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外国での任務を終え、シバは自国へと戻ってきた。
任務中に手に入れた、自然物で出来たスーツとあの国の古地図を、政府の繋がりを通じて適当な企業に売り払い、小金を得た。
それからしばらくは、学業に従事する期間が続いた。
その期間中に学校の課題で、ガラス筒の中に浮かぶ小宝石の集合体という、あのガラス筒にあった小脳をモチーフにした芸術作品を作ったが、あまり評価は芳しくなかった。
『人間の体の一部を別の物質に置き換える』というモチーフは古今から存在する――ありきたりという理由でだ。
しかし綺麗な宝石で脳を形作るという挑戦は、グロテスクな作品の愛好家に喜ばれて直ぐに買い手がついた。
その売れた金額によって、学校での評価にプラスがついたが、それでも高評価とは言えない程度にしか成績がつかなかった。
「奇をてらうのではなく、堅実な作品の方が、俺の能力に合っているんだろうな」
シバは、自身に独創性がないと自覚している。
だから独自性を押し出すと評価が落ち、堅実なテーマを使えば評価が上がることも分かっている。
それでも単なる二番煎じに甘んじると、評価が辛くなるのも事実。
だからシバは、評価が悪くなると分かりつつも、ちょくちょく挑戦的な作品を作ることは止めないことにしている。
ともあれ、シバは学業を謳歌していた。
しかしシバは政府の犬であるため、ながながと休暇同然の状況に置かれ続けるわけもない。
シバに出頭命令が出たのは、作品作りがひと段落して数日した頃だった。
シバの出頭先は、どうしてか超能力開発機構だった。
「能力試験はまだ先だったはずだが?」
シバは、身体に機械を一切入れない状態では、どの程度の超能力の発現や成長が起きるかを調べる、実験体だ。
だから超能力開発機構に、能力の評価試験を受けることが定期的にある。
しかし今日は、その定期試験から外れた日であるため、超能力開発機構がシバを呼び出す理由がない。
「俺の能力の注目度は低いしな」
シバの超能力は念動力。しかし距離と重量に大きな制限がある。
操れる質量は百㎏程度、操れる距離は自身の身体から二メートル程度の圏内――日々の鍛錬で、百五kgと二・五メートルまで操れる範囲が広がっているが、それは限界値であるため、安全に操作できる範囲が百kgと二メートルで間違いない。
だが超能力開発機構および大企業が求める方針は、念動力に求める力は一番に高重量を操れることであり、二番に離れた距離で操れること。
その方針からすると、シバの念動力は低評価。
定期的な観測は続けることはあっても、定期外の日に観測し直すほどの重要性はない。
そういう評価をシバ自身も知っているため、どうして今日に出頭させられるのかが予想でずにいた。
シバは、超能力開発機構の建物内に入る。一時期は多くの住民が詰めかけて超能力を得ようとしていた場所だが、今ではすっかり下火になり、チラホラと人が超能力開発の受付を行っているだけになっていた。
シバは、その光景を横目に見つつ、出頭先の研究室へ。
「三十番研究室。ここだな」
超能力開発機構の建物の、奥の奥にある研究室。
この当たりにある研究室は、余人の目に触れられないよう気を付ける必要がある研究目的であることが多い。
シバが中に入ると、既に何人かの被検体が椅子に座らされていた。その頭には、コードが付いた脳波検知器が置かれていた。
椅子に座っている人の周囲では、物が浮いたり、風が吹いていたり、電気の弾けがあったりと、超能力現象が起きている。
検知器と超能力の組み合わせから、恐らく超能力を使用する際の脳波を計測しているのだろうと思われる。
「しかし、なんで今更?」
シバの口からでた疑問はもっともなこと。
超能力者が超能力を使用する際の脳波など、超能力開発機構で収集され尽くしている。いまさら収集と計測を行う意味がない。
その事にシバは不思議がりながら、研究所の中を見回す。
この研究室にある被験者用の椅子は、他の被験者で埋まっている。恐らく計測が終わってから、シバの番が来るのだろう。
被験者の被った検知器、そのコードの伸びる先に研究員がいて、装置に相対している。特段に面白い現象はないのだろう、研究者たちは淡々と数値情報の収集を行っている。
さらに中を見回して、シバは不思議な点を一つ見つけた。
研究者たちが見ている装置からコードが更に伸びていて、そのコードは研究室の角へと集中していた。
シバがそちらへと目を向けると、数人の研究者があるモノを囲んでいた。
そのモノとは、シバが外国で手に入れた、あの脳が入ったガラス筒だった。
シバは驚き、改めて観察すると、それはあのガラス筒そのものではないことが分かった。
なぜかというと、ガラス筒が大きいし、中に入っている脳も小脳だけではなく大脳皮質まであるものだったからだ。
「何をやっている――いや、作っているか?」
状況から見るに、被験者たちの脳波を、あのガラス筒の脳へ送っているようだ。
しかし、被験者たちの超能力の種類はバラバラだ。
そんな種類がバラバラな超能力の脳波を送ったところで、一人に発現する超能力が一つだけという前提で考えると、研究者たちの行動は無意味に思える。
「もしかして、多重能力者を生むための研究か?」
成功すればすごい事だという思いと、成功してもしょうがないという考えが、シバの脳に同時に発生する。
もちろん、ありとあらゆる超能力を使える者が誕生したら、その有用性は高いだろう。
しかし現状を考えると、一つの超能力に特化する研究を通してA級超能力者を量産したほうが、この国を牛耳る大企業たちは喜ぶ。
メインストリームから外れた研究に、シバは眉を寄せる。
しかしそうしている間に、被験者の一人の測定が終わったらしく、席が開いた。
「そこのキミ。次に入ってくれ」
研究員に呼ばれて、シバは開いた席に着席する。
頭に検知器をつけられながら、シバは自身の身分証を提示し、研究員はその個人情報を装置に取り込んだ。
「念動力者か。重りが色々とそこにあるから、発揮できるだけの超能力を使ってくれ。実験後に疲労困憊になってくれるぐらいの強度で頼む」
「……わかった」
研究員の無茶な要求を受けて、シバは自身の念動力の限界値を発揮することにした。
シバは目を瞑り、額に汗を浮かばせながら、念動力を使う。その姿と数値を、研究員は記録しつつ、ガラス筒内の脳へ脳波を送っている。
その後、シバは求められるがまま念動力を使い続け、疲労困憊の状態に成った頃に検知が終了した。
そして、この研究がなんの目的なのかを教えられないまま、シバは超能力開発機構の退所を命じられた。
「あー、疲れた。それにしても――」
シバは愚痴りながら超能力開発機構の建物の外にでると、一度振り返った。その頭の中にあったのは、ガラス筒の脳のこと。
「――変なことに手を出して、変なことが起きなければいいな」
シバは懸念を口にしたものの、首を横に振って懸念を追い払う。
仮に問題が起きたとき、対処するのは超能力開発機構の連中である。もしもシバにお呼びがかかるとしても、それは政府からの斡旋でだ。
「問題は、起こったときにどうするかを考える。それで遅くはないはずだ」
転ばぬ先の杖はあることに越したことはないが、杖ばかり増やして身動きがとれなくなっては本末転倒。
シバは、この件は自分が心配するべきものじゃないと気持ちを区切り、念動力の使用で鈍った頭を抱えながら家路についたのだった。




