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シバはバックパック一つで飛行機に乗ったので、ラゲッジ待ちをせずに空港の外へ。
空港から近くの街まで、路線バスが走っていると、事前に調べてあった。
シバは、そのバスに乗り、そして運転手を見て驚いた。
空港の様子から、この国の住民は機械を毛嫌いしていると思っていたところに、バス運転手が人型ながら機械然とした見た目のロボットなのを見たからだ。
シバは咄嗟に念動力を発動し、能力圏内に入ったロボットの仕組みを読み取る。
ロボットの内部は、とても簡単な作りになっていて、人工知能と言える部品が入っていない。
しかしロボットは運転席の下を通して、バスの電装系と繋がっているのが分かる。
恐らく、バスに搭載されているAIが、バスの運転を行う傍ら、運転手ロボットの操作も行っているようだ。
そう仕組みを理解して、シバはさらに困惑する。
バスがAI制御なら、人に似せたロボットを運転席に座らせる理由がないからだ。むしろ、張りぼてロボットの分だけ資源の無駄でしかない。
シバが訝しんだままでいると、ロボットが張りぼての顔を向けてくる。
『どうか、なさい、ました、か?』
人工音声かつ、拙い口調の言葉。
明らかにその音声と口調になるよう、調整された言葉遣い。
なんで聞取りずらい言葉遣いを、わざとロボットにさせているのか。
シバは理屈が合わないことの連続に理解が追い付いていないが、とりあえず当たりさわりのない理由を口にすることにした。
「この国のバスは、乗る時に料金を払うと聞いたんだが、どこに金を入れるんだ?」
『この、空港バス は、無料で、運行して、います。お金の、投入場所、は、ありません』
「そうか。教えてくれて、ありがとう」
シバがバスの空いている席に座ると、周囲に居る乗客から物珍しいものを見る目を向けられていた。
シバは、自分は変なことはしていないのにと思って疑問に感じていると、乗客の一人が声をかけてきた。
「その化学繊維丸出しの服からして、外国からのお客さんかね?」
シバが声の方向に顔を向けると、緑色のスリーピーススーツを来た、老紳士然として見た目の男性が座っていた。
シバは、改めて自分の恰好が私服の防刃パーカーと防弾ボディースーツ姿なのを見下ろしてから、再び老紳士へ顔を向ける。
「そうですね。海外からの旅行者です」
「やはりかい。ロボットに礼を言うなんて、外国からの人の特徴だからね」
シバが丁寧な言葉を心掛けながら返答すると、老紳士は人の良さそうな顔つきで世間話をしようとしてくる。
その老紳士の言葉に、シバは首を傾げた。
「ロボットに礼を言うのは、変なのですか?」
「変だとも。君は、服や靴や筆記具に、ありがとうと礼を言うのかね?」
「ロボットは、それらと違い、会話が通じる相手ですが?」
「言葉が通じようと、それは見せかけだよ。愛玩動物のように自己判断をしているわけではなく、そう受け答えしろとプログラムされた内容に従っているだけなのだからね」
老紳士は、シバの認識を論破しようとしているわけではなく、自己の認識を開示しているだけの口調だ。
そしてシバは、老紳士の意見を聞いて、この国の住民がロボットに対する考えを理解した。
この国において、ロボットは完全に道具であり、人間が使用して初めて価値が出る存在であるという位置づけなのだ。
その認識を理解すれば、どうしてこの国の住民が、身体に機械を入れることを毛嫌いしているのかも分かってくる。
「身体の一部を道具に置き換えるなんて、心情的に気持ち悪いってことですね」
「ん? ああ、機械の体に関する話かね。それなら、その通り。神が構築なされた人間の肉体に機械を組み込むなど、神の所業への冒涜だとも」
この国の住民の身体を機械化することへの嫌悪感は、感覚的なものが主なので、言葉にすることは難しい。
あえて表現するのなら、身体の一部を粘液を滴らせる触手に置換するような、もしくは別の動物の一部を移植するような、そんな冒涜的な行いに写るのだろう。
シバはそう納得して、さらに疑問を口にする。
「事故で手足を失った方は、どうするんです?」
