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 橋を渡り終えたところには、再び円柱機械があった。しかも橋の歩道部分を塞ぐように、複数機ある。

 しかしその円柱機械たちは、シバが橋を降りても、声掛けやID照会などの行為は行わなかった。

 かと言って仕事をしていないのかと言うと、それは違う。

 シバと入れ替わりに、中年の男性が橋に入ろうとすると、一斉に動いで進行方向を塞いだのだ。


『『許可ない者の進入は禁止です。IDの提示を求めます。IDの提示を求めます』』

「生意気だぞ、このポールども! 良いから橋を渡らせろ!」

『『IDを提示してください。橋の侵入を強硬する場合は、実力で排除します』』


 円柱機械の真ん中が割れて、銃口が現れた。

 中年男性はその後もなにか叫びながら円柱機械に絡んでいたが、シバにとって興味のない事態なので無視して歩き去る。

 そして橋を下りた後、少し歩くと、囲いの場所とは違った風景が広がる。

 囲いの中はキャンパスのような真っ白な建物や道路に、拡張現実による仮想の風景が重なっていた。

 しかし橋を渡った先にある光景は、様々な色のビルが立ち並び、場所によっては電飾やネオン灯で装飾された建物まである。

 待ちゆく人も、囲いでは白い服ばかりだったが、こちら側の街では様々な色や形の服を着ている。

 その中でも特に差がある点は、こちらの街では身体のどこかしらを金属機械に置き換えていることが挙げられる。

 小さくは、手指の一本が。大きくは、四肢のどこかや、首の下から全てが機械になっている。

 シバが目に着けている軍用ゴーグルを、顔に直接埋め込んでいる者もいる。

 かなり物々しい見た目だが、これでもこの付近はまだ治安が良い方だ。

 その証拠に、道行く人たちの雰囲気が穏やかで、殺気立っている人はいない。


「ここら辺はまだいいが、郊外に行けば行くほどに、俺みたいな『素人間バニラ』は出歩けなるほどに、治安は悪化するからな」


 つまりは、こちら側の街で道行く人達が機械化しているのは、ファッションや伊達ではなく、身を守るための手段という側面が強いわけだった。

 しかし治安が比較的良いといっても、襲われないというわけじゃない。

 特に橋を渡ってきたような――橋を渡れるIDを持つ素人間は、犯罪者に良く標的にされる。


「おい、テメエ! ちょっとこっち来いや!」


 不躾な言葉がかけられた方向に、シバが顔を向ける。

 そこにいたのは、機械化させた両腕を誇らしげに晒している男性と、手首か肘から先を機械化している数人の取り巻き。その全員が上半身裸で無袖の合成革ジャケットをつけている。

 胸元や腹周りの素肌を外気に晒している姿は、自身が防刃や防弾繊維で身を守る必要がないほどの強者だという自己顕示である。

 シバは面倒臭いという顔をしながら、荒くれ者っぽい人たちの方へ近づいた。それも手を触れられるほどの距離まで。


「来てやったが、なんの用だ?」

「ああ゛ー!? 言われなくてもわかるだろ、出せよIDをよお!」

「そうだぜ。俺達の腕で痛い目見る前に、出すもん出せば済むんだぜ!」


 両腕機械の男と取り巻きの一人が威圧してくる。

 しかしシバは呆れた態度を崩さない。


「腕ってのは、その機械化している腕を指しているのか? それ、スペックの割に安い変わりに動作不良の噂が多いっていう、ヘカトンケイル社の製品だろ。ちゃんと動くんだろうな?」


