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シバは、朝に日課の超能力強化訓練を終えると、暗殺業務の際に自称王の屋敷で入手した芸術作品の外見データの整理を行っていた。
シバは自身のデザインの発想に難があることを知っている。そして、その欠点が芸術作品を作る際に足かせになることも。
だから色々な芸術作品をデータ化して保存しておくことで、自身の発想の役立てることや、最悪でもデザイン精製AIに芸術デザインを学習させる余地を残すことにしている。
そんな作業を電子バイザーの機能を使って行っていると、速報という形でニュース情報がやってきた。
休憩するのに丁度いいタイミングだからと、シバは作業の手を止めてニュースを確認してみることにした。
「なになに。俺が自称王を暗殺した国で、権力闘争が勃発して、内乱状態になったのか」
超能力を使って王位に着いていた者が死んだ。
その後釜を狙って、次の王位に着こうとする者や、王位を潰して民主主義や共産主義などの新たな体制への以降を狙う者たち、分離独立を狙う少数部族たち。
そうした諸々の人々の思惑が噛み合いぶつかり合って、戦国時代もかくやと言う内乱状態へと移行しているようだ。
シバはそのニュースを見た後で、自分が住む国がどう動くかを予想する。
「この内乱に武器を売りに行く――いや、武器商人に古い武器を売りつけるんだろうな。それで表向きは戦争に関与してないことにして、武器の対価に外貨を集める」
紙幣や貨幣は、価値を保有している。その価値あるものを集めることで、国の価値を高めることができる。
もちろんお金の価値は変動するため、絶対的な価値とはいえない。下手に扱うと、高騰したり暴落したりすることもある。
しかし、その金の価値を保証する国が存在する限り、ある程度の価値が保証されることは物の道理である。
だからシバの住む国は、戦争で消費される物資という価値の減少を他国に押し付けつつ、お金という価値あるものを回収して活用するという、いわば価値の二重取りのようなことを行うに違いなかった。
「これで武器製造や兵器製造に強い企業の株価が上がることが確定だが、ここでその企業の株を買う人は損をすることになるんだよな」
企業の株は間違いなく上がる。しかし今から株取引に参入する者は、この戦争が起こることを見越して事前に株を購入していた者の餌になる運命だ。
なにせ株の買い手が増えれば株価が上がり、株を手放す人が増えれば株価が下がる。つまり、株を買いたいと手を上げる人が多いときに、事前に買ってあった株を売り払う人が一番儲けることができる仕組み。ニュースを見て参入するのでは、既に旨味を最大限に得られる時期を逸しているといえた。
それに加えて、シバが培ってきた、この国の住民としての常識が、株取引に忌避感を抱かせる。
「株の長期保有は、貯金を企業や市場に戻すことで、企業成長や経済活動を促す働きがある。しかし、短期の株取引は所詮マネーゲームだ。ギャンブルと同じで、参加者から集めた金を再分配しているだけで、社会の価値を高める働きはない。だからギャンブルでの金稼ぎは、低俗だと言われているんだ」
再三繰り返すが、この資本主義社会の国では価値の増加こそが重要とされている。
ゼロから一の価値を作り、一の価値を百に膨らませ、その百をさらに増やすことが至上なのだ。
だから長期の株保有は、企業にお金という価値を預けることで、その企業にその価値を何倍も膨らませてもらおうという、国是に沿った行動である。
そして短期株取引は、人々から集めた百の価値を何人かで分配し、その他の人は価値を失ってしまうという、価値の増加が見込めない愚かな行いという認識がされている。
そんな認識が広がっているのに、どうしてマネーゲームが行われているのかといえば、これも他国からお金を引き出すためである。
国内の優良企業の株は、外国からも注目が高い。そして優良株であると見なされれば、資金の預け先の一つとして、その企業の株が買われることはよくあること。
