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シバは警察署本部から出ると、大通りでバスに乗ると、電気製品を売る店が集まる一画へ。
電動工具店に入ると、最安値の電動釘打ち機と交換用バッテリー、釘を一箱分を購入した。
「本体と交換用のバッテリー、満充電にして貰えるか?」
「ええ、構いませんよ。すぐにお使いなので?」
「持ってって、すぐに使うんだ」
なるほどと店員が頷き、急速充電機で本体とバッテリーを十分経たずに満充電にしてくれた。
「またのお越しをお待ちしております」
店員に見送られて店を出た後、シバは道を歩きながら商品箱を開けると、釘打ち機と付属品をボストンバッグに入れる。空箱はその辺にあったゴミ集積ボックスの中へ捨てた。
再びバスに乗り込み、他の客から見えないよう気を付けてボストンバックの中で作業し、釘打ち機の収容器に釘を満杯まで入れていく。
バスが道行く中、周囲の景色の様子が変わっていく。
色や形が確りとしたビル群だった風景が、背の高さが減った建築物に。そしてトタンのバラック小屋が立ち並び、大小のゴミが道に散乱する光景へと移り変わる。
この場所の治安が悪いであろうことは、道路の上に倒れている人がチラホラいたり、バス運転手が仕切りに周囲を警戒している素振りからわかる。
シバが目的地でバスを降車すると、バスはこの地区では少しでも滞在時間を減らしたいと言いたげに、急発進で走り去っていった。
バスの明かりが消え去ってから、外灯すらない道をシバは歩いていく。
この地区の空気は臭い。ゴミ収集もおざなりなので、住民が穴を空けたドラム缶でゴミを分別なく焼く。そのせいで、腐ったタンパク質やプラスチックが燃えて出る臭いが充満しているからだ。
深く吸うと咽るような悪臭の中を、シバは道なりに歩いていく。
すると程なくして、シバの進行を止めようと、二人の男性が立ちはだかった。どちらも全ての歯と肌の一部を金属化している。
「……本当に、今日はよく絡まれる日だな」
シバが思わず独り言を呟くと、立ちはだかる男たちが聞き咎めてきた。
「ああ!? なんか文句あんのか!」
「つーかよー、どこのどいつだ。ここは俺ら、ダークスミスの縄張りなんだが!?」
シバは軍用ゴーグル越しに、男たちの顔を見る。するとボクサノリアに渡された資料と照合が始まり、シバに潰せと命じている組織の構成員だということが判明した。
「運がないな」
「ぎゃははは! 確かに、俺たちに見つかったのは運が悪かったな!」
「自分の立場が分かったんなら、出すもん出せよ、おい!」
シバがボストンバッグを漁り、釘打ち機を取り出す。
金目のものではなく、そして武器でもない物を取り出したことに、男たちの顔にシバへの嘲りが浮かぶ。
「おいおい、そんな物を出して、何する気だぁ?」
「知らねえのか? 釘打ち機には安全装置があって、そのままじゃ釘を打て――」
唐突にシバは、その嘲り笑いの顔に、釘打ち機から釘をバスバスと音を立たせて放たった。
御親切にも釘打ち機の説明をしていた男の方に釘が飛んで命中し、まるでライフルで撃たれたかのように、釘が当たった場所全てに穴があいた。
「……はぁ?」
もう片方の男は、飛んできた釘で仲間の身体に大穴があいた事実が受け入れられない様子だが、シバが放った釘が命中して貫通し、男の後頭部から脳漿が飛び出した。
シバは二つの死体を乗り越えると、消費した釘を補充しながら歩く。
「釘打ち機に安全装置があるのは知ってるんだよ、馬鹿が。安値の釘打ち機だと、その安全装置を簡単に外せることもな」
シバが言う通り、少しの改造で釘打ち機を銃化させることは出来る。しかしその威力は弱く、人体に命中しても釘が刺さるくくらいが精々で、下手したら衣服を貫く力がないときもあるほど。
いまシバが起こしたような、銃化した釘打ち機で人の体に穴をあけたり貫通することなど、普通は不可能だ。
そんな不可能を可能にしているのが、シバの念動力だ。
「ここが資料にあった製造工場か」
重々しい鉄の扉がついた、バラックの平屋工場。その出入口に立つ警備に向かって、シバは釘打ち機で釘を発射した。
釘打ち機の射出口から出てきた釘は、それ以降は空気抵抗を受けて減速するもの。しかしシバは念動力で、射出された釘を再加速させる。釘は、シバの能力の効果範囲である約二メートル圏内を加速し続け、その圏外へと脱出した際にはライフル弾よりも速い速度を獲得していた。
真っ直ぐに飛翔した釘は、狙い違わず警備に命中。
すぐに追加の釘も飛来し、警備の身体を穴だらけにした。
シバはボストンバッグから釘を取り出して釘打ち機に補充しながら、工場の扉に近づいた。そして扉に手をかけて開こうとして、扉には鍵がかかっていた。
「密造工場だから、この程度の用心はするか」
シバは扉の鍵がある部分に手を当てる。直後、ガチャリと鍵が外れる音がした。粘度売り気で鍵のシリンジを回転させて開錠したのだ。
