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機械化した身体に内蔵武器を取りつける修理店から、顧客情報を引っこ抜いた後、シバたちは場所を離れるために車で移動する。
シーリはまだ寝足りない様で、今は助手席でスースーと寝息を立てている。
シバは車を移動させているが、目的地があるわけじゃない。
しかし、目的がないわけでもない。
シーリが集めた顧客情報はシバたちの上司である政府へと送られ、その情報についてどうするかの審議が行われている。
その審議いかんによっては、シバたちに追加任務が言い渡される。
審議の決定が来るまで、シバたちは時間を潰していないわけなのだ。
「ずっと走り続けるわけにもいかないしな」
シバは車を動かし続け、ドライブスルーの店舗の一つへ。そこは政府主導で科学的な完全栄養食を売る、チェーン店。あまり味が美味しくないためか、ドライブスルーに他の車はいなかった。
シバは多目的バイザーを使用した、オンライン注文と支払を行う。受け取り口へと移動すると、機械が自動的に注文された品物をロボットアームで差し出してきた。そうしてシバは、誰にも合わないままに、飲食物を手に入れた。
完全栄養食を二食分注文したものの、シバはシーリがこの食料を好いていないことを知っている。だから無理に食わせる気はない。
シバは車を再び走らせ、複合商業施設の駐車場で停車させ、完全栄養食の一つの包みを開ける。
少し硬く固められた食物バーが三本と、ペットボトルに入った水が一つ入っていた。
このベーシックAという名前で売られている食事を、シバはボリボリと食べていく。
各種ビタミンとタンパク質に糖分、そして脂質が適量入った食物バー。噛む度にボリボリと鳴る硬さは、飲食者の顎の筋肉を鍛えるのと同時に、咀嚼階数を増やすことで食欲中枢を刺激して満足感を得やすくする狙いがある。付随の飲用水にも水溶性食物繊維が入っていて、胃袋を膨らませる働きと、腸内環境の改善を意図している。
そうした科学的に正しい完全栄養食を食していると、ボリボリという音が煩わしかったのか、シーリが助手席で薄っすらと目を開ける。
「……なに、食べてるのー」
その寝ぼけ眼の前に、シバは最後のバーを掴んで差し出す。
シーリは顔で、美味しくなさそうと表現し、嫌がる素振りをする。
シバは、シーリがそんな態度になるだろうと分かっていたので、手のバーを食べつつ尋ねる。
「何か食べたいものはあるか?」
「ん~? シバが、連れてってくれるぅ~?」
「折角、車を借りたんだ。少し遠くでもいいぞ」
シバが安請け合いすると、シーリは眠気が抜けない様子のままにある座標を送りつけてきた。
シバが拡張現実上に座標を展開すると、要注意店舗の記載がある飲食店だった。
要注意店舗といっても、別に違法な物を売っている店というわけではない。
過剰に塩分や糖分、ないしは脂質が含まれる飲食物を扱う店のため、健康に注意して利用することが推奨される飲食店ってだけである。
つまりシーリが送ってきた座標にある店は、全世界にチェーンを持つ、量が過剰気味なハンバーガー店であった。
「あーー。何を頼むんだ?」
健康面を気にするのなら注意するべきだが、個人的嗜好に口出しするのは憚られる。
そんな態度で、シバがシーリに注文を伺うと、すぐに注文票も送られてきた。
大人の巨漢でも満足できると謳う、ハンバーガーセットだった。
これをシーリが食べきれるのかと不安に思ったが、彼女が食べたいというのならと、シバは示された座標にあるハンバーガー店へと向かった。
ドライブスルーに入ると、先ほどの完全栄養食の店舗とは違い、十台ばかりの車が商品受け取りに並んでいた。シバが乗る車が列に並んだ直後に、車の後ろに新たな車が来て列に並ぶ。車の窓を通して店内を伺うと、ほぼ全ての席が埋まっているようで、かなりの盛況っぷりだ。
「健康に悪い食品の方が美味いのは分かるが……」
シバは、育った場所が企業が支配する中州の街だという事もあって、資本主義に脳が染まっている。
