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シバが草案としてまとめた、人造宝石を用いた機械化躯体。
学校側に提出したが、評価は今一つだった。
『富裕層をターゲットにした芸術製品という着眼点は良いが、作り易さという点から模造宝石を用いたことはマイナス要因でしかない。ごく一部の超富裕層に向けに、真の宝石を用いたものを再設計すれば、アイデアを買う企業は出てくるだろう』
この教師からの評価に、シバはぐうの音も出なかった。
「そうだよな。この国のトップの富裕層なら、予算は青天井だろうに……」
シバは孤児生まれで、超能力開発機構という研究所育ち。その価値基準は、中州の街で暮らす人たちの中では、最底辺といえる。
その価値基準と超富裕層の価値基準とでは、合致しないのは当然といえた。
しかしシバは自分の失態を把握して、天然の宝石を用いた機械化躯体へと再設計した。
現在過去に取引された宝石を参考に、最大の宝石をどう配置すれば、綺麗な見た目になるのかを計算し配置していく。
そうして拡張現実上で作り上がったものは、天然宝石をステンドグラスのようにちりばめた、色とりどりに輝く躯体だった。
シバは概算で出力された予算を見て、苦笑いする。
「いやいや。こんな値段で売れるわけがないだろうに……」
現在過去に売られた最大級の宝石ばかりを使った、贅沢な宝石躯体。最大級の宝石一つで豪邸が立つというのに、それを惜しげもなく大量に使った躯体となれば、大国の国家予算規模の値段になっても当然だった。
こんな超価格、この国を牛耳る大企業であろうと、この躯体を購入すれば、経営が傾いたり破綻したりしてしまうことだろう。
とはいえ、実際に作るわけではないし、あくまで製品アイデアである。
シバは気楽に考えて、再設計したものを教師に送付。改善が認められて、学業への加点を貰えた。
そして以前にシバの制作物が売られたように、このアイデアも企業に売るべきだと、教師からの勧めがきた。
「それで、アイデアの売り先を選べか」
シバは並んでいる候補企業に目を通す。
機械化躯体製造の大店から新興まで、超高額宝石を扱える宝石販売企業の老舗たち、そしてそれらと同じ業種を包括して扱える大企業のいくつか。
シバはどれに売るかを考えて、義理を選ぶことにした。
シバの制作物に用いてきた宝石屑。その宝石屑を格安で譲ってくれている企業に、このアイデアを格安路線の契約で売ることにした。
「見返りは、0.01パーセントのマージンと宝石屑でよろしくってことで」
シバにとってみれば、学業の加点を狙って思いつきを形にしただけで、元手はかかってない。
こんなアイデアで提案先の企業に恩を売れれば万々歳だし、そうでなくても宝石屑を融通してくれる量を増やしてくれるだけでも得だ。
マージンの量を最低限まで減らしたのだって、主導権を渡すことで、シバ自身に負担が来ないようにするための措置だ。
そうしたアレコレを終わらせて、シバは伸びを一つした。
機械化躯体を再開発する流れは、それら躯体を製造する業界に強い波紋を起こすことになったようだった。
ある企業は、より使い易さを追求し出した。別のある企業は、機能よりも見た目を重視した。またある企業は、躯体が発揮できる馬力を増強させる方向に舵を切った。
そうした躯体開発において、重要となるのは、設計もそうだが、被験者の確保である。
開発中の躯体というものは、暴走したり急停止する危険を孕んでいる。
そのため、テスターに参加する者は命懸けになる。
もちろん、そのテストの際に身体が破損するようなことがあれば、開発企業が責任を持って治療ないしは機械化手術の費用を払ってくれる。最悪、事故で死亡しても、見舞金が遺族に支払われる。
しかし企業としては、研究開発は重要でも、不必要な出費は押さえたいところでもある。
「で、俺が呼ばれたわけだ」
「で、私も呼ばれたってわけ」
シバとシーリは並び立って、真っ白い大部屋の中にいた。
この部屋の中には、腕や足や全身を機械化した人が何人もいて、ピカピカに光っている真新しい躯体をテスト項目に従って動かしている。
シバの役割は、テスト中の躯体が暴走した際に、分解して停止させることで被験者を守ること。
シーリの役割は、テスト中の躯体の調子を端末でモニターし、暴走の危険があれば緊急停止コードを発動させること。
