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シバはパーカーのフードを被り、外の道を歩く。
出くわす人たちは、一様にシバの格好を見てギョッとした後で、嫌なモノを見たという表情になる。
どうしてその反応なのかは、すぐに反面することになる。
歩いているシバの近くに、人の腰ほどの高さがある円柱型の機械がホバー移動で滑りこんできた。
『当機は警察業務執行端末です。不審者通報がありました。IDの提示をお願いします』
機械音声に告いで、円柱の中央に切れ込みが入る。その切れ込みから、銃口が伸び出てきて、シバに照準をつけた。
唐突な威嚇行動にも関わらず、シバは慣れた様子で左腕を出して腕輪を見せた。
「シバ・サエモ。マルヘッド高等専門学校生だ。クリエーター学科の勉強の一環で、囲いの外にでる予定なので、こんな囲いの外にいる人のような格好をしている」
『ID及び腕の静脈認証を確認します――確認終了。シバ・サエモ様、お手数をおかけしまして、申し訳ありませんでした』
「謝らなくていい。通報があったら駆けつけるのが、そちらの仕事だしな」
『御理解いただき、ありがとうございます。では良い一日を』
中央の切れ込みが閉じると、円柱機械はスイスイとどこかへと走り去ってしまった。
野次馬達は、そんなシバと円柱機械の光景を見て、露骨に安堵した様子を見せる。そして口々に呟くを漏らす。
「なんだ、外の奴らじゃなかったのか。紛らわしいファッションをするなよ」
「学生って聞こえたから、きっと粋がって、あんな不良の格好をしているのね」
概ね非難ばかりの呟きを耳にしながら、シバは更に道を進んでいく。
それからも道行き先々で、通行人に見咎められて通報する素振りをされたが、円柱機械がやってくることはなかった。
恐らく、円柱機械やその所有者である警察機構が、シバの身元の確認を終えたと認識しているからだろう。
しかし余程通報され続けているようで、シバの顔の横――軍用多目的ゴーグル越しにみる拡張現実の光景の中に、唐突に看板が現れた。
シバが顔を向けると『こちらの人物は身元が証明されています。危険はありません 警察機構』と文言が書かれている。
「これはこれで恥ずかしいんだけどなぁ……」
こんな看板をつけられるぐらいなら、異常者に見られない服装をすればいいと思うかもしれない。
しかし、囲いの外に単身で踏み出そうというのなら、防刃服は必須で防弾スーツを着ていることが望ましい。
それほど身の安全を図らなければいけないほど、段違いに危険な場所なのだから。
シバは歩き続け、橋に差し掛かった。
幅広い川と河原を越えるためのもので、橋の左右の端に歩道あり、中央部分は車線が上下に3車線ずつあり、全長は五百メートルもある超大型の橋。
車はひっきりなしに行き来しているが、人が歩いている姿はない。
人が居ない理由は、橋を行き来するには資格が必要な事――資格を持つ囲いとシバが読んでいる場所の内に居る人は橋を使う事が少ないし、囲いの外に住む人の中の資格を持つ人は限られているからだ。
では資格がない人が囲いの中に入ろうとする場合、どうやるのか。
その答えは、シバが欄干越しに見やった、川縁を見れば分かる。
ダイバースーツを着た複数の人物が、水音を立てないように川から上がってきた。その人物の姿形は、人間のシルエットとしては歪だった。腕が異様に大きい者、足が二重関節になっている者、頭が膨れ上がっている者、腹周りが背骨しかないかのように細い者。
そういった風体の人たちが、川から上がった直後に、ダイバースーツを脱ぎ捨てる。
すると現れたのは、異様に映っていた部分が機械に置き換わっている肉体だった。
シバは多目的ゴーグルのズーム機能を使って、その人物たちの姿を把握する。
「人体を機械で拡張した人たちか。ダイバーバッグに銃火器を入れて持ってきて、準備万端って感じだな」
シバが観覧している先で、身体の一部を機械化している人たちが動き出す。
向かう先は、河原を越えて囲いの中に入ることだろう。
どういう目的で入ろうとしているのかについて、シバは予想する。
「有名企業の人間を拉致して身代金を要求するか、さもなきゃ企業の研究施設に強襲して秘匿技術を盗み出す気か」
なににせよ、碌な理由ではないだろうというのが、シバの予想だった。
それに、これ以上の興味をシバは抱けなかった。
なにせ河原を歩いている人物たちの元に、先ほどシバの元にやってきたのと同じ、円柱機械が複数ホバー移動でやってきたのだから。
多目的ゴーグルの視界の中では、円柱機械が銃口を覗かせた瞬間に、身体を機械化している人間が手にした銃器から弾を放った。
少し遠間にいるシバの耳にも、銃声が聞こえてきた。
その音を耳にした瞬間、シバは顔を顰めてしまう。
「馬鹿が。あの円柱型の機械は、壊されることも任務の一つなんだぞ」
円柱機械の幾つかが壊された直後、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
その直後、河原の一部の地面がせり上がり、そこから大型のコンテナが現れる。コンテナの扉が開かれ、上半身は鎧を着た人間の形で下半身は無限軌道という、特殊形状の五メートル大の人型ロボットが現れた。その左手には十センチの厚みがある盾を持ち、右手には回転式機関銃を握っている。
そんな見た目からして威圧感を持つロボットは、コンテナの中から出た瞬間にトップスピードまで加速し、銃火器を持つ人間たちへと突き進み始めた。
ロボットの突進に、狙われた人たちは慌てて逃げるが、移動の遅かった一人――腕を太い機械に置き換えた人間が、無限軌道の履板で引き潰される。
逃げ切った人たちが半減期に銃撃を与えるが、ロボットの装甲に弾かれている。
しかし、こういう状況になることを見越していたのだろう。身体を機械化している人たちは、訓練された動きで散開する。
数人が銃器を乱射してロボットの注意を引く間に、足を細長い二重関節の機械脚に置き換えた人物は脚部の出力を活かしてロボットの背面へと移動する。そして担いでいた無反動砲のロケット弾をロボットの背中へ向けて放った。
戦車でも一撃で行動不能にする一撃だったが、ロボットが超反応を見せて左手の盾で防いだ。
ロケット弾は盾に着弾し、メタルジェットの圧力で盾に大穴を開ける。
しかし溶けた盾の破片が降りかかっても、ロボットの装甲に損傷はなかった。
そこからは、もうロボットの独壇場だ。
人が固まって逃げれば突撃し、バラけて逃げるのなら右腕の回転式機関銃から吐きだす弾で蜂の巣にする。
程なくして、機械化した身体を持つ人間たちは、河原にぶちまけられた機械部品と血肉に変わった。
もう決着はついたのだけど、どうやらロボットは他に仲間がいないかを探し回るようで、キュラキュラと無限軌道が奏でる音が聞こえ続けている。
「……どんな目的があって、あんな三下たちを捨て駒にしたんだか」
シバは肩をすくめると、自分はああいう任務は受けたくないなと思いつつ、橋の対岸へと向かって歩き出した。