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シバは工場に進入すると、まずは案内図の把握に努めることにした。
その案内図によると、この工場は大まかに二つのセクションに分かれることが判明した。
一つは、外気から隔離されたクリーンルーム。もう一つは、外気の流入がある工作所。
この工場の製品の製造ルートは、クリーンルームから工作所の順で製品が動くようだ。
案内図の近くにある看板には、作業員を工作所に誘導する文言が書かれている。クリーンルームへ誘導する看板はない。
その事実から、シバはクリーンルームこそが工場の心臓部だと当たりをつけた。
しかし、今は夜。
工場の稼働も止まっているようで、しんと静まり返っている。
シバの聴力の良い耳には、工場作業員の宿舎らしき建物から人の声が聞こえている。その他に、クリーンルームの方向から常に排気ダクトと室外機が動く音もある。
「製造は止まっているが、クリーンルームの何かしらは作動中ってことか?」
シバは自覚を促すために小声で呟くと、クリーンルームではなく、工作所の方へと向かうことにした。
誰かが居そうなクリーンルームで人と出くわすリスクを先ずは避けて、工場の成果物を見るために。
工作所は音がしないことから分かっていたが、ほぼ無人の状態になっていた。
ほぼというのは、工作所の出入口に監視部屋があり、そこに警備員一人が常駐しているからだ。
しかし、その警備員はやる気がないようで、小型のテレビのアンテナを伸ばして、夜帯番組を視聴する暇つぶしをしている。
シバは、そんな警備員に接近する。
ここは森の中に作られた工場なため、光源は少ない。
シバの格好は顔に布を巻きつけたスーツ姿という異様なものだが、警備員はシバが接近しきるまで格好に気付かなかったようだった。
「なんか工場に忘れ物でも――」
足音で誰かが近づいてきているのは分かっていたようで、お決まりの問いかけのような言葉を、警備員は口から出す。
しかし目で確認した訪問者が、顔に布を巻いたスーツの人物だと知って、警備員は唖然として黙ってしまう。
そして咄嗟の事態に対処できなかったことが、この警備員の致命傷となった。
『コキッ』と警備員の首が鳴り、警備員の顔が上下逆さまになる。
シバが念動力を発動し、効力圏内に入っていた警備員の首の骨を折ったのだ。
どさりと倒れる警備員。その倒れた身体を、シバは踏み越えて監視部屋の中に入る。
シバは監視小屋の中を確認し、工場にかけられている警報装置を解除した。
しかし、これで万事解決というわけにはいかなかった。
「クリーンルームは別の警備システムなのか……」
シバは、予想はしていたがと肩をすくめて、まずは工作所の中にある成果物の確認に入ることにした。
工作所の中は、まさに工場といった光景が広がっていた。
曲がりくねって伸びるベルトコンベヤー。天井を走る電線からコードが垂れさがった、ネジやビスを止めるための電動ドライバー。品質チェック用と思わしき検査機に、コート剤を塗布するスプレーブース。
そうした工作レーンの先に、シバが目的としていた成果物があった。
それは、ずららりと並べて『立って』いた。
「……等身大の人型機械――アンドロイドか?」
それはとてもシンプルな造形の、人の形をした機械だった。
脚は棒のように細く、地面を踏んでいる足の平は鶏のような三又形状。腕も棒のようなフレームに、四本指の手がついている。胴体はドラム缶のような形状で、頭は丸く大きい。
とてもアンバランスに見える、等身大の人型機械。
シバはそれを見て、首を傾げる。
「クリーンルームを必要とする部品があるか?」
この機械の部品は、精密機器を生み出すクリーンルームが必用と思えるものがない。
もしかしたら、機械の中身の基盤などを作っているのかもしれないが、それは用途を隠して外注すれば済む話。
それに、森の中の工場で作るにしては、あまりにもお粗末な成果物。
こんな場所で隠して製造する程の価値が、この機械にあるとは、シバには考えられなかった。
そこでシバは、何かしらの秘密が機械の中にあるのではないかと考えた。
シバは念動力を発動し、合計百kgまで操れるその力でもって、人型機械の一つの内部をチェックしてみた。
首から下は、目新しいと思える技術や構造はなかった。
ちゃんとした作りではあるので、問題なく稼働はするだろう。しかし隠して製造するような、特異な技術が詰め込まれているわけではなかった。
ならと、首から上に対象を写したところで、シバは盛大に顔を顰めた。
この機械の頭部には、周囲の光景を確認するためのカメラと、音を聴くための集音装置、声を出すためのスピーカー、そして――
「有機物だと?」
その有機物は、握り拳のような丸い形に、太い糸のような物がくっ付いている。
まるで発生初期の胎児のような形だと、シバには感じられた。
しかし感じると同時に、疑問が湧いた。
人型機械に胎児を入れる意味がないのだ。
シバは疑問が募り、機械一つの頭部を解体してみることにした。
念動力によって、機械の頭部を止めているネジやビスが瞬く間に外されていき、丸い頭部を形作っていた外装も外れた。
そうして現れたのは、丸い形になるように整えられた、水密構造かつ浄化装置付きの機械の塊。
シバが再度念動力で確認すると、有機物のある場所は、この機械の塊の真ん中のようだ。
シバは念動力による解体を続け、機械の塊を部品へとバラバラにしていく。
そうして出てきたのは、拳二つ分ほどの小さな水槽。
その水槽の中に浮かぶものを見て、シバは合点がいったという顔になる。
「動物の脳――いや、小脳だけを機械の制御に組み込んだわけか。いや待てよ、動物なのか?」
この機械は人型をとっている。つまりは二足歩行。
動物の多くは四足歩行なので、その小脳を使ったシステムが上手く作用するとは思えない。
やはり二足歩行の機械を動かすには、二足歩行の生物が最適であるはずだ。つまり、人間の脳を使うことが最優だ。
そこまで思い至ったところで、シバはこの国に入ってから変だと感じていた部分への納得を感じていた。
「この国の住民は、やけに身体を機械化した人を嫌う。単純に宗教的な教義からかと考えていたが、この機械を配備する前段階だと考えれば、辻褄は合う」
人間の小脳を組み込んだ、等身大な人型の機械。
この機械がシバが暮らす国で実用化されたのなら、首から下を機械化した人を比較例にした人権問題に発展することは間違いない。
そうした問題を潰すためには、いまいる国が実施していたような、身体の一部を機械化した人間は迫害対象という政策が効率的だ。
なにせ、人々の意識の中に、身体を機械にした人間は人間じゃないという認識が育っているのだ。
人間の小脳が機械に組み込まれていようと、肉体が人間じゃないのだから、人権対象にするという発想まで行きつくことはない。
つまりは、この国では前々から、この人間の小脳を使った機械を生み出す構想があり、その実現のために色々な手段を取っていたというわけだ。
「ロボットを痛めつける人がいたが、あれも人の脳を持つ機械へ同情しないようにするための措置の一つ、なのかもしれないな」
シバはそう納得し、そしてクリーンルームで作られているものも予想がついた。
機械に組み込む、人間の小脳の製造場所。人間の脳は細菌やウイルスに弱いため、そういう異物が混入しないよう措置する必要がある。
「この工場が作っているものは分かったが、これの設計図ないしは研究データの回収が任務だ。どうやら工作所の方には、その手の情報はなさそうだ」
工作所の中は、ベルトコンベヤーとそれに繋がった機械、そして成果物である等身大の人型機械があるだけ。