「その手の自己は痛ましいことだがね、手足を失うことが、その人への神の試練だよ。それを義手や義足で隠すなど、やるべきではない」
「手足を失うことより、手足を別のものに置き換える方が、悪いと?」
「失ったものを隠す真似は、その失った状況か、もしくは失ったこと自体を後ろめたく思っているからだよ。恥ずべき事じゃない結果で得た障害なら、失ったことすら誇れるはずだ」
シバと老紳士とでは死生観が違うことが、まざまざとわかる言葉だった。
それと同時に、シバが暮らす国と、この老紳士が育った国とでは、価値観の相違から仲良くすることが難しいことも理解できた。
二人が雑談を交わしている内に、バスは定刻になったので出発した。バスの外では、少しの時間の差で乗車できなかった客が、バスに向かって止まれと叫んでいる様子があったが、ロボットの運転手は止まらずにバスを進ませていった。
シバは空港近くの街から、さらにバスを乗り継いで、この国の首都へとやってきた。
首都はこの国でも有数の治安の良さを謳っているだけあり、裕福そうな見た目の住民や、物欲を満たした観光客の姿をよく見る。
それら人間以外にも、車輪付きの車型のロボットが物流を担っていて、庶民向けのチェーン店の受付には人間を模したロボットが案内と会計を務めている。
しかし、シバが泊まることになっている中流階級向けのビジネスホテルの受付には、ロボットではなく人間が受付に立っていた。
シバが受付に向かい、予約している旨を伝えると、受付の人にジロジロと見られた。
「なにか?」
「年齢を誤魔化していたり、してませんか?」
「日系人だから若く見られるのは分かっている。パスポート見せようか?」
シバが偽造パスポートを開いてみせると、受付は無礼を謝る礼をする。しかし続けて、また失礼なことを言ってくる。
「観光なさるのでしたら、その服装はお止めになった方が宜しいでしょう。観光先で不愉快な思いを成される可能性が高うございます」
「君らのような、動物ないしは植物由来の服を着ろってことか?」
「その通りでございます。そちらの方が、この国の住民は胸襟を開いてくださいますよ」
「服自体が、なにかのステータスってことか?」
「はい。身の丈に合う服を着ることは、この国の住民にとって当たり前のことなのです。貴方様のように化学繊維を着る者は、低所得者だと思われてしまいます」
受付の人からの助言は、またも認識の違いを示すものだった。
シバが選ぶものは、全てがスペック重視だ。
例えば、防寒能力が高かったり、防弾性能が高かったりする服については、値段が高くても納得して購入できる。しかし、そうしたスペックが同じで見た目が違うだけながら、外見がダサくても安い方を選んでしまう。
そういう価値観からすると、動物や植物由来の服というのは性能にあまり差がないのに、値段が天地ほどの差が出るため、理解しがたい物体でしかない。
これはシバの認識が逸脱しているわけではなく、シバが暮らす国の住民の殆どが同じ認識である。
もちろん動物や植物由来の服がないわけではない。しかしそういう類の服は、服飾系の芸術作品であり、日用品ではない。珍しい動物や植物の布を、日用品として使い潰すなど、価値を損なうだけの愚行でしかない。
だが、そんな愚行をすることが、この国ではステータスになるというのなら、シバは従う気である。
「忠告ありがとう。良い店を見つけたら、買ってみる。オーダーする時間がないだろうから、既製品になるだろうけどな」
「購入なさる気があるのでしたら、こちらのパンフレットを。このホテルの近くにある、人気の服飾店の情報が載っています。このパンフレットを見せれば、多少の融通も利くことでしょう」
シバは四つ折りになっている紙のパンフレットを受け取り、続いて予約していた部屋の鍵も受け取ると、身振りで礼を告げてホテルのエレベーターへと向かう。
シバはパンフレットを広げて中を確認しつつ、苦笑いを零す。
「ここに書かれている店で服を買ったら、このホテルかあの受付の人かに、マージンが行くような仕組みなんだろうな」
シバはパンフレットを畳みなおすと、エレベーターの中に入っていった。