 シバの問いかけに、荒くれ者たちはいきり立つ。


「ナマ言ってんじゃねーぞ! この腕の力、見せてやろうじゃ――」


 両腕機械の男が、その自慢の両腕を持ち上げようとして、その途中で力が抜けて垂れ下がってしまう。


「――んな!? 昨日整備してもらったばっかりだぞ!」

「その様子じゃ、自慢の腕の活躍はまた今度だな」

「チッ! 俺の腕がダメだろうと、お前ら、やっちまえ!」


 男が号令を発したが、取り巻きたちの動きは悪い。


「お、おい、どうした!?」

「リーダー。俺達の腕も、なんか急に動かなくなって……」


 困惑顔ばかりが並ぶ中、シバが口を開く。


「災難だな、急な動作不良だなんて。やっぱり四肢を機械化するなら、ヘカトンケイル社じゃなく、価格は高いが生涯補償のあるセンジュ社にしておいた方が良いぞ」

「余計なお世話だ! つーか、テメエがナニカしやがったんだろ」

「何かって、何をだ? 俺はただ立っていただけだが?」


 シバは、心底不思議だという態度を装った後で、忠告を口にする。


「しかし、お前たちは腕が動かない状態でここに居てもいいのか? お前たちが俺を狙ったように、腕が動かなくて抵抗の手段がないお前たちを襲う強盗も出てくるんじゃないのか?」


 この言葉に、荒くれ者たちは急に怯えた顔になり、周囲を見回す。

 シバたちのイザコザを見ている野次馬たち。その中には、腕が動かなくなった荒くれ者たちに熱視線を――それこそ獲物を狙う目を送る者がいた。

 目は語っている、その機械の腕は本当に動かないのか、動かないのならば襲って奪ってやろうと。

 つまるところ荒くれ者たちは、狩人ぶって粋がれた立場から、一転して周囲から狙われる獲物へと転落した。


「くっ。逃げるぞ!」


 荒くれ者のリーダーは捨て台詞を吐くと、腕が動かないため、肩を左右に振りながら走り出す。取り巻き立ちも後に続いて去っていく。野次馬の中にいた何人かも、彼らの後を追っていった。

 そうして一人残される形になって、シバは肩をすくめる。


「今日はやけに、他人から目をつけられる日だな」


 厄日だと零しつつ、シバは目的の場所へと向かって歩き直した。




 シバが辿り着いた場所は、幅も背丈も大きい一棟のビル。そのビルの周囲には大きな敷地があり、装甲車やパトカーが整列している。ビルの玄関の壁の上には盾に六角の星の巨大なエンブレムが掲げられている。

 ビルからは青い色の制服を来た、腰に手錠と電子銃をぶら下げた人達が出入りしている。

 それらの車とエンブレム、そして職員の格好から分かるように、ここはこの街の治安を一手に引き受けている警察の中枢――警察署の本部。

 シバはその警察のビルに入ると、受付へと進んだ。

 受付に立っているのは、胸元に警察のエンブレムが描かれている、機械然とした見た目の人型ロボット。暴徒鎮圧もできる戦闘用で、肩から腰へとスリングで軽機関銃を吊っている。


『どのような御用件でのご来賓でしょうか?』

「本部署長に呼ばれてきた。シバ・サエモだ。愛称はコンプだ。取り次いでくれ」

『少々お待ちください――確認が取れました。どうぞ中にお入りください。五番エレベーターで、最上階へお進みください』

「分かった。案内ありがとう」


 シバは何度となく幼児で警察署本部に来ているが、このロボットはシバの顔を覚ていない。

 戦闘用ロボットに人の顔を記憶するという機能がついていないのかもしれないなと、シバは感想を抱きながらエレベーターへ。

 エレベーターに乗り込むと、ボタンが自動的に選択されて、屋上へと昇り始める。

 階数の数字がスルスルと加速度的に進み、やがて七十階を越えたあたりで減速に入り、八十階でエレベーターが停止した。

 エレベーターの扉が開くと、だだっ広いフロアの景色が、シバの目に認識された。

 ビルの構造を支える柱以外の全てを取り払った、開放感溢れるオフィスだ。

 広々としたオフィスに、執務机はただ一つだけ。

 年季を伺わせる、重厚な木製の机。その机の向こう側には、シバのビーズバッグをオークションで最後まで競っていた一人――恰幅の良い黒人の男性がいた。

 二メートル近い大柄な背丈がありながら、三つ子を育む妊婦よりも大きな、でっぷりとした腹周りをしている。

 そんな巨漢を、さらに大きな一人がけ用のソファーに背もたらせながら、警察署本部署長――机の上にあるネームプレートには『ボクサノリア・ブルドマン』の文字――がにこやかにシバに声をかける。


