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シバは工作室から出ると、先ほど殺したばかりの警備員の衣服を検める。
クリーンルームに安全に入るための何かを持っていないかを探すが、警備員の認識票ぐらいしか目ぼしい物はなかった。
「とりあえず、借りておくとするか」
認識票を死体から外して、シバはクリーンルームへと歩く。
その道すがら、敷地のいたるところに警報装置があることが見えたが、順路の上にかかるような仕組みにはなっていない。
恐らく、警備員が巡回する際に引っかからないよう、そして外部からの侵入者だけを警戒するために、順路以外の場所を重点的に見張っているのだと思われる。
シバはやがてクリーンルームに到着すると、警備員の認識票を出入口にある読み取り装置にかざす。ぴぴっと電子音が鳴り、出入口のロックが解除された。そして出入口の上方にある監視カメラに、バッチリ映っていることも理解した。
「ここからは強硬策だな」
シバはクリーンルームに入ると、顔に布を巻きつけたスーツ姿のままエアダスターのブースを通る。
ブースの反対の端にある扉まで歩くと、念動力でロックを破壊し、無理矢理扉を開け、その先へと足を踏み入れる。直後、全身を白い防護服で覆った姿で散弾銃を持つ人物と出くわした。
恐らくはクリーンルーム内に常駐する警備員だろうと思いながら、シバは散弾銃を撃たれる前に警備員に接近し、念動力で首の骨を折って絶命させた。
死体から、新たな認識票、散弾銃と補充用の弾を拝借して、更に先へと歩く。
クリーンルーム内は真っ白で、ところどころ透明ビニール状の覆いで区切られていた。
出入口近くにある装置は、ベルトコンベヤーと自動工作機械。いまベルトコンベヤーの上にはなにもないが、工場が稼働しているときは、あの脳が入った機械の頭脳部の組み立てをしている場所だろう。
更に先へと進むと、今度はビニールではなく、建材の壁で区切られたブースが見えてきた。ベルトコンベヤーの流れから推測するに、この場所が機械に組み込む脳を作っている場所だと予想がつく。
シバはそのブースに近寄り、出入口に先ほど手に入れた方の認識票をかざした。
しかし『ビビッ』と拒否するような電子音が鳴り、出入口は開かない。
シバは仕方がないと、出入口にある金具や電子部品を念動力で解体して、ロックを無力化した。その際、出入口についていた警報装置も無力化して、進入を気付かれないようにしてもいた。
出入口を開けてブースの中に入ると、そこにはシバが思っていた通りの光景が広がっていた。
五百mlのペットボトルのような大きさのガラスの筒が、床から天井まである棚の全てに配置されいる。そのガラスの筒の下部は機械に繋がれていて、その機械には液体を通すためのチューブが取りつけられている。
出入口手前のガラスの筒の中には、人間の小脳部分だと思われる部分だけが浮いている。
そこから奥へと歩くに従い、筒の中にある脳は小さくなっていくく。
まるで人の脳の発生を逆から見る展示物のようだと、シバは感じながら歩く。道中で出くわした研究員の頭を、ショットガンで吹っ飛ばしながら。
死体を量産しながら、やがてブースの奥の奥へと到達すると、そこは液体だけが注入されたガラス筒ばかりの場所になる。
そんな場所に、ポツンとコンソールが一つ置かれている。
ここまで逃げてきたらしい研究員の頭を吹っ飛ばしてから、シバはコンソールに触れて起動さる。そして、なんのためのコンソールかを調べていく。
すると、このコンソールは、ガラス筒の中に人の脳を作るための制御盤だと分かった。数値を操れば、小脳だけでなく神経だけや大脳までも作れるという、なかなか自由度の高い操作が可能のようだった。
シバは懐からメモリースティックを取り出すと、コンソールの外装を念動力で分解して、メンテナンス用のジャックへと差し入れた。
シーリ謹製のハッキングプログラムが入ったメモリースティックは、シバが何も操作しないのに、勝手にコンソールに使われているプログラムを解析して吸い上げて蓄積していく。その様子が、コンソールの画面に現れた、データ転送中という表示のバーの進捗具合で分かる。
やがて転送完了の文字が現れ、シバはメモリースティックを懐に入れ直した。
「このまま帰れば、何事もなく任務終了になるんだが……」