「それで、暴走の兆候はあるか?」
「バージョンアップしただけのものは、問題ないね。まぁ、安定性が売りの企業のものだしね」
各部の部材を再設計した義手や義足は、より軽く、より精巧に動けるよう、再調整されたらしい。
その駆動に問題はないようで、以前から同じ企業の義手義足を浸かっているユーザーがモニターになっているが、テスト項目を消化する度に感嘆の息が漏れている。
「つまり問題はないと?」
「それがそうでもないんだよね。この企業が挑戦にと作った、戦闘用全身躯体『コング』。名前の通りにゴリラのような長い腕を持つ、ゴツイ見た目の厳つい躯体。手は、人間用の武器を扱える内手と、その外側を覆う装甲のような外手に分かれているっていう、挑戦的なもの。コンセプトは、武器でも素体でも長期に戦える、人間戦車らしいね」
「俺からすると、あの重そうな躯体と戦いたくないな。一気に無力化するのは、重量的に難しいし」
「あー。じゃあ、ちょっと気合を入れていた方が良いかも。なんか制御系にバグが頻発してるんだよねえ。こりゃ、何かの係数をトチったんじゃないかな。ちょーっと、この端末じゃ原因は探りきれないかなぁ」
「なら停止信号打てば良いんじゃないか?」
「いや、それが。停止信号を打つと、悪い事が起きそうな感じでね。使用は遠慮したいんだよ」
シーリの発言に、シバは嫌な感じを得ていた。
「おいおい、安定性が売りの企業なんだろ。どうしてそうなっている?」
「ざっと調べた感じ、新規立ち上げ部署の肝入りで作られた躯体みたいだね。挑戦的な社員が集めて作った部署、といえば聞こえは良いけどさ。社風に合わない安定性を欠いた開発ばかりをする人たちの島流し先って感じだよね」
「ああー、よくいるよな。自分のアイデアは優れている。それを採用しない会社の方が間違っているって考えるヤツ。そういうヤツが作ったものってことか」
「自分のアイデアに合致した企業に転職すればいいのにね。その方が歓迎されるだろうし」
そんな事を言っている間に、例の『コング』の挙動が変になった。潤滑油が切れたブリキ人形のような、ガクガクとした動きになっていた。
シーリは手元の端末を操作しながら、眉を寄せる。
「何が悪さしているのか漸く分かった。躯体を統括するプログラムコードの開発が間に合わなくて、既存の物を流用しているんだ。でもそれじゃあ、まともに動かすことは不可能。そこで学習型のAIを組み込んで、動かしながらプログラムを都度修正することで、プログラムを開発しようとしていたんだ」
「つまり未完成品だったと?」
「上手い手だとは思うけどね。でも、流用した既存プログラムは、安定性が極まった職人芸もので、変に修正したことで齟齬が大変なことになっちゃってるみたい」
これはダメだと、シーリは停止コードを準備してから、シバに目を向ける。
「ちょっと、コングの前まで行ってくれない? 言葉か停止コードで止まってくれればいいけど、変に止めて暴走する切っ掛けになるかもだし」
「分かった。ちょっと行ってくる」
シバが近寄ると、コングを操る人物の頭がシバへと向く。そして用向きを尋ねようとして立ち止まろうとして、コングの手足が滅茶苦茶に振り回され出した。
「のわっ! なにが、どうして!?」
コングを止めようと頑張っているようだが、それが逆にコングの暴走を増加させているように見えた。
そこに、シーリから声が飛んできた。
「操縦者は止めようとして、制御開発AIはテスト項目に従った修正をしようとして、それが変な動きになっているみたい!」
「了解! とりあえず、外して止める! 生命維持ユニットの準備を要請してくれ」
シバは大声で言うと、念動力を発動し、一瞬でコングの頭上へと移動した。
そしてコングの操縦者の頭に手を付けると、念動力で干渉して首とコングを繋ぐ部分が強制的に外した。
生首状態になった操縦者は、コングに内蔵されていた生命維持装置から離脱させられて、呼吸も血の巡りも止まったことで、休息に顔色が悪化する。
しかし、すぐに白い部屋の中に植木鉢状の生命維持ユニットが運ばれてきて、シバがその装置に操縦者の頭を差し入れたことで呼吸も血の巡りも再会した。
こうしてコングの暴走は止まったので、その他の被験者はテスト項目の消化に勤しみ、コングは部屋の外に持ち出されて研究開発に回されることになった。
この後の任務は問題はなく、シバとシーリは暇な時間を過ごすことになったのだった。




