66
シバとイザーンが組むようになって、十個以上の任務を共にこなした。
そんな、ある日のこと。
また新たな任務のために両者が合流すると、シバはイザーンの見た目が変わっていることに気付いた。
正確に言えば、イザーンの円筒形の姿形が変わったのではなく、任務で負ったへこみや傷が真っ新な状態に戻っていたのだ。
「お色直しでもしたのか?」
シバが冗談めかして問いかけると、イザーンも冗談口調で返してくる。
『バージョンアップついでにオーバーホールしたので、外装もピカピカになったのです。さしずめ、イザーンVer,2.0といったところでしょう』
「2.0になって、何か変わったか?」
『ええ。新しい機能が追加されましたよ。例えば、こんなことが出来るようになりました』
返答したイザーン横で、道端に落ちていたゴミが浮き上がり、空中に静止した。
シバは目で現象を確認し、小首を傾げる。
「ワイヤーで吊っているわけじゃなさそうだな。音波兵器の類か?」
『いいえ。これは、コンバット・プルーフの能力と同じものですよ』
「……超能力を持ったのか?」
ニワカに信じられない発言に、シバは思いっきり眉を顰める。
シバの認識上において、超能力を使える存在は、有機脳を持つ者だけだ。実用的な強度で超能力を発現できると条件を限る場合は、人間しか候補はない。
それにも関わらず、イザーンという機械の塊が超能力を発揮している。
これはシバの認識を大いに揺るがす出来事である。
しかしシバは、イザーンが超能力を使えるようになる方法を思い浮かばないわけでもなかった。
「もしかして、お前の機体の中には有機脳があるのか? 超能力開発機構で研究していた、培養脳に超能力者の脳波を覚えさせ、様々な超能力を発現させようとしていた、あの実験が成功していたのか?」
シバの重ねられた質問に、イザーンは少しの沈黙の後に答えを語り始めた。
『コンバット・プルーフは秘匿情報を知っているようですので、限定的な情報開示が適応されます――そうですね。当機体の中には、超能力を発現する機能を持つ有機脳が収まっています』
「じゃあイザーンは、その有機脳が動かしているってわけか?」
『それは違います。イザーンを形作る判断機能は、無機のAIにしかありません。有機脳は、超能力の発現専用です』
「なんでそんな、面倒な方式なんだ」
有機脳を搭載するのなら、その脳に人格や判断基準を持たせた方が、AI用の集積回路を置く必要がなくなり、低価格化や機体内の省スペース化も行える。
それらの利点を捨ててまで、集積回路と有機脳の二つを搭載する理由があるのだろうか。
そんなシバの質問に、イザーンは当然利点はあると語る。
『人間が持つ有機脳だと、基本的に一つの系統の超能力しか発現できない。どうして二つ以上の系統は無理なのか。その理由は確立した人格が邪魔をしている。そう研究者は仮説を立てました』
「人格をぶっ壊した超能力者だと、二つ以上の超能力が使えた実例でもあったのか?」
『いいえ。とある被験者を多重人格者化させた際、超能力の切り替えが可能であった実例ありました。そこからの、類推です』
つまり、その被験者の脳は、複数の超能力を使える状態だった。それは人格が切り替わることで、別の超能力を使うことができることから推察できることだ。
しかし、一つ人格毎に一つの超能力しか発現できないという現実もある。
その両者の関係から、人が特定の一つの超能力しか発現できないのは、脳のポテンシャルの問題ではなく、人間の人格が超能力の使用を制限しているのだと仮説が立てられるわけだ。
「その仮定を軸に考えると、超能力を使用するためのツールとしての有機脳は、そこに人格がない方が利用価値が高いってことになるな」
『しかし人格がなければ、脳は機能しません。OSの入っていない電子ツールのようなものです』
「そのOS部分をAI用の集積回路という外部装置に担わせることで、問題を解決しようとしたのが、イザーンってわけか」
『その認識で、問題ありません』
イザーンとの会話で、シバは納得と同時に疑問が浮かんだ。
「超能力が人格に紐づいているのなら、AIであっても発現できる超能力は一つじゃないか?」
『一つの集積回路で発現できる超能力が一つだけだと仮定しても、集積回路を多数積めば解決可能な問題ですね。それに人格なんてものは、変数で弄れるものです。人間だって、衝撃的な出来事に出くわした後、人格が変わったようになるでしょう?』
シバは、イザーンの主張が真っ当なのかそうでないのか、もうよく分からなくなっていた。
「詳しい仕組みを聞くには、俺の前提知識が乏し過ぎる。結論、イザーンは超能力を使えるってことで納得することにした」
『そうですね。コンバット・プルーフに求められている役は、当機体の仕組みや構造の分析ではなく、任務の遂行に必用な思考パターンの教授ですしね』
イザーンの言葉に、シバは最もだと身振りした。
「それで、どんな超能力が、どの程度の強度で使えるんだ?」
『当機体の場合、計測可能な強度で使用できる超能力は、念動力だけです。それも、軽いゴミを浮かせる程度の力しかありません』
「……その強度だと、落第(F)級の超能力のはずだが?」
『超能力開発機構第一期生の被験者は、大部分が無能力で終わった。その事を考えれば、ファーストロットの当機に程度の軽い念動力が発現できたのは、幸運では?』
「俺はその一期生で、百kgの物を浮かべることができるが?」
『では当機も、バージョンアップを重ねる度に、持てる重量が増えることでしょう』
なんの根拠もない宣言に、シバは毒気が抜かれる気持ちになった。
「まあいい。今日の任務について考えることに移ろう」
『バージョンアップした当機の力、見せてあげましょうとも』
シバはハイハイと適当に相槌を打ちながら、今日殺す予定の電子ドラッグの売人の情報の洗い出しに入ったのだった。




