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 シバは、身体に一切の機械を入れていない、完全な生身人間ネイキッドである。

 そのため、政府の任務で特定の外国へと赴任させられることがある。


 シバは他の乗客と共に飛行機から降り、とある国の空港へと足をつけた。

 この国は、宗教的見地という建前で、身体に一切の機械を入れることを許可していない。

 神が作りたもうた最高傑作である人間。その肉体を改造するなど神への冒涜である、というわけだ。

 シバが生まれる少し前ぐらいの時代だと、外科手術や献血まで禁止されていたらしいが、他国と国民の死亡率を比べると著しく高かったことから規制緩和されたという背景があるらしい。

 シバは航空券とパスポートを持ちながら、入国審査の待機列の様子を観察する。

 外国から来た人たちが並ぶ列はそうでもないが、この国の国民が並んでいる列の様子は、シバからすると前時代的だった。

 生物や植物から作った布と糸で作られた服を着て、手持ち式の通信端末を持ち、眼鏡や杖などの生活補助具を持っている人もいる。赤ん坊が乗っているベビーカーも、電動式や浮遊式ではなく手押し式。子供たちが持っている人形も、布製か木製か陶器製かを選んで持っているよう。

 前時代的というよりも、古い時代の物を選んで持っている様子に、シバは多機能バイザーの内側で眉を顰める。


(わざわざ不便な生活を送るなんて、理知的じゃないな)


 シバは、価値を創造しつづけることを良しとする国の住民である。そんな国で育った価値観からすると、新しい物を否定しているかのような格好は、度し難い行いのように感じられる。

 もちろん、古い物に価値がないわけじゃない。

 しかし物は古くなればなるほど価値が減じることが通例だ。骨董的な価値が生まれるものもあるが、それは一定以上の美術品やブランド品に限られる話である。

 その観点からしても、この国の住民は骨董的ではなく、単に古いだけでしかなく、人間的な価値が低いように見えてしまう。

 そこまでシバは脳裏で考えて、首を横振って思考を追い出す。

 これから任務なのだ、この国の住民に怪しまれるような考えは止めるべきだと思い直したからだ。


 シバが待機列に並んでいると、ビーっと警報がなった。

 音がした方向へ目を向けると、四角い枠を通った人とその人を押し止める係員の姿があった。

 係員が先が丸い形の棒で、枠を通った人を撫でながら質問する。


「身体の改造は?」

「え、いや」

「何かしらの手術で、身体にプレートを入れたりとかは?」

「だから、その」


 質問に堪えられないでいると、係員の棒がピーと異音を立てた。どうやら相手の左脚の膝から下を撫でると、ピーと鳴るようだ。


「別室でお話をお聞きします」


 係員が手で合図すると、筋骨逞しい警備員が現れ、不審者と判断された人物を別の場所へと連れていく。

 その光景を見送った直後、待機列の中で悲鳴が上がった。


「うわっ! なんだ、なんだこれ!」


 叫び声を上げる人は、まるで蜂に集られているかのような身振りをする。

 しかし現実には、虫どころか、何もいない。

 幻覚でも見えているのかと、待機列にいる人たちが首を傾げる。

 シバも首を傾げかけて、ふと思い立って目のバイザーの設定を弄る。ここに来るまでの飛行機の機内のアナウンスで、この国には拡張現実は使われていないので、それを見る機能をオフにするよう訓告されていたのだ。

 シバが試しにとバイザーの拡張現実を見る機能をオンにすると、悲鳴を上げている理由が見えた。


「……これはキツイ」


 シバのバイザーを通した視界では、足元から多数のネズミが身体を登り、顔に多数のハエが強襲してくる映像が見える。

 これはバイザーでの視界なので単に見えるだけだが、脳に生体機械を埋めん込んでいる人の場合だとネズミとハエが身体に集る感触まで得ていることだろう。

 どうしてこんな映像を流しているかは、脳という安易に調べられない場所に生体機械を埋めん込んだ人を炙り出すために違いない。

 そして、この映像があるからこそ、無改造人間であるシバに任務のお鉢が回ってきたというわけだろう。

 シバは事情を理解して、バイザーの機能をオフにし、視界を現実世界の物だけ見えるようにした。


 十重二十重に、身体に機械を埋め込んだ人を排除する方法が披露される中で待機列が消費されていき、とうとうシバの番になった。

 シバは航空券とパスポートを差し出し、顔からバイザーを外した。

 入国審査官は厳めしい顔つきで、パスポートの写真とシバの顔を見比べる。そして質問してきた。


「名前は?」


 端的な質問に、シバは自分の名前ではなくパスポートに書かれている名前を告げる。


「チロー・タトーだ」


 その偽名が示す通り、パスポートは偽造品。発行国も、シバが住む国ではない、第三国である。

 

「年齢?」

「21歳」

「21? 若く見えるが?」

「日系人だからな。成人してからも、ティーンだろうと、よく言われる」

「この国にきた目的は?」

「観光だ。世界でも珍しい政策をしている国だから、見てみたくなった」

「滞在日数」

「帰国の航空券は一週間後で買っている。もしかしたら、旅行者が滞在可能な最大日数まで伸びるかもしれない」

「滞在場所」

「一週間は首都のホテルを予約している。滞在が伸びそうなら、更に予約する予定だ」

「……わかった。では、最後に」


 入国審査官はスタンプを手に取りながら、手振りで誰かを読んだ。

 シバが近づいてくる気配に目を向けると、一人の男性と一匹の犬がいた。男性は線の細い体つきで、犬はジャーマンシェパードで、両方とも優しい顔つきをしている。

 犬を連れた男性は、シバに声をかけてきた。


「そのバイザーを頭にかけて、両手を広げて立ってくれ」


 その格好をすることに何の意味があるかわからないまま、シバは言われた体勢を取った。

 すると、男は連れていた犬を促し、シバの身体を嗅ぎまわり始めた。

 足から腰元へ、胸から上は鼻先を伸ばして、スンスンと嗅いでいる。

 犬は一通り嗅ぎ終えると、ワンとひと鳴きして、シバから離れた。

 その鳴き声が上がった直後に、入国審査官がパスポートに打印する音がバンバンと鳴った。


「良い旅を」


 入国審査官が差し出してきた航空券とパスポートを受け取りながら、シバは質問する。


「今の犬はなんだ?」

「……人間の身体に似せた精巧な義手を見分けるためだ」


 端的な答えと共に、さっさと行けと身振りしてきた。

 シバは目礼して感謝を伝えてから、あの犬は臭いで人が機械化してないかを判別しているんだと理解した。


(どれだけ人間の体に近づけた機械化義手を作っても、人体とは違う臭いがすることは避けられないから、有効な判別方法だな)


 単に見た目を人体に似せただけなら、シリコンなどの生化学品の臭がする。体表を人体細胞で覆っても、中の機械の金属やオイルの臭いがする。全てを人体と同じもので作った義手義足であろうと、培養液の臭いでバレる可能性が高い。

 シバは犬の役割に関心しながらも、ここまでのコストをかけて人体改造している人を排除する理由が、宗教的だけなことに納得がいかなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] あの手この手で機械化を判別してるんだなあ 脳の生体機械の炙り出しに拡張現実を使うのはうまく使えばお化け屋敷的なやつをかなりリアル且つ安価に作れそうですね
[一言] 義手の生体皮膚なんかにフローラルな香りとか出すような製品、あったら売れそう。
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