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超能力開発機構での脳波チェックから、シバに政府からの任務が再び舞い込みだした。
といっても、外国などの遠出が必用なものではなく、中州の街や対岸の街における違法会社や犯罪組織の殲滅が主だ。
シバは久しぶりに使う改造釘打ち機を用い、射出された釘を念動力で加速させて、ライフル弾顔負けの速度へと押し上げる。
そうして高速飛翔へ至った釘は、防刃防弾性能を付与された衣服を容易く貫き、標的の会社に勤めていた社員を絶命させた。
仲間を殺された他の社員たちが、銃器を手にシバに照準を合わせて乱射を始める。社員の中には、首筋に薬剤アンプルを刺してから、攻撃する者もいる。
シバは、その社員が刺しているアンプルを見て、多目的ゴーグルの内にある眉を寄せる。
「中州の街の会社を潰すなんて珍しい任務が出た理由は、麻薬だったな」
麻薬。一時の快楽と引き換えに、人の精神を破壊する、脳の快楽物質を模した科学の薬。
多くの国で禁止薬物に設定されているが、シバが住む国においての禁止具合は他国より高く設定されている。
その理由は、この国が資本主義社会だから。
人という価値を生み出し得る可能性を秘めた存在を、麻薬は非生産性の極みに堕としてしまう。その価値の下落は、資本主義として見過ごせないのだ。
芸術家や音楽家の中には、薬物による幻覚を作品に盛り込むために試用したい主張する輩もいるが、薬物使用の誤った認識を広げて健全な者に被害が出かねないと強く主張を跳ね除けてもいる。
しかしながら、酒や煙草のように、麻薬も嗜好品である。そして、嗜好品には愛好家が多い。
さらに言えば、禁止されればされるほどに、そういった愛好家は強く求めて止まない。遠い昔の禁酒法時代に、酒場が世間から隠れて営業していたように。
「恐怖心を忘れさせる、ソルジャードラッグ。他国に売りつけるだけなら、他国の人間がいくら死んでも良いと考える、大企業や政府は目こぼししてやったのにな」
あまりにも他国で売れるなら国内でもと、国内流通を考えた瞬間に、この会社の運命は決まった。
だからシバが遣わされ、社員を一名残らず殺す任務に従事することになった。
シバの念動力は対人戦において最強だが、大量虐殺をするには向いていない。会社から逃げだされたら、追うだけでも一苦労だ。
そのためシバは、シーリという電子機器の遠隔操作に長けた存在に援助を求めてあった。
『ねえ、コンプ。この会社の出入口は全てロックしたんだから、さっさと終わらせちゃってよ。お手伝いに、あまり長い時間かけてられないんだからさ』
「分かってる。だから銃撃音を響かせさせて、他の社員がよってくるよう仕向けているんじゃないか」
シバは社員たちからの銃撃を受けているが、飛んできた弾丸の全てが、シバより二メートルの圏内で制止し、そして地面へと落ちていく。つまるところ、一発の弾丸すらも、シバの肉体には当たっていない。
『シバに通達するよ。少数の隠れている人以外の全ての会社員が、その場にいるみたいだ。ちゃっちゃと始末してよ』
「そういうことなら、時間を置く必要はないか」
シバが釘打ち機を持っていない方の手を翻すと、シバの足元に落ちていた弾丸たちが空中に浮きあがる。連なった状態で浮く姿は、鈍色の蛇のよう。
その蛇のように連なった弾丸の先頭が、シバに銃撃を続ける社員の一人に切っ先を向けた。
次の瞬間、空気が弾ける音と共に、連なった弾丸の先頭とそこから十発ほどが射出され、狙いを定めた社員に命中した。
弾丸は防弾性能の高い科学スーツによって阻まれたようだが、十発もの弾丸を一気に撃ち込まれるということは、ヘビーボクシングのチャンピオンにタコ殴りされたような衝撃が身体に走るということ。鍛えられたボクサーならまだしも、単なる会社員に耐えられる衝撃ではない。
銃撃を受けた社員は、もんどりうって倒れ、口から泡を吹いて失神した。
シバは次々に同じことを他の社員たちにも行い、次から次に失神KOを量産していく。
そうして意識を保つ者がいなくなったところで、釘打ち機を用いて、一人一人の頭を撃ち抜いていく。確実に殺すため、そして釘は安いため、一人に五発もお見舞いする。
フロアにいた社員を全て始末してから、シバは釘打ち機に釘を補充しつつ、別の場所へ向かって歩く。
「シーフキー。隠れているヤツラの所在を教えてくれ」
シーリをコードネームで呼びかけると、直ぐに返答がきた。
『脳の生体機械の通信を切断していない、そんなお馬鹿さんの座標はコレね。賢く切断していて、でも隠れ場所が監視カメラに写っていた人の座標はコレ。あともう何人か隠れているみたいだけど、そっちは居場所の解明中だから待って』
「分かった。情報が出そろうまで、近場のを処理しておく」
シバはシーリから得た座標を元に、隠れている社員を見つけ出し、次々に殺していく。
その容赦のなさは、隠れて見ていた社員が命乞いに隠れ場所から飛び出てくるほどだった。
「頼む! 殺さないでくれ! なんでも協力するから!」
「……金のために麻薬を売るような会社の社員は死んで当然だろ」
資本主義とは、金を多く稼ぐのではなく、社会に価値を生み出し続けることを意義としている。
社会と人の価値を減じる麻薬でもって、多くの金を稼ごうとする輩は、この国の資本主義の正反対の存在だ。
そんな潜在的な不良債権など、早々に処理するに限る。
それは大企業や政府だけでなく、この国で生まれ育ったシバも同じ意見である。
だからシバは、命乞いに耳を貸すことなく、目の前の社員の頭に釘を打ち込んで殺した。
シバは会社と社員を潰し終えると、外にでる。会社が入っているビルの外には、円柱機械やカーゴの形の機械がずらっと並んでいた。
「処理は終わった。掃除は任せる」
シバが言葉をかけると、機械たちは一斉にビルの中に入っていく。
円柱機械はビル内に生き残りがいないかを調べ、カーゴのような形の機械は死体を運搬してフロアの掃除を行っていく。
それらの機械が作業終了するまで、シバは現場待機。もしも生き残りがいたら、シバが処理する必用があるからだ。
そうした待機時間の中で、シバの多目的ゴーグルにメールが送られてきた。
差し出し人は、政府だ。
「あん? 任務がまだ終わってないのに、次の任務か?」
訝しみながら文面を開くと、端的な文章だけが記されていた。
「教育係? 新しい治安維持用ロボットの?」
意味不明な任務に、シバは思わずシーリに連絡を入れる。
「なあ、何か知っているか?」
『え、なにさいきなり? ああ、そのメールの文面についてってこと?』
「ロボットの教育係なら、念動力者の俺じゃなくて、機械と会話できるお前の分野じゃないか?」
『私はともかく、念動力者に与える任務じゃないね』
シーリは素早く事情を調べてくれたようだが、調べた結果に言い淀んだ。
『あー、政府と大企業の連名での、トップシークレット扱いだ。無理すれば中身見れるけど、やる?』
「政府と大企業の悪巧みだと知れただけで十分だ。やらなくていい」
また面倒そうな依頼だなと思いつつも、シバに任務を受ける以外の選択はなかった。