シバが扉を開けて中に入ると、工場の至る場所から視線が飛んできた。
その視線の多くが、見知らぬシバを品定めするもの。場違いな者に対する害意もあるが、敵意ある視線はもっと少ない。
犯罪組織の構成員が、こうも警戒を緩めているのは、シバの見た目の所為だ。
一山いくらの防刃パーカーを着た、伸長は高いものの二十歳に満たない青年。顔に軍用ゴーグルはつけていても、手足や身体を機械化している様子もない。武器になりそうなものは、右手に持っている安物の釘打ち機。
敵対する犯罪組織からのカチコミだったのなら、首から下を全て機械化した者か、強力な銃器を携える者ばかり。
そうした犯罪組織の常識からすると、シバの格好はうっかり犯罪組織の工場に迷い込んだ馬鹿にしか見えない。
そんな迷い込んだ馬鹿の始末は、工場内の見張りの仕事だ。
「運が悪かったな」
見張りの一人が密造したアサルトライフルで、シバを撃つ。
直後、人が倒れた。
地面に横たわったのは、いままさにライフルを撃った見張りだった。
「お前の方がな」
シバは見張りの方の運の悪さを指摘しつつ、右手の釘打ち機を構える。そして見張りが倒れたことに困惑している隙を狙って、工場内にいる全ての者に大して釘を放っていく。
バスバスと釘打ち機が鳴る度に、一人ずつ頭が弾け飛ぶ。
七人が死亡したところで、ようやく工場にいる者達の間に、シバが敵対者だという認識が広がった。
「カチコミだ! ぶっ殺せ!」
見張りの誰かが声をあげた直後、ジャキジャキと銃器を構える音が工場内に木霊した。武器と麻薬の密造工場だけあり、文字通り銃器の数は売るほどある。構える銃器のラインナップも豊富で、拳銃からアサルトライフルに果ては単発の対物狙撃銃まである。
それらの銃器から、一斉に銃弾が吐き出される。
軽い音から重い音まで、様々な銃声が工場内に木霊する。
これほどの銃撃に晒されたら、どんな相手でもボロクズになる未来しかないように思える。
しかし異変が起こる。
銃撃している内の数人が、まるで流れ弾にでも当たったかのように、身体が吹っ飛んで地面に転がったのだ。
それだけじゃない。また新たに釘を身体に打ち込まれる者まで現れる。
「な、なにが起きているんだ?」
密造作業員の一人が困惑の声を上げたところで、数ある銃器から吐きだされる弾が途切れた。運が悪い事に、全ての銃でリロードが重なったのだ。
新たな弾や弾倉を交換する間に、硝煙の煙が晴れて、銃撃にされされていたシバの姿が見えてきた。
シバの周囲二メートルの範囲に、銃弾の弾頭と思われる物体が複数浮かんでいる。その足元にも、弾頭が無数に転がっていた。
その光景を見て、作業員が喚き始めた。
「マンガか都市伝説のはずだろ、超能力兵士ってのは!」
作業員が装填を終えたサブマシンガンを乱射し、放たれた拳銃弾が飛翔する。
しかしシバの二メートル圏内に入った瞬間に、弾の勢いがピタリと止まり、そして宙に浮いた状態で保持される。
これで工場にいる誰もが、シバには弾を止める超能力ないしはそれに類する化学兵器を持っていることを認知した。
そしてシバは、左手を工場内の人たちへと向ける。
「たっぷりと貰ったからな、お返しだ」
空中に留まっていた弾頭が左腕の周りに集まり、そして先頭から順に発射されていく。それも、ひっきりなしに。
更には、シバの右手にある釘打ち機からの釘も乱射される。
大小様々な銃弾と釘が連続して飛び、まるで銃弾の嵐が顕現したかのような有り様に変わった。
「ぐぎゃ!」「物陰に隠れろ!」「ライフル弾を止められるほど、厚い遮蔽ぶつなんてないぞ!」「机を倒して盾に――どぐぉ!?」
犯罪組織の構成員たちが逃げ惑い、必死に逃げ隠れしている。だが大部分の者が、その努力の甲斐もなく、弾頭や釘の餌食になる。
そうしてシバが打ち込まれた分の弾頭を返却し終えると、犯罪組織の構成員たちの中で無事な者は皆無で、生きている者が片手で数えられるほどだけになっていた。
シバは釘を補充してから、杭打機で生き残りを始末していく。
そうして最後の生き残りを片付けたところで、周囲を見る余裕ができた。
「銃器密造に使っていた工作機械と、薬品の製造プラント。どちらも型落ち品だけど、悪くない品だな。これを破壊するのは気後れするな」
持ち主が変われば健全な目的に使用可能な施設だ。
シバは仏心を出して、軍用ゴーグルの通信機能を使って、ボクサノリア署長に連絡した。
「仕事は完了した。警察職員がくるまで現場に残って保存しておく。工作機械と薬品プラントは良い物だから、接収してオークションにかければ、警察の財政を多少潤押せると思うぞ。俺の武器? 釘打ち機だ。日用工具を用いて銃器に対しての反撃だ。正当防衛の成立は楽だろ」
シバは通信で言葉を交わしつつ、工場の出入口を閉じて鍵を閉めた。そして、この工場に警察が来るまで、誰も工場内に入らせないように留まることにしたのだった。