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波及効果というものがある。
一つの事柄が起こると、それに影響されて方々で何かが起こったりする。
隣国との戦争にも、この波及効果があった。
超能力のブームの延長もそうだし、大量の物資と人員の新たな土地への移動と物資生産と人員補充による好景気や、超能力に関する様々な議論が国民の中で起こったりも、波及効果といえるだろう。
そしてシバが政府の犬として関わることになった、波及効果の一つがある。
それは、隠し内蔵武器が装備してある、機械式の義手や義足の普及だった。
「身近に敵国テロリストや超能力者がいるかもしれません。自衛のためにも、機械化した手足に武器を内蔵させましょう。ねえ」
インターネットのアンダーグラウンド。普通に暮らしていては入れないそこに、シバが口にした広告が掲載されている。
機械化の手足を改造する例として、上腕から低弾数拳銃や電気銃が飛び出すようにしたり、足の裏に衝撃機構を組み込んだりといった様子が、広告に載っている。
この広告を見て、シバは溜息を出す。
この資本主義社会の国において、あらゆる武器の携帯は禁じられていない。
しかし普通の暮らしを行う住民の殆どは、武器を自宅においてはいても、携帯したりはしない。
なぜなら、警察所属の警邏ロボットが街中を巡回し、騒動が起こったら、現地に急行した後で警告音声と共に内蔵武器の銃器を見せてくる。その際、もし携帯火器など持っていようものなら、警邏ロボットからの追求が強くなってしまう。そして武器を持っていたことで、裁判に不利になるかもしれない。
そういった不利益を被ることを、この国の住民は嫌がる。
資本主義社会の価値観が根付いている人にとって、自分の価値が大した理由のもなく損じられることは、自身の社会的地位を脅かすこととして毛嫌いしている。
だから住民の殆どは、武器を持たないようにしている。
そして、武器で攻撃された際に怪我を負わないよう、防刃や防弾の能力をもつ衣服を身に着けている。
そうした価値観から考えると、このアンダーグラウンドの広告は、この国の世情を無視しているように感じられる。
「アンダーグラウンドとはいえ、こうして広告を打っているからには、客がいると見込んでいるはずだ。人の世情に変化がでるほど、超能力者を脅威に思う人が居るってことか。それとも別の要因なのか」
シバは問題点を小声で再確認しながら、待ち合わせ場所にやってきた。
そこには一台の電気自動車が路肩に止まっていて、その自動車に身を預けながら高カロリーの甘いフラペチーノを口にしている女性が一人いた。
「よう、シーリ――って、やつれたな?」
シバが心配そうに聞くと、シーリは目の下に黒い隈が出来た目で力なく笑う。
「ふふふっ。戦争の賠償で手に入った土地のシステムを組み直すのが急ぎだからって、三日も徹夜だよ。その三日間、仮眠はとっていたけど、装睡眠時間は五時間もないんだよ」
酷使された恨みが籠った声に、シバは怖気が走って引いてしまう。
「そ、そうか。大変だったな。目的地周辺まで、俺が運転しようか?」
「お願い。できれば、遠回りで行って。その間、仮眠取るから」
「分かった。法定速度を越えないことも約束する」
少しでも時間を移動時間を掛けてやると告げると、シーリは力ない笑みを再び浮かべ、自動車の助手席に入り込むと、シートベルトを付けた直後に爆睡し始めた。
シバはヤレヤレと肩をすくめると運転席に入り、電気自動車特有の静かな立ち上がりで自動車を加速させ始めたのだった。
遠回りしても、目的地には三十分ほどで付いてしまった。
広告にあった、機械化の手足を改造してくれる場所。それは住宅地郊外とスラムの間にある、寂れた見た目の機械の修理工房だった。
工房の看板には『ヨロズ修理できます』『機械化した身体の不調、ご相談ください』などと書かれている。肝心の店名は、風雨にさらされて薄れてしまっているため『修理店』の部分がかろうじて読めるだけだ。
シバが不思議に思いながら、バイザーの拡張現実の取得率を調整をすると、拡張現実上の店名看板が出てきた。
『マルマガリン修理店』
それがこの修理工房の名前のようだ。
「店名看板は拡張現実上にあるから、実物の方は書き直していないのか。そして拡張現実上のデータを外注する金がないから、修理を謳う看板の方は自作で実物にしたってところか」
金があるところは拡張現実上のデータを用い、金がないところは実物で代用する。
実物よりも非実在の方を有り難がる状況に、シバは苦笑いする。
「実物の看板だと、木枠や板にペンキと、物質を消費しなきゃいけない。物質の消費は、社会にある価値を減らす。だから物質の減少がない拡張現実で、実物である価値がないものを構築するようになってるしな」
日常的に消費されて捨てられる、チラシや新聞。映像を映すだけしか役割のない、映像モニターやテレビ。実物だと損壊や損耗で価値が減じることもある、絵画や像。拡張現実上の方がハッキリ見える、道路標識や信号。
シバが高等専門学校で作っている作品だって、宝石という実物に価値があるものを使用してなかったら、拡張現実上での制作を勧められたに違いない。
