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 次に向かった先は、明らかに犯罪組織の所有だと分かる、低層ビルディングだった。

 そのビルの出入口には、手足を機械化したうえに生身の肉体には隙間なく刺青を入れた男性が二人、周囲に睨みを利かせている。

 そんな様子を、シバとシーリは百メートル以上離れた場所に車を止めて、その車の中で見ている。


「あの二人は?」

「リストにはないね。普通の義手義足みたい」


 目的の相手ではないと分かり、シバはどうしたものかと腕組みする。

 今回の任務は、機械化した手足に武器を内蔵する理由を尋ねるという、聞き取り調査だ。

 殲滅や殺害任務のように、問答無用に押し入って、邪魔者と標的を殺せばいいというわけではない。

 あの出入口の二人を瞬殺することは、シバにとって造作もない。しかし、その戦闘音を聞いて、標的が逃げてしまうと、任務の手間が増えてしまう。

 ならどうするかとシバが考えていると、シーリが声を上げた。


「あっ。ターゲットがビルから出てきた!」


 シーリが指す先には、ダークスーツをキッチリと着こなした三十代の男性と、その護衛らしき刺青が入ったスキンヘッドかつ両手足を機械化した二十歳ほどの男性がいた。スーツ男は手ぶらで、スキンヘッド男は手に子供が入れそうなほどに大きなナイロンカバンを持っている。

 出入口に立っていた二人が慌てて頭を下げている様子を見るに、犯罪組織の上役の二人のようだ。

 その上役二人が外に出てきた直後、どこからともなく黒塗りの無骨な車が出入口に滑りこんできた。独特な排気音がしていることから、ガソリンとバッテリーのハイブリッド車のようだ。


「あの手の車でハイブリッドってことは」

「カンペキに防弾仕様、ってわけでしょ」


 シバはあの車に乗られたら、話を聞くのが難しくなると察知して、車を急発進させる。

 電気自動車の車輪のモーターが唸りを上げて、離れていた百メートルの距離を十秒も経たずに疾駆し、防弾黒塗り車の前に着けた。

 シバとシーリが車から降りると、上役二人は怖い顔になり、出入口の二人が凄味を利かせて怒鳴ってきた。


「テメエら! ここがドコのビルの前だって分かってんのか!」

「すぐに車を退かせろや! ミンチにして川に流してやってもいいんだぞ!」


 シバは念動力を発揮し、能力圏内に無警戒に入ってきた、この二人の機械化した手足を分解した。足と手という支えを失って、二人は地面に墜落した。


「うげっ」「ぐべっ」


 打ち所が悪かったのか、地面の上でぐねぐねと動く二人を無視し、シバはスーツ男とスキンヘッド男に向き直る。


「政府から来たものだ。少し物を聞きたいんだが?」


 シバが政府の犬としての肩書を拡張現実上に展開して示すと、スーツ男が薄く笑う顔になる。


「大企業に支配されている、情けない政府。その政府に飼われている犬ですか。なんとも可哀想な身の上ですねえ」

「俺は納得した上で、その身分になっているだ。気にしなくていい」


 スーツ男の目線と、シバのゴーグルを通した目線がぶつかる。

 一触即発かに思えたが、スーツ男の方が場を譲った。


「それで、聞きたい話とは?」

「機械化した手か足かに、強力な武器を内蔵する改造を施しただろ。その意図を聞きたい」


 シバが端的に質問すると、スーツ男は惚けたような態度を取る。


「ほほぅ。なるほど、なるほど。どうしてそんなことを、政府が知りたがっているのか、大変興味がありますねえ」

「言っておくが、俺はただ任務を受けただけだ。政府が何を考えているのかは知らないぞ」

「……なるほど。ちゃんと、政府の犬というわけですね。主人がやれと命じたら、それを行うだけ。事情や理由には頓着しないわけですか」

「他者に命令する者は、命令された者が起こした行動の責任を引き受ける。なら命じられた者は、疑問を挟む余地なくしたがうべきだ。要は、ただの道具なのだからな」

「ふふっ。そういう従順な手駒は嫌いではありませんね。いやぁ、私どもの組織に来る連中は、気が強いだけの馬鹿で無意味に反抗的な者ばかりで、手駒にするのにも苦労しているんですよ」


 苦笑いといった感じの顔を浮かべながら、スーツ男は右手を顔の横に掲げる。

 唐突な行動だったが、何かしらの癖なのかもしれない――と誰もが思いそうになった直後、その右腕のスーツが弾け飛んだ。いや、正確にいうのなら、スーツの袖の内の機械化した右手、そこから内蔵武器が展開したことでスーツが破けたのだ。