「おーおー、待っていたぞ。さあ、商品を出してくれ」

「……ホラよ、これだ」


 シバがボストンバッグからビーズバッグを取り出し、下手投げで放り投げる。

 ボクサノリアはその太ましい胴体で受け止めると、ビーズバッグの柄に脂肪がたっぷり詰まった頬を緩ませる。


「おーおー! 憎い真似をしてくれる!」

「どうせアンタが使うんじゃなくて、アンタの妻へのプレゼントだろ。それとアンタが前に、妻は子煩悩だって言っていたからな。前にアンタに見せてもらった、子供たちの写真。それを参考に、子供の顔をビーズで表現してみた」

「うむうむ、これは良い物だ。よしっ、ちゃんと料金を支払ってやろう」


 ボクサノリアが中空に手を何度か動かすと、シバの軍用ゴーグルに新着メールを報せるアイコンが現れた。メールを開くと、シバの個人口座に入金を報せる内容。入金額は、シバのビーズバッグがオークションで落札された際の値段の一割増しだった。

 その金額を見て、シバは思わず口笛を吹く。


「ぴゅ~。太っ腹だな。愛しい奥さんから、無駄遣いは禁止されているんじゃなかったのか?」

「はっはっは! 良い物に大金を払うのも、資本主義社会における美徳だからな。なにせ、世界に価値を生み出し続けることこそが、企業連合体が支配するこの国の資本主義なのだからな」

「価値ある物を生み、物に金が払われて譲渡され、払われた金が新たな物を作る源泉となる。そうやって経済の価値を上げて国の価値を高めていく。これが資本主義の根幹って話だな」


 シバは世間話に付き合いつつ、ゴーグルのメール表示を閉じる。そして用事が終わったと帰ろうとすると、呼び止められた。


「おっと、待ってくれ。折角、顔を出してくれたんだ。仕事をしていってはどうかね?」


 微笑み続けながらのボクサノリアの言葉に、シバは顔を顰めてしまう。


「一応言っておくが、俺は警察犬じゃなくて、政府の犬なんだが?」


 所属を揶揄しながらの返答だが、ボクサノリアの言葉は翻らない。


「業務委託という形をとれば、政府はイヤとは言わんよ。なにせ、国を牛耳る企業連合体から厄介事が投げ込まれ、それを調定することこそが、政府の役割なのだからな」

「警察が企業の一つとは知らなかったな」

「半官半民だよ、この国の警察は。つまり、企業よりも立場は下だが、政府より立場は上なのだよ」

「……はぁ~。それで、俺に何をさせたいんだ?」


 シバが問答を諦めて問いかけると、ボクサノリアの笑みが深まった。


「ちょっと犯罪組織を潰してくれたまえ。銃火器のコピーや不認可のドラッグを製造し、この街の住民に売り回っている、悪い犯罪組織なのだ」

「罪状がハッキリしているのなら、警察が逮捕すればいいだろ?」

「知っているはずだが、この国は資本主義なのだよ。人間は誰しも新たな価値を生む可能性を持っている。その生命は保全されるべきという建前があってだな」

「その建前のため、警察は基本的には被疑者を殺すことは出来ないんだっけな」

「その通り。だが害虫など居たところで害ばかりで益は少ない。それにコピー元である、銃器と製薬会社がお冠でね」

「それらの会社と警察は自分たちの手を汚したくないから、政府の犬である俺にやらせようってわけか」

「理由を知って、嫌になったかね?」

「いいや、やらせてもらうよ。政府への依頼ってことなら、企業と警察から俺に任務達成報酬が送られてくるはずだからな」


 シバが安請け合いすると、ボクサノリアは安堵した様子になる。


「エージェント名コンバット・プルーフに受けて貰えたのなら、この案件は解決したも同然だな。今日は枕を高くして寝られそうだ」

「仲良しの奥さんを上に抱きながらか?」

「はっはっは! 今日はプレゼントもあるからな、熱い夜になりそうだとも」


 シバは惚気を御馳走様と身振りで会話を切り上げたところで、ボクサノリアから標的の情報が送られてきた。

 軍用ゴーグルに映し出される情報を確認し、シバはエレベーターへと踵を返すことにした。

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[一言] 仕事の方で繋がりがある人でしたか 頼む態度こそ横柄でしたが良い品だからこそ欲しがったんだなー
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