シバとしては、身体に一切の機械を入れない超能力者のサンプルという背景があるため、拡張現実ばかりの世界は生きづらい。
しかし、この国に住むほぼ全ての人は、脳の中に生体機械を入れることで、常時拡張現実に接続できるようになっている。シバのような生きづらさを感じてはいない。むしろ、拡張現実をいかにうまく使うかが、生活のクオリティーを上げると考えるほど、拡張現実にどっぷり浸かっていると言えた。
そんな他愛ないことを考えている間も、シバは目的の修理店を監視している。
アンダーグラウンドに広告を打っているのにも関わらず、修理店に訪れる客の姿は、いまのところなかった。
ちょうどそこで、シーリが助手席の上で寝返りをうった。シートベルトを着けているので、身体が動かし難そうにしながら、体勢を横向きにしている。
シバはその様子に小さく笑うと、シーリの肩を揺すって起こすことにした。
「シーリ。目的地に着いた。起きろ」
「ううぅ……。一瞬しか、寝てない、感じが、する」
「馬鹿言え。爆睡してたぞ」
シバが苦笑い混じりに告げると、シーリは目元を手の平で揉みながら大欠伸する。
「ふわああああ~。そんじゃあ、お仕事しますかー」
シーリはぐいっと伸びをすると、手に携帯型の端末を持った。悪意ある防壁に接触してしまった際、シーリの脳にある生体機械を守る物理的な防壁に、この端末がなってくれるのだ。
そんな用心をしながら、シーリが電子的に探ろうとしているのは、あの修理店のシステムだ。
昨今のこの国では、全ての決済が電子的に行われている。現金取引なんて、ごく一部の道楽者しかやらない。
そのため、どんな風に金銭の授受を行っているのか、経理システム内を調べれば一発で丸わかりになる。
「経理システムと店の出入金が接続してあれば、確定申告も自動で計算してくれるから、導入しない店はないんだ。いやー、私のお仕事が簡単で助かるよ」
シーリは手慣れた調子で、修理店のシステムに入り込み、武器を内蔵する改造を施した人を探し出していく。
それと同時に、判明した人の背景も洗い出していく。
「郊外に住む老人が、主な相手のようだよ。まあ犯罪者が多くいる地域と接しているからね。自衛目的ってところみたい。お爺ちゃんお婆ちゃんには、警察の方から注意してもらえれば、それで良いんじゃないかな?」
「問題になりそうな点はないと?」
「そうでもない。異様に多く改造費を支払っている人が数人いてね。その情報が、コレ」
シーリが拡張現実上でモニターを展開し、取得した情報を映した。
表示された数人は、誰も彼もが厳めしい男性で、身体の機械置換率も高い。その内の一人など、首から下を軍の放出品と思わしき数世代前の重機械化ユニットに完全に入れ替えているほどだ。
「軍用の機械化の身体は、不用な部分を削って洗練しているんだ。武器を内蔵する隙間なんかないって聞いたが?」
「内蔵武器なんて、整備性が極悪だもん。普通に武器を用意して、そちらを使った方が、コストも整備も上だよ。まあ、最後の切り札にって内蔵武器を求める兵士は多いけど、腕や足に埋め込める程度の小火器よりも、機械化した肉体で殴り掛かったほうが効果が高いって証拠を提示して却下しているらしいよ」
「たしかに、近接戦闘なら拳銃やナイフを使ってくるよりも、殴ってこられたほうが、重機械化人間相手だと怖いな」
殺傷力という意味では、数十グラムの弾丸や線上に切れ目を入れる刃よりも、軍用に機械化した手足による打撃の方が破壊する肉体の面積が大きいため致命度合いが高いように思える。
「それじゃあ、どうして意味のない改造を、この悪面の男たちはやったんだ?」
「不意打ちには使えるんじゃない? シバみたいに、突然眼前で銃を撃たれても無傷ですむ超能力者って、稀でしょ?」
確かに、予想もしていなかった一撃が来たら、それに対処できる超能力者は少ないだろう。それも無力化したと思って油断していた場面なら、特にだ。
「対超能力者用に、犯罪者たちが対策を取ってきているわけか?」
「あの戦争の映像で、超能力者はこの国を牛耳る企業の所属だって周知されたからね。その企業に喧嘩を売る気のある犯罪者組織だったら、超能力者対策は急務じゃない?」
言われてみれば、その通りではある。
「しかし、このぐらいの改造で、B級以上の超能力者を倒せるかというとなぁ……」
「不意打ちの武器なら、近づかないで倒しちゃえばいいし。そもそも、犯罪者を生け捕りになんてしないだろうしねえ」
犯罪者は、生きているだけで社会の価値を減じさせる、害虫だ。
資本主義社会に忠誠を誓っている企業たち。そして、その手駒の超能力者たち。
彼ら彼女らは、害虫を駆逐こそすれ、生かして使おうだなどと考えるだろうか。
「少なくとも、機械化している部分は千切り取られるだろうな」
「機械部品は、分解整備の後に再利用したり、溶かしてリサイクルしたりもできるしね」
「生身の部分は、生き残っていたら実験に使うか?」
「非人道的な死亡することを前提にする実験なら、やるかも?」
その実験にしても、企業に恨みを持つ犯罪者を使う必要性はない。この国には、価値を生まず損失を積み上げる存在として認知されている、様々な人種がいる。
言葉巧みに、そういった人たちに協力させればいい。
昔に孤児だったシバが、超能力開発という人体実験を受けたように。