 そして現れたのは、スーツの袖の径と同じ大きさの、三連銃身式のチェーンガンだった。

 しかし弾丸は内蔵されていない様子。武器を展開しただけで、危険はない。

 シバがそう状況を読んだ直後、スキンヘッド男がカバンから弾帯付きのフルジャケット弾の束を出し、弾丸の最初の一つをチェーンガンの給弾口に押し込んだ。


「はっはー! ひき肉になりな!!」


 スーツ男は右腕のチェーンガンをシバへ向けると、すぐに弾丸を発射し始めた。

 三つの銃身が回転しながら、代わる代わる弾丸を吐きだす。ヘリコプターの羽音に似た発射音を立てながら、土砂降りのような弾丸の雨がシバへと送りつけられていく。

 スキンヘッド男が取り出した弾帯が使い果たされた頃、発射煙の白い靄でスーツ男とシバの間は視界不良になっていた。

 そこに一陣の風が通り過ぎ、その靄を払っていった。

 そうして現れたのは、無傷で立つシバの姿。そのシバの足元には、多数の鉛玉が転がっていた。


「なっ――おい!」

「へい!」


 スーツ男が声をかけると、スキンヘッド男が新たな弾帯をチェーンガンに取り付けた。

 そして再び、弾丸の暴力が吐きだされる。

 連続使用でチェーンガンの三つの銃身が全て赤く色づいたところで、二つ目の弾帯が消費され尽くした。

 しかし状況は先ほどと同じで、シバは無傷で立っていた。

 どうしてシバが無傷で住んでいるのかに、スーツ男は思い至ったらしい。


「チッ。政府が抱えている超能力者ってのは、予想を超えた力を持っているらしい」


 スキンヘッド男が三つ目の弾帯を取りつけるが、スーツ男は攻撃してこない。このまま撃ち続けても、単に弾の無駄になるだけだと理解したのだろう。

 ようやく攻撃を止めてくれたので、シバは質問することにした。


「……先ほどの発言を聞くに、超能力者対策に内蔵武器を取り付けたということでいいか?」

「ああ、そうだよ。ナメた取引先との恫喝にも使う気でいたが、主な目的は超能力者に対抗するためだ。あの戦争の映像を見て、正面で戦ったのなら勝てそうにないと思ったんでな」


 スーツ男は、先ほどまでの慇懃な口調ではなく、そこら辺のチンピラのような口調で独白している。おそらく、こちらが素の口調なのだろう。


「不意を打てれば勝てると思ったのか?」

「ハハッ! 勝てるさ。いや、勝てる相手もいるはずだ。なにせあの戦争の映像の中でも、予想外の方向から飛んできた弾丸で死んでしまった超能力者がいたからな」

「……いたか、そんなヤツ?」

「いたんだよ。いま流れている映像にはないことになっているが、一番最初に流されたものを録画してローカルで保存した映像の中にはな」


 その言葉の審議を確かめるため、シバはシーリに目を向ける。するとスーツ男の発言が正しいと言いたげに、首を縦に振ってきた。


「画面の端に、ほんの半秒だけ映っていたのを、編集者が見逃したみたいでね。いまは再編集されているよ」


 説明を聞いて、シバは機械化した手足に武器を内蔵する改造が行われた理由に納得した。最初に流れた映像を見て、このスーツ男と同じ感想を、目端の利く犯罪者たちが抱いたんだろうと。


「そういう事情か。なら、いいか?」

「そうだね。政府に報告を上げたら、しょうもない理由だから放置していいってさ」


 個人が危険に感じ、その反射行動として武器を手にする。

 機械化した手足に武器を内蔵する改造という部分は目についたが、行動原理はホームセンターで散弾銃を買うことと大差ない。

 そしてその用心する先の相手が超能力者ということは、スーツ男を評する危険度合いを低くする要因になる。

 なにせ超能力者は、基本的に政府ないしは企業の所属している。スーツ男の拠点が中州の街ならともかく、川向うの街に巣食う犯罪組織だ。超能力者とスーツ男が接点を持つことは、ほぼないといって差し支えない。

 要するに政府は、あり得ない状況を心配するスーツ男のことを、馬鹿で間抜けで脅威ではないと判断したわけだった。


「よしっ。次のところに行くとするか」

「はーい」


 シバとシーリは勝手に納得すると、乗ってきた車に乗り込んで、さっさと発進させた。

 シバがバックミラーを覗くと、チェーンガンを展開した右手を掲げたまま、スーツ男がポカンとしている様子があった。スキンヘッド男も、カバンを抱えて唖然としている。

 シバたちが乗る車がそれなりに離れたところで、ようやく事態が飲み込めたのか、スーツ男が怒り心頭と言った感じでチェーンガンを撃ってきた。

 しかしチェーンガンは連射速度に優れている代わりに、かなり狙いをつけるのが難しい銃器である。元々は戦闘車両に備え付けて固定し、多数の弾丸で命中を狙う、いわば下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという武器だ。

 あのスーツ男のように、機械化しているとはいえど、手持ちで使うような武器ではない。

 その証拠に、スーツ男が放った弾丸は、車との距離が開いていたこともあって、あらぬ方向へと飛んでいきシバたちの乗る車に命中しなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公みたいな防御性能を誰もが持っているわけでもなし。 超能力者も歴戦の戦士なわけないし、そりゃ死ぬやつもいるよねって。
[一言] こないだの戦争、超能力者無傷で完勝!ってわけじゃあなかったんですね
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