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シバは首都の街中に繰り出すと、貰ったパンフレットを見ながら、観光することにした。
まずは、シバの本来の年齢である青少年向けの服屋に入り、どんな衣服を売っているのかを見ることにした。
若者向けの安物の量販店といった店は、内装もその販売戦略に見合った感じで、服が詰め込まれた棚がずらっと並んでいるだけの素っ気なさ。
服にはサイズのタグがついていて、それを見ながら自分で衣服を選ぶ形だ。
シバは、よくある感じの店だと思いかけて、ふとした違和感を抱く。服を手に取りながら、左右に目を向けて、その違和感の正体に気付く。
「店員が、全くいないな」
量販店と言えど、普通は店員が通路に立っていたり、衣服の補充をしていたりするもの。
しかし、この店では棚と棚の間にある通路に客の姿はあれど、店員らしき働く姿の人物は存在していなかった。
どういうことかと、シバは改めて店内を見回す。
そこでようやく、この店には監視カメラの数がかなりあることに気付く。
ただ数があるだけではなく、通路の死角が現れないよう、緻密に配置されているようだ。
店員がいないための万引き防止かと、シバは予想していたが、どうやらそうではないようだと気付く。
リネンカートに細身の作業用アームがくっ付いたような見た目のロボットが、通路を進んで来ていた。
なんのためのロボットかと見ていると、店内にいる客の一人が手に持っていた衣服を、当然と言った態度でロボットの袋部分へと投げ入れ、別の服の物色に入る。
そしてロボットは通路を進みながら、床の上に置かれていたり、棚の中に乱雑に突っ込まれている衣服を拾い上げ、自身の袋部分へと入れていく。
どうやら、試着や棚から抜き出した後に放置された衣服を回収するための、ロボットのようだ。
シバが物珍しさから見続けていると、また別の客の一人がロボットへ苛立った声を放っていた。
「人間様の道を塞ぐんじゃねーよ、このクソロボットが!」
その客は、ロボットを蹴り飛ばして横倒しにする。
通路に横たわって車輪を空転させるロボットを見て、その客は嗜虐性を満足させたような態度で、別の場所へと歩いていく。他の客も、あの客の態度を当然のように受け入れて、服選びに戻っている。
シバはロボットを助け起こすべきかと考えていると、ロボットは客が離れてから作用用アームを使って自力で起き上がってきた。
そのリネンカートロボットは、シバの横を通過し、どこかへと去っていく。
それから少しして、また別のロボットがやってきた。畳まれた服が乗っている、棚状のカートのロボットで、二本あるロボットアームの片方の手は塵取りのような形になっている。
その新たなロボットは、棚の一つに近づくと、塵取り状の手を棚中へと差し入れて、畳まれた状態のままの服を棚から抜き出した。するともう片方の手で、自身に乗っている畳まれた服を取り、抜きだした衣服の上に乗せ、また棚の中に戻した。どうやら衣服を補充するためのロボットのようだ。
このロボットも、よく見ると殴られたり蹴られたり倒されたりした傷が各部にあった。
「この国では、ロボットは道具というより……」
虐げても問題ない相手――つまりは、奴隷のような扱いのようだ。
ロボットだけでなく全ての道具は、減価償却が終わるまで大事に使い、償却が終わったら継続使用するなり中古として売るなりして、完全に壊れるまで社会経済に貢献させ続けるべき。
そういった考えを持つシバからすると、一時の気持ちを満足させるためにロボットを損壊させることは、価値を減少させるだけの不合理な行動としか思えなかった。
シバがモヤモヤとした気持ちのまま、何も買わずに店を出ようとして、ふと店のレジスターを見やった。
セルフレジ式で、客が操作を間違えたり手間取ったりすると、音声案内が流れる仕組みのタイプだ。
そのレジでも、音声案内で注意された客が怒り、頑丈なフレームで作られたレジを殴っていた。
シバはゲンナリした気持ちのまま、今度は自分の衣服を整えるための、中級から高級な衣服を並べる服飾店へと足を運んだ。
シバの人生の中ではあまり経験したことのない、自動ではなく手で開けるタイプの扉を開いて、中に入る。
扉についていた鈴が鳴り、ネクタイとベストを付けた店員の一人が、シバへと近づいてきた。
その店員は、シバの格好を上から下まで見ると、少し態度を硬質化した。
「お客様。こちらの店には、誰かのご紹介で?」
言外に一見はお断りと告げる店員に、シバはホテルで貰ったパンフレットを差し出す。
「旅行で泊まったホテルでこれを貰って、この店で服を買えと言われたんだが?」
シバがつっけんどんな態度で告げると、店員は態度を軟化させて恭しい礼をしてきた。
「これは失礼いたしました。お召し物の買い替えで、当店を訪れてくださったわけでございますね」
「ああ。この格好だと、この国ではイザコザに巻き込まれると言われたんだ。予算は、これぐらいで良いか?」
シバは、自身が住む国で大企業の社員がスーツを買う際に払う金額を提示する。もちろん、いま居る国の通貨に両替した金額でだ。
店員はその金額を見て、目を丸くする。
「このご予算ですと、スーツを何着か仕立てるので?」
「いや。滞在日数が少ないから、仕立てる時間がないため、既製品にしてくれ。着替えを含めて、スーツは二着、シャツは五着ぐらい、ネクタイや靴などの服飾品もつけてくれ」
「その条件でこの店にある者で揃えますと、ご予算が余ってしまいますが……」
そんなに大金を提示したわけじゃないのにと、シバは疑問に思いかけて、考え違いに気付く。
シバが住む国は、世界でもトップクラスに裕福な資本主義社会の国だ。
逆に、いまいる国は、秀でた産物があるわけでもなく、機械化した人間を認めない国民性から観光客もあまり寄り付かないため、世界規模で見ると貧困国の位置づけになっている。
そうした国力の差が貨幣価値の差になり、シバが住む国では飴玉を買える程度の金で、いま居る国では豪華な食事が出来てしまう。
そんな事実を思い出して、シバは買い物の条件を追加することにした。
「既製品を使って、この国で最低限侮られない程度に整えてくれたらいい。予算はあくまで、上限を提示しただけだからな」
「そういうことでしたら、問題ございません」
店員は、シバの日系人特有の年若い見た目でも侮られないよう、既製品のスーツの中でも生地と仕立ての良いものを選び取っていく。
店員がコーディネートした服を、シバは試着室で身につける。
そうした現れたシバの格好は、鍛えられている肉体だったこともあり、精気溢れる青年実業家といった感じの風体になった。
シバは、生まれて初めて化学繊維ではない服を着たことに、困惑に似た感情を得ていた。
「なんというか、温かさ高い低いではなく、温かさが柔らかいというか、不思議な感じだ」
「そうでございましょう。化学繊維の布は直に、自然物の布はゆっくりと温まる感じがするはずでございます」
「そうだな。悪いものじゃない」
着心地は確かにいいのだが、シバは服から伝わる慣れない感覚に戸惑ってしまう。
まあ追々なれるだろうと考えながら、シバは紙の紙幣で支払を終え、着替える前の服と追加購入分のスーツやシャツを詰めた紙袋を手に持ち、服飾店を後にした。




