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美術館の無料入館パスを手に入れた。
シバは、任務もないし、折角だからと、足を運んでみることにした。
無料パスで入れる美術館は、国の各地に点在している。企業が支配する中州の街にある中には、三つ美術館で入れるようだ。
シバは、その三つの中で一番大きな美術館へと向かうことにした。
その美術館は、シバが通うマルヘッド高等専門学校から二ブロック先という場所にあった。
シバが美術館の看板を見ると、電子バイザーで見える拡張現実上に、美術館の略歴が展開された。
「へー。マルヘッド高等専門学校生の作品を売買するギャラリーが大元なのか」
売買仲介手数料で儲け、そのお金で建物の改築や美術品の購入して規模を拡大し、やがて美術系の大企業の目に留まって丸ごと買収される。買収された後も、元の経歴を活かして、売買可能な美術品を中心に展示している、風変りな美術館となったようだ。
シバが来歴を読んでいると、唐突に後ろから呼びかけられた。
「ねえ。シバ君、でしょ?」
シバが振り返ってみると、そこには数人のマルヘッド高騰専門学校の生徒が立っていた。私服姿のシバとは違い、その生徒たちは学生服を着用している。
シバは、同学年の生徒であることは思い出したが、詳しい名前まで思い出せなかった。
シバはどう対処したか困りつつ、首を傾げて問いかえすことにした。
「よう、奇遇だな。そんで、どうしてここに?」
シバの質問に答えるのは、呼びかけてきた女生徒だ。
「芸術作品を見て刺激を貰いにね。シバ君は?」
「ここの運営元の株を買って、無料パスが手に入ったら。近場のここを、試しに見てみることにしただけだ」
シバが端的に理由を告げると、その女生徒だけでなく他の生徒たちにも驚かれた。
「えっ!? 無料パスを配布されるぐらいに、株を持っているってこと?」
「取引可能な最低株数で、無料パスは貰えるようだったぞ?」
「いやいや。ここの運営企業の株って、超一流企業だよ。最低数の株でだって、大金が必用だってば」
そうだったかなと、シバは首を傾げる。なにせ貯金していただけの死に金を突っ込んだだけけなので、どれだけの金を払ったのかを詳しく見ていなかったのだ。
どれほどの金が貯まっていたのだろうと、シバが思い返そうとしていると、その女生徒が媚びた顔になる。
「ねえ、シバ君。お願いがあるんだけど~」
「無料パスの話をしてそれってことは、タダで入らせてくれってことだろ。いや、俺は美術館に入る気でいるんだが?」
「大丈夫だって。無料パスって、たしか一度に何人かまで連れて入れるはずだから。ゲートで聞いてみてよ」
そういう話なら、損するわけじゃないしと、シバは美術館のチケット売り場へ。
一般入場チケットの代金が、リゾート遊園地の一日入園パスよりも上の値段に設定されていることに驚きつつ、シバはチケット売り場の販売機に内蔵されているAIに無料パスと個人番号を提示した。
するとAIが機械音声で質問してきた。
『ご利用人数は、一名様、でよろしいでしょうか?』
「このパスでチケットは何人分貰えるんだ。上限が知りたい」
『そちらのパスのランクでしたら、五名様、まで入場チケットを発行可能です』
「上限の五名まで発行すると、一名分発行の時に比べて、デメリットはあるか?」
『ございません。当会社が運営する美術館において常に、各館、一日、五名様、までのチケットが発行可能です』
そういうことならと、シバは五名分のチケットを発行してもらった。
チケット売り場のAIがシバに、拡張現実上のデータで五名分のチケットを受け渡した。
シバは一枚分を自分用に確保して、残りの四人分を先ほどの女子生徒へと渡した。
「ほらよ。これで上限だから、足りない分は買うことだ」
「わー、ありがとう! 節約できて助かったよ」
「釘を刺しておくが、今日は俺とそっちの予定が合ったために起こった幸運だからな。今後、どこぞの美術館に一緒に行こうとか理由をつけて、集ってくるなよ」
「わ、分かってるって。でも、また偶然に、シバ君と美術館で会ったときは、いいよね?」
「俺は、どの美術館にいつ行くかなんて、予定を立てたりしないぞ。本当に偶然に会うしかない。そんな幸運を期待するぐらいなら、作品を作って売った金で入場料払った方が、手っ取り早いし確実だと思うが?」
「うぐっ。正論パンチ、やめてよー」
望みを潰すようなことを言ってから、シバは一人で美術館の中へ。
四名分のチケットを手に入れた女子生徒は、その他の生徒たちと顔を付き合わせて、足りない分の入場チケットの代金をどうするかを話し合い始めたようだった。
シバが美術館の中に入ると、この美術館の題目が拡張現実上に表示された。
「実際に手で触れられる美術品を多数展示してあります、ねえ」
大抵の美術館では、美実品はショーケースの中に入れられて、触ることはできない。
それは美術品の汚れや破損を防ぐためと、盗難防止のためである。
そうした防止措置を投げ捨てることで、他の美術館との差別化を確保したようだ。
シバは拡張現実上のデータのパフレットを貰うと、展開する。どんな美術品が収まっている美術館なのかを、先に確認するためだ。
「へぇ、意外だな。現代美術の展示がないなんて」
現代美術――新たな地平を切り開く芸術として、ときに見る者に理解されない美術作品があったりもする、芸術カテゴリー。
箱の上にバナナを置いただけだったり、針金で鳥の巣を作ってみたり、企業ロゴの入った段ボール箱を重ねておいたりと、美術的な技術が必ずしも関係しない美術的発想を重視していると認知されている美術である。
芸術家の中には、現代美術は美術でも芸術でもなく、ただのトンチだという意見を持つ者もいる。
そうした賛否両論のある芸術作品を、この美術館では扱わないようだ。
「確立されきった芸術分野という、手堅い作品群を好んでいるって感じだな」
古き良き芸術と、その流れを組む作品以外は、この美術館では作品として認められていないようだ。
幸いなことにシバの作品は、宝石を用いているという変わり種ではあるが、絵画やビーズバッグなどの実物ありきの作品。ビーズバッグを美術品とするかは意見が分かれるところだが、この美術館に置かれても不思議はないラインナップではある。
この美術館においてもらうことを念頭に、次の作品を作ってみようかと、シバは新たな予定を立てた。
そんな嗜好は一時的に横に置き、シバは美術館の中を見ていく。
壷や陶器、石像や銅像、甲冑に武器、大昔の発明家のスケッチを元に製作した機械。そして歴史的遺産や有名絵画のレプリカ。
それらは触れることを推奨する文言が掲げられていて、特にレプリカはレプリカだからこそ触っても良いという感じで展示されている。
シバも表示されている文言の通りに、それらの美術作品に手を触れていく。
壷や陶器の滑らかさ、石像や銅像の素材の違いによる温度感、甲冑や武器の重さと厳つさ、発明家の機械を動かした際の挙動、そして遺産や絵画レプリカを手でもって目の寸前で見ることのできる幸運。
シバは知識では知っていたはずのそれらの芸術作品たちが、手で触った実感として脳に情報が刻まれた感覚を得る。そして、その生の感覚が新たな芸術作品への意欲と発想を、シバの脳内に作り出し始めていることを認識した。
「これだけで、株を買った見返りはあったな」
この貴重な体験を得るためなら、あの入場料の高さも納得だと、シバは思った。
これ以降、毎日更新ではなくなります。
ご了承くださいますよう、よろしくお願いいたします。




