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違法宗教の一件以降、シバとイザーンは任務の度に組まされることになった。
シバの任務は主に、対象人物の殺害、対象施設の強襲、対象組織の殲滅という、荒っぽいもの。
そんな任務に同行するため、イザーンにも多少の被害が出る。
そのため出会った頃は新品で艶々だった外装は、銃撃を受けたへこみや斬撃での傷が入っていた。
もちろんイザーンは実験機であるため、任務終わりには開発元に回収されて整備を受ける。
それにも関わらず、へこみや傷が放置されているのは、性能には問題がないからである。
こうしてイザーンがボコボコになっていて、たまに任務を同じくするシーリには傷一つつけないのと比べると、対応に差があるじゃないかという意見もあることだろう。
事実、シバはイザーンを念動力で守ろうとはしていない。
それはイザーンが機械でシーリが生身だから、という理由ではない。
理由は、イザーンの体重がシバの能力の適応範囲を越えているから――もっと言えば、シバの能力に守られる設計で、イザーンが作られていないからだ。
もっと詳しく説明するのなら、イザーンの設計者がシバの能力に防御を期待しているのなら、イザーンの重量を百kg以内に収められるよう設計してしかるべき。そうでない現状を考えると、設計者はシバにイザーンを守って欲しくないと考えているのだと推察できる。
もちろん、これはシバの想像であり、根拠らしいもののない直感だ。
しかし、その直感が合ったっているであろうことは、イザーンに傷やへこみが出来ても、政府からシバに『イザーンを守れ』という指令が来ていないことから推察することができた。
ともあれ、シバとイザーンは何回かの任務を共同でこなして、十二分な顔馴染みとなった。イザーンに顔や表情を出力する機能はないが。
そうなった頃、シバはイザーンと新たな任務――大企業に所属する部長の暗殺――の中で、会話を行っていた。
『この部長とやら、何をしでかしたので?』
「予算の横領と、委託企業からのキックバックを貰っていたんだと」
『それは悪いことなので?』
「横領されて減った予算分、製品が低性能になる。つまりは商品価値が減じられたってことだ。意味のない価値の減少は、この国の資本主義に照らし合わせると、看過できない悪行だ。キックバックにしても、委託企業と金銭的な癒着がなければ、同予算でもっと良い製品を作る企業と提携できていたかもしれない。価値を多く生み出す機会損失が発生している。つまるところ、どちらも社内規定違反だから殺害してくれってことだ」
『会社に背いたから殺すので? 辞めさせれば良いだけでは?』
「大企業の部長職だったって肩書が厄介なんだよ。他の企業からしたら、その大企業と繋がりが出来るかもしれないと、その部長を雇ってしかるべきだろ?」
『しかし大企業は、裏切者の部長とは、もう二度と顔を合わせたくないわけですね』
「加えて、部長の思想は、この国が掲げる資本主義に反している。生きているだけで、社会の害悪だ」
シバは語らなかったが、この部長とやらが何かを作り出せる才能を持つ人物だったのなら、この程度のことで殺害依頼など出なかっただろう。
しかし会社員の部長は、上役と部下との繋ぎ役など、替わりがいくらでもいる部品でしかない。
大企業の部長の給料が良いのだって、部長の能力を認定してではなく、十二分な給料を払うことで金銭関係の犯罪に走らないようにするための予防である。
だが十分過ぎるほどの給料を貰っているのに、役職者が金銭の問題を起こす事例が出てきてしまう。
もちろん大多数の役職者は、金銭関係の犯罪を手を染めないで働いている。当たり前だ。
そのため犯罪をしでかした役職者は、人格的な問題があると認定される。そして社会に不必要な性格破綻者は、始末するに限るというわけだ。
「依頼を政府に出した大企業は、この国を牛耳る一画だ。他の大企業に弱みを握られないよう、ちゃんと自浄作用が働いているってところを見せたいって意味もあるんだろうさ」
『命が軽いですね』
「この国では、明確に命の軽重がある。価値を生む者の命が重く、国を確り回せる者の命が次に重くて、そして犯罪者の命はゴミくず以下の軽さだ」
『それが当然だと?』
「少なくとも、この国における資本主義社会ではそうなっている」
『良い悪いではなく、社会のシステムというわけですか』
そんな教育係と被教育者の会話をしていると、シバの多目的軍用ゴーグルに着信が来た。
例の部長の動向を、電子分野の方面で監視してもらっていた、シーリからの連絡だ。
「……もうすぐ、あの建物の外に出てくるらしい。すでに車を呼んでいて、出てきた直後あたりに、玄関前に入ってくるようだ」
『どうして、あらかじめ車を止めていないので? 乗り込むのなら、その方が速いのでは?』
「標的が部長だと考えると、乗り込むのは車の後部座席だ。開けるドアが判明し、車体に乗り込む際に屈むので頭の位置も予想しやすい。つまり、狙撃しやすいってことだ」
『ですが車が入ってくるのを待つと、玄関前での待機時間が数秒伸びると思いますが?』
「ボディーガードの身体で射線を覆えば済む話だ。背後は出入口だからな、部長の前に立つだけで壁に成れる」
『なるほど。では、どうやって暗殺するので?』
「俺一人なら、ここから飛び出して、部長に接近して直接殺す。別に姿を見られてはいけないって、任務の注釈にはなかったしな」
むしろ接近戦主体のシバに依頼を持ってくるということは、標的を狙撃ではなく接近して殺せということ。
狙撃という誰の仕業かわからない方法ではなく、接近して殺すという襲撃者を認識させる方法を取ることで、部長が罰則で殺されたのだと件の大企業の内外に示す効果を狙っているのだろう。そうシバは予想していた。
イザーンは、期待表面にある宝石のようなダイオードを点滅して輝かせ、何か思考している様子。
その思考が終わる前に、標的の部長がビルの中から出てきた。その顔は、依頼の中にあった資料と同じなため、間違いない。
「それじゃあ――」
言ってくるとシバが告げようとすると、その前にイザーンが口を挟んできた。
『ここは、任せてください。コンバット・プルーフはバックアップをお願いします』
「は? お前の装備じゃ、ここからだと狙撃は」
シバがなんの真似だと言おうとすると、イザーンの機体の表面に切れ込みが入った。そしてその切れ込みから、大きな飛翔炎が上がる。
「はぁ?」
シバが驚きの声を上げる間に、イザーンは機体の各部から出した炎によって空中を飛び、まるで巨大な砲弾のような格好で標的に向かって飛んでいってしまった。
「……派手な真似してくれて」
シバが見る先では、突如空を飛んでくる大きな円柱機械の塊に、部長とボディーガードたちが面食らって咄嗟の対処が出来ない様子があった。
部長は呆然としていて、ボディーガードの一人は部長を車の中に押し入れようとしていて、他のもう一人は部長を引っ張って建物の中に戻そうとしている。
そんな混乱の中へとイザーンは飛翔して入り、そして部長を百kgを優に超える質量で押しつぶして殺してしまった。
「いやまあ、暗殺は成功ではあるんだが。俺の念動力じゃ、あいつを持って離脱できないって、ちゃんと理解しているんだよな?」
護衛対象を死なせてしまった腹いせか、ボディーガードたちはイザーンに発砲している。
シバはどうやってイザーンを救出するべきかを、ボディーガードたちに余り傷をつけない方法で考えなければならなかった。なにせボディーガードを殺すことは、任務に含まれていなのだから。