その価値観からすると、食事の必要性と娯楽性は理解しつつも、過剰なまでに美味しさや量を追求することは社会の価値を落とす行為ではないかと疑ってしまう。
ハンバーガーにしても、牛を肥育するために消費される穀物と水は勿体ないのではないか。ハンバーガー自体も、ありあまる糖分と脂質で肝臓を痛めつけ、過剰な塩分で腎臓に負担をかけてまで、食す必用があるのか。
シバは、そう考えてしまう。
しかしこの考えは、中州の街で暮らす人の価値観であることを、シバも自覚している。
世界一般では、このハンバーガーチェーン店が流行っているように、食の娯楽が必用不可欠だと認識されているのだと。
そしてシーリは、世界一般の価値観で育った人物であることも。
そんな四方山な考えを巡らせることで、待機列の消費を待ち、シバはシーリが注文したハンバーガーセットを受け取った。閉じられた紙袋から発せられる、暴力的な油分と調味料の臭いに、シバは思わず顔を顰めてしまう。
一瞬にして車内がハンバーガーセットの臭いになった瞬間、半眠り状態だったシーリが助手席で覚醒した。
「シバ、シバ。それ頂戴。お腹ペコペコなんだよ」
涎を垂らしそうな半開きな口で求められなくてもと引きながら、シバは車を発進させながらハンバーガーセットが入った紙袋を押し付けた。
シーリは紙袋を受け取ると、迷いなく口を開く。そして一番大きなサイズで頼んだフレンチフライを、手で鷲掴みにする。そして掴んだ量を、口へと押し込んだ。
「うひょー! 揚げたてだ! ラッキー!」
楽しくて仕方がないといった調子で、シーリはフレンチフライをバクバクと食べつつ、紙袋からメガホンサイズの容器に入れられた炭酸飲料を出した。片手でストローを容器に刺し、ずずっと中身を吸い込んだ。
そんな調子で、フレンチフライの半分を食べた後で、シーリは自身の顔ほどもあるんじゃないかと思うほどの大きさがある、紙の包みに入ったハンバーガーを取り出す。
包みを剥くと、温められたパンの小麦の匂い、しっかりと焼き目が入ったパティの脂が放つ臭気、ピクルスや調味料から香る酸味が、一気に放出される。
シーリはその匂いに、美味しそうだと頬を緩ませる。一方でシバは、過剰にも過剰な食物の臭いに、グロッキー気味だ。
シーリはハンバーガーを一噛みすると、食欲が耐えられないと言いたげに、二口三口と連続して噛みつき、口いっぱいに頬張て咀嚼する。そして多少残る口内の隙間を埋めるように、ストローで炭酸飲料を吸い込んだ。
もちゃもちゃと、咀嚼音が鳴る。
シバは辟易とした顔になり、運転席の窓を開けて外気を取り込む。食品が放つ強い臭いに、胸がムカムカしてきたからだ。
ちょうどその時、政府から正式な依頼が二人にもたらされた。
「危険な兵器を内蔵する改造を行った顧客へ、インタビューを行えか」
「もぎゅもぎゅ。んぐっ。実力行使可ってことは、実質的には殺しちゃっていいってことでしょ。ずずっー」
「要は情報を持ち帰れば良いってことだからな。本人が喋ってくれなくても、情報が引っ張れればそれでいい」
「はぐもぐ。じゃあ私が、脳ハックすればいいわけね。簡単な仕事じゃない。もぐもぐ」
「……それにしても、よく食べれるな?」
シバが視線を向けると、シーリの手元には残り一口だけになったハンバーガーと、ほぼ炭酸飲料を飲み切った容器がある。紙袋の中のフレンチフライも、残り三分の一といったところ。
シーリはハンバーガーの残りを口に入れると、フレンチフライを摘まみ上げる。
「プログラム組むために缶詰だったときは、手早く済ませる脳への栄養補給優先の食事だったから、油分と塩分が足りなかったんだよ。その不足分があったから、このぐらい平気平気」
「減量ダイエットしているんじゃないのか?」
「今日は、頑張った自分へのご褒美だからいいの。というか、シバが念動力で操れる重量を増やしてくれれば、私がダイエットに苦労することないんだけどー?」
「……毎日数グラムずつ、扱える重量は増えている」
シバは藪蛇だったと視線を逸らし、政府に指示された顧客のインタビューへと向かう。
シーリはシバをやり込めたと、喜色満面な笑みでフレンチフライに齧りついていた。




