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シバとシーリが次に向かったのは、とある集合住宅街だった。
ここは、この国や隣国とは別の国の資本の企業、その社宅である。
その企業の不思議な点は、その企業の社員は全て、この社宅に住まないといけないという決まりがある事。
だが集合住宅『街』というだけあり、単身者用、夫婦用、家族用と、社員の生活様式に合わせたマンションを建ててニーズを満たしているという。
「そんな一見すると問題のなさそうな場所なのに、機械化した義手義足に武器を内蔵する改造を行った人が、何人かいるわけだ」
「それも、その全員が連れ立って、同じ日に改造してもらったみたいなんだよね」
シーリが取得した情報には、あの修理店の客の情報があり、連続して七人の義手や義足に銃器や刃物を内蔵する改造が行われたことが記されていた。
「同じ企業に所属する人たちが同じ日に改造、ねえ」
「なんだか、きな臭いよね」
シバとシーリは面倒事の臭いを感じ取りながらも、乗ってきた車を社宅の駐車場に止めることにした。多数の社員の住み家だけあり、その駐車場は広い敷地のうえ立体化もされていて、数多の車を収容することが出来る造りのようだ。
来客用スペースに車を止め、シバとシーリは外に出る。直後、シーリから警告が飛んできた。
「監視カメラが、みっちり付いてる。死角が全くないね」
シバがゴーグル越しに視線を動かすと、これ見よがしなまでに監視カメラが天井から下がっていた。よくよく見れば、建築の一部に見せかけた隠しカメラもある。
この国では、どこもかしこも監視カメラがあるのが普通ではある。
その常識を鑑みても、この駐車場にある監視カメラの数は異常だった。
「後ろ暗いところがありますって、表明している感じだな」
「更に悪い知らせ。監視カメラの何台かが、私達の動きに追従している。たぶん、私たちの外見や歩き方のデータを取っているんじゃないかな」
「そのデータを使って、俺たちの素性を調べているってことか?」
「その可能性は大だよ」
「……ここの社員が属する、例の外資企業。怪しい点はなかったんだよな?」
「企業としては、真っ当だね。社員も真っ当に働いているよ。けど、社員の私生活や裏の顔までもが真っ当かはわからないしね」
それもそうだと納得して、シバは目的の人物が住む部屋へと向かうことにした。
歩いて移動し、目的の人物が住むマンション棟に到着し、エントランスの物理モニターで部屋番号を押して訪問チャイムを鳴らす。
少しして、女性のものと思われる声が、物理モニターからでてくる。
『はいー。どちら様ですか?』
「政府から来た者です。貴女の機械化した足について、お話を聞きたくて訪れました」
シバが理由を答えると、一秒ほど沈黙が下った。
『……はい。政府の方で、わたしの足の件ですね。よく分かりませんが、どうぞ中に入ってください』
エントランスにある、防弾ガラスがはまった横開きの扉が開き、中への道が現れる。
シバとシーリは扉の内へと入り、その先にあるエレベーターに乗り込んだ。
シバは目的の階を押しつつ、シーリに声をかける。
「分かっていると思うが」
「もちろんだよ。このエレベーターが勝手に止められないように、システムは掌握してあるよ」
それなら安全だと、シバは安心してエレベーターの上昇に身を任せる。
そして目的階に着いた後、シーリが悪戯っ子な笑みを浮かべる。
「エレベーターの停止コード。この短い間に十回も発進されてたよ。ま、信号の発信者には、カウンターで精神的なブラクラを送っておいたけどね」
「いまの時代にも、ブラクラ――ブラウザクラッシャーなんてあるのか?」
「あるよ。幽霊が見えるようになったって訴えた人の脳にある生体機械を調べたら、視覚情報に作用して虚像を投影するブラクラが仕込まれていたなんて、よくある話だし」
「じゃあ、送りつけたブラクラっていうのは?」
「拡張現実の可愛らしい子猫が、目の端にウロチョロするってやつ。猫好きでも、動物嫌いでも、物事に集中できなくなる、凶悪なブラクラだね」
「猫を消す方法、とかをネットで調べてしまいそうなブラクラだな」
悪戯系のブラクラだと知って、シバは呆れ顔である。
そんな感じで二人が雑談していると、目的の女性がいる部屋の前まで着いていた。
訪問を知らせるため、扉に直付けされているチャイムを鳴らそうとして、シバは嫌な予感がして手を退ける。
そして何かを探るように、チャイム本体と部屋の扉に手をかざす。
「あー。なんか爆発物を仕込んでるな。チャイムを鳴らした瞬間に、玄関扉に仕掛けてある爆薬が爆発するタイプだ」
「そうなの? 電子的な信号はないみたいだけど?」
「基盤も使ってないような、原始的な作りだ。爆薬に信管を刺し、信管とチャイム本体を接続するだけの電線。あとは、仕組みをオンオフさせるだけのスイッチだな」
材料さえあれば、素人でも工作可能な、とても原始的な仕組み。
シーリは高度に電子化されたタイプには滅法強いが、こうした単なる部品の集まりのようなものの仕組みの場合は電気的に動作可能かどうかが分かるぐらいでしかない。
シバは逆に、機械化した手足を分解することができるぐらいに、物質の構造を瞬時に理解する能力を持っている。
こうした点でも、お互いに補え合える能力だからこそ、政府は二人を良く組ませているわけだ。
「爆発物を無力化して扉を開けることもできるが……」
この罠は、明らかに相手を殺そうとしている。となれば当然、罠が発動した後は、この部屋に住んでいるはずの女性は逃走する必用がでてくる。
女性一人だけが逃げるのは、この国では現実的ではない。監視カメラなどの警戒網に引っかかり、すぐに捕まってしまうだろう。
つまり逃走するには、協力者が必要不可欠だ。
「ふむっ。少し待ってみるか」
修理店で同時に機械の義手義足を改造した十人は、仲間のはず。
なら、この部屋に住む女性を餌に、女性を抜かした他の九人を呼び寄せるほうが建設的だろう。
そう判断し、シバが待機の姿勢に入ろうとすると、シバとシーリが乗ってきたエレベーターの方から到着を知らせる音がした。
「早速、お仲間の登場――」
だろうと、シバが目を向け、そして驚く。
エレベーターから出てきたのは、シーリの資料にはなかった男性や女性たち。その誰も彼もが、少なくとも片手や片足を機械化している。
それだけじゃない。マンションの非常階段からは、バタバタと人が上り下りする音が聞こえ始めてもいた。
「――おいおい、十人どころじゃないぞ」
シバはなんてことだと嘆きつつ、シーリの肩を抱いて自身の体に近づける。不意の攻撃が起こっても、自身の念動力でシーリを守るためにだ。