そうして優良企業の株で釣り上げた外国のお金。それを自国のものになるよう、マネーゲームを通じて吸い上げる。
こうして合法的に、外国の資金を減らし、自国の資金を増やしていく。
それが、シバの住む国の政策だ。
そんな事実を知っているこの国の住民は、株を長期保有する投資はしても、短期取引というギャンブルを行うことは少ない。
ここで『ない』と言い切れないのは、金を稼ぐことが価値を生み出すことだと誤解している住民も、いないわけじゃないから。
そして国の方針を理解していない住民に対して、この国は優しくはない。
シバのもとに、新たに着信の知らせが来た。
着信内容を確認すると、短期投資を持ちかけるビラだった。
『いま急成長注目の企業の株があります。貴方も一株買いませんか?』
要約すると、そんな内容が書かれていて、投資先は武器製造に明るい企業の株のよう。当該の上場企業のフローチャートを開けば、今まさに上り調子なグラフが描かれている。歴史のある真っ当な企業で、投資詐欺の類ではないことも確認できる。
しかしこのビラが罠であることを、シバは見抜いていた。
「これで金稼ぎが正義だと思っている勘違い馬鹿を釣るわけだな。国是を理解しない馬鹿たちから金を吸い上げて、企業や理解している者へ分配し直すってわけだ」
理解していない馬鹿は貧しくなり、理解している国民は裕福になる。
このビラは、そんな罠の入口だ。
シバは、もともと投資話には興味がないので、ビラを即座に削除した。
そして休憩は終わったと、芸術デザインの整理に戻ろうとして、手を止める。
シバは少し考える素振りの後、自身の口座にある貯金を確認する。自身の作品を売って手に入れたお金と、政府の任務を果たした際の成功報酬で、かなりの額が入っていた。
シバ自身、食事は人工的に作られる完全栄養食を取り、お金を使う趣味の持ち合わせもない。宝石を用いる作品作りには多少資金を必要とするが、使用しているのは屑宝石なので大金が必要ということもない。だから、使用していないお金が貯まりに貯まっていた。
銀行に預けたままでも、銀行が貸付を行うことで、間接的に社会に資金を回す役には立っている。
しかしシバは株取引の事を考えていたこともあり、どうせ同じ社会貢献をするのなら、自分と関係するところに金を回したいと思ってしまった。
もちろん、武器や兵器に強い企業の株を買う気はない。
探す株は、長期的に保持することでシバ自身に旨味のある、そんな企業。
「となれば、芸術系や宝飾系だな」
芸術品の保存と管理、そして美術館の運営を行っている企業。
宝石の発掘と加工、そして販売を行っている企業。
それらの企業のフローチャートを確認すると、最近に起こった自国と隣国の戦争、そして今起こっている他国の内乱の影響からか、株価が上がっていた。
芸術系企業はジワリと、宝石系企業はガッツリと。
「戦争不安で、価値ある現物を手元に置いておきたいって人が多く出たんだろうな。それで美術作品や宝石の買い手が増え、企業の持つ美術品や宝石の価値が相対的に高まり、企業価値も上がり、株価も上昇しているってわけだ」
芸術品よりも宝石の方の企業が株価の上がりが激しいのは、宝石は小さくても価値があるから――いざという時に持って逃げるのに適しているからだろう。
シバは、ここでどちらの企業の株を買うか考え、そして芸術品を扱う企業の方の株を買うことに決めた。株主優待で、企業が運営している美術館の無料入場パスがついてくることが魅力に感じたからだ。
シバは生活に不便がでないぐらいの貯金を残し、それ以外の全額で買えるだけ、その企業の株を買った。その直後、シバの個人番号に紐づけられた株券と美術館入場パスが、電子データとして送られてきた。
その素早い対応に、シバは感心してしまう。
「戦争景気で上がっていた株だから後々に下がるだろうが、長期保有は配当金も期待できる。死に金を預けただけと考えれば悪くはないな」
シバは自分の行動に満足して、芸術デザインの整理作業に戻ることにしたのだった。