ここまで順調過ぎたからか、シバに功名心が発生した。
ガラス筒は、どう見ても一つ十㎏もない。液体だけのものと、出来上がった小脳が浮いているもの、その二つぐらいなら念動力の重量制限に引っかからずに持って帰れそう。
シバはそう思い、コンソール近くにあった、液体だけのガラス筒を手に取って外してしまう。
もちろん念動力でガラスの筒とそれに接続している機械に、警報の類がない事は把握済みだ。
と思っていた直後、クリーンルーム内にけたたましい警報音が鳴り響いた。
ビービーと音が鳴り、シバが功名心から我に返り、慌ててコンソールへと目を向ける。画面には製造に不具合発生の文字が現れていた。
「装置に警報がなかったが、脳の発生と成長をモニターするプログラムに引っかかったか」
このブースでは、脳を作る行程が自動化されている。しかし脳はナマモノゆえに、製造中に異常成長する個体が出る可能性がある。そんなエラー品を弾く仕組みが必用となる。
だからコンソールにあるプログラムには、エラー品を見つけたら研究員に通達する仕組みが組み込まれている。
だからシバがガラス筒を外す――プログラム的に見れば、急にガラス筒の中身が消えたという異常が検知されたため、警報を鳴らし出したのだ。
そして警報は、コンソールからではなく、その近くに倒れている研究員の腕から聞こえている。
シバが見やると、研究員の腕に巻かれた、腕時計状のガジェットが警報を鳴らしている。
「異常を直すよう、研究員に指示が飛ぶわけだな」
シバは舌打ちすると、ガラス筒を抱えた状態で走り出し、ブースの外へと出るべく急ぐ。
途中途中に倒れている研究員の死体にあるガジェットからも、警報の音が鳴っている。
その状況から考えると、恐らく工場の寮に戻っている研究員のガジェットも警報を鳴らしているはずだ。
クリーンルームの出入口を押さえられる前にと、シバは全力疾走する。そしてブースの出入口を蹴破りつつ、手近にある小脳が浮かぶガラス筒も奪い取る。
ガラス筒二つを抱え、念動力で散弾銃を傍らに浮かせながら、シバはクリーンルームの出入口へと向かって走り続ける。
着なれていない、動物と植物から作られたスーツ。その重さと動きにくさに、シバは歯噛みしてしまう。加えて顔に巻いた布の所為で、走ると息苦しさを感じる。
苛立ちに似た気分を抱えて、シバは走り、そしてクリーンルームの出入口へと到達する。
既に外に人がいるようで、人の話し声が閉じている出入口から漏れ聞こえてくる。
シバは舌打ちすると、念動力で出入口の構造を分解し、固定が外れた出入口の扉を外へと蹴りつけた。
出入口の近くに陣取っていた人たちが、蹴り飛ばされた扉にぶつかり、もんどりうって倒れる。
シバは倒れた人たちの上を駆けて、外へと脱出した。
「誰だお前! おい、逃がすな!」
警備員の一人が声を上げると、シバの進行方向にいる人たちが立ち塞がろうとしてくる。
しかしシバは冷静に念動力で散弾銃を操り、走る邪魔になりそうな人たちへと威嚇射撃した。
「ひっ。撃ってきた!」
銃弾という恐ろしい兵器に怖気づいて、大多数の人たちが頭を低くして逃げていく。
シバは逃走経路が確保できたと喜び、工場の敷地の外を目指して走る。
やがてシバが順路から外れて芝生へ足を踏み入れると、工場の警報装置に引っかかり、工場中にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
工場中の警戒灯が灯り、侵入者へ向かって高い光度の照明を浴びせかける。
シバは照明に照らされながら、地面を踏み付けて跳躍し、更に念動力で自分の身を工場の柵の上へと跳び上がらせる。
その姿を傍目からみると、超人的な脚力で柵をひとっ飛びして乗り越えたよう。
そんなシバの大跳躍による柵越えに、それを見た人達が唖然として身動きが止まる。
シバは工場の外に着地すると、さらに走って移動し、工場に入る前に隠していた紙袋を取りに向かう。
そのシバの姿を捉えようと、工場から照明が飛んでくる。
しかし工場の外が森であることが災いし、シバの姿は木々の向こうへと消えてしまい、照明でとらえることが出来なくなった。
こうして、シバは無事に逃げおおせ、工場は多数の研究員の死亡とコンソールの損傷にガラス筒2つの窃盗という被害を受けてしまったのだった。




