバが疑問視しているのは、オークションにかけられた一個目ではなく、ボクサノリア署長に手渡した二個目について。

 シーリが情報を知るには、限られたルートしかない。

 そしてシバが知るシーリの超能力を考えると、ルートはさらに限定される。


「俺の口座の動向を確認したのか? それとも」

『ボクサノリア署長さんの通話を、ちょっとね。奥さんに良いバッグが手に入ったから楽しみにしててくれ、って愛のお電話を聞いちゃってね』

「……お前がそういうことが特異なヤツだって知っているが、痕跡は消してあるんだろうな?」

『もちだよ。スパイウェアは消したし、盗み聞きしたお詫びに、私のもの以外のも消しておいたんだから』

「そこは残しておけよ。そのお前以外にウィルス仕込んだ奴にばれるだろうが」

『むしろバレた方が良いんだって。警察に仕込んだウィルスが見つかったんだよ。仕掛けた人は、いま夜も眠れない気持ちを味わっているだろうし』

「悪趣味め」


 シバは溜息を吐きだすと、軍用ゴーグルでネットに接続して銀行口座を確認する。政府の犬としての給料が入る秘匿口座の方ではなく、高専生の身分で開設した銀行口座だ。

 しばらく遊んで暮らせそうな程の金額が入っているのを確認して、シーリの求めに応じることにした。


「祝いってことは、どこかで飲み食いする気なんだろ。どこだ? 囲いの中か?」

『囲い――川の中州にある企業支配区。その飲食店って、バカ高いか、合成完全食の店かしかないでしょ。どっちも嫌』

「高い方も嫌なのか?」

『あのね。ドレス着て、静かな音楽が流れる中、ちょびちょびと出てくる料理と、大してアルコール度のない酒を飲む。その何が楽しいんだって話だよ!』

「……おい、シーリ。一応は社長令嬢なんだろ。孤児出身の俺よりも、そういう高い店の楽しみ方を知ってろよ」

『ふんっ。下請け企業の社長の子供なんて、大企業の会社員よりも稼げないんだよ。支配区のお高い店なんて、両親すら入ったことすらないって』


 そういうものかと納得して、シバは話題を転換する。


「それじゃあ、この川向うの店か。俺はあまり知らないぞ?」

『こっちからしてみれば、こっちの会社員居住区の方が地元で、中州の支配区の方が川向うなんだけど?』

「悪かったよ。会社員居住区の店は知らないから、シーリを頼ることになるけど、いいか?」

『よしっ、話はついた。私が店を教えるから、シバにお会計を持ってことで決まりね』

「シーリの仕事が一区切りついたお祝いだからな。奢らせてもらおうじゃないか」

『安心しなさい。ちゃーんと、安くて量が多くて美味しいお店にするからさ』


 先に待っているからと、シーリから地図情報が送られてきた。

 その情報を元にどんな店かを検索して、シバは呆れ声を出す。


「自動肥育の動物の肉を出す店か。伝統的というか、前時代的というか……」


 シバは、孤児として育てられたときから今まで、人工的に作られた完全食を食べて育ってきた。

 政府の犬になってから、こういう前時代的な食品も口にすることが多くなったが、味や匂いが複雑すぎてあまり美味しさを感じられていない。

 今回はシーリのおススメの店ということもあり、シバは今回こそは良い料理に当たればいいなと、少しだけ期待していた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 育った環境で食べてきた食事とあまりに違うものは応しく感じない。って当然だよねえ。異世界の食生活を、とかに感じるうさん臭さ
[一言] ディストピア飯とかSF飯とか色々言われますけど、生まれた時からソレを食べるのが普通だとそう感じるのかー
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