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隣国との戦争は、侵攻開始から十日というスピード解決で休戦となった。
シバが所属する国は、戦争に勝利した側ということ以上に、侵略を受けた被害者であることを全面に押し出したことで、多額の賠償金と切り取った広い土地をそのまま入手することになった。
もちろん、入手した土地に付随して、その土地に住む人たちも、国の住民に組み込まれる。
新たな土地の防衛基地とそこに所属する職員の派遣、経済インフラの配備、新たな国民たちに資本主義を根付かせるための再教育を行う必要もある。
新たな土地へ大量の物資と人員が移動を開始する中、シバは高等専門学校生として企業が支配する中州の街で活動していた。
シバが政府の犬でありながら、新たな土地に関する任務に参加していないのは、彼の念動力が大量の物資を運搬するのに向いていないものだからだ。
しかしシバと関りのある超能力者たちは、任務に参加を強制されているようだった。
シバは目にかけている多目的バイザーの機能を使い、自分宛てに送られてきたメールを読む。
差出人は、シェットテリアとシーリからだった。
「シェットテリアは物資輸送。シーリは経済インフラのシステム構築に駆り出されているのか」
両者の能力は、別の分野ながら、とても有能だ。
シェットテリアの念動力は、軍事基地一つを丸々掌握するほど、大量の物に干渉できる。その能力を活かして、新たな土地に必要な物資を、シャトル輸送しているらしい。
シバのもとには、シェットテリアの任務を面倒くさがる様子と、輸送一つ終わらせる度に貰えるご褒美のお菓子の写真が、メール添付で送られてくる。
シーリは、超能力自体は貧弱でも、そのプログラミングとハッカーのスキルが、新たな土地の経済インフラを整える際に重宝されているらしい。
占領と同時に撤退していった敵国の公共事業や銀行の建物。それらのシステムを書き換えることで、居抜きで経済インフラに再利用する。
そのためには、元々あるシステムを読み解いて罠が仕掛けられていないかを探し、自国のシステムに過不足なく組み込めるようプログラムを書き換える能力が必用だ。
シーリは、まさにうってつけの人材といえる。
そのシーリは、システムコードが汚い、改変が面倒、一から作った方が楽、等々、ひたすらに愚痴をメールで送ってきている。
シバは、メールが来るたびに、頑張れとかシーリなら出来ると、適当な文章を書いて送っている。シーリから怒りのメールが来ないあたり、おざなりな対応のシバのメールでも不満はないようだ。
そしてシバがいる中州の街でも、変化が起こっている。
戦争の際にシバが撮影していた、超能力者部隊の戦いぶりが放送されたのだ。
その戦いぶりを見た人たちの反応は様々。
超能力者を称える者。超能力者を恐れる者。超能力者になりたがる者。超能力者を見つけて排除しようと呼びかける者。
それらの人たちが一様に目指す先は、超能力開発機構だ。
今でもニュース映像で、超能力開発機構の門前には多数の人たちがいて、それぞれのグループに分かれて拡張現実上に構築したプラカードを掲げて主張している。そして超能力者に成りたい者のみ、超能力開発機構の建物の中へ誘導されていると、ニュースキャスターが語っている。
「どうなるのやら」
ここ一年の間に、超能力者の扱いが目まぐるしく変わっている。
最初は秘匿戦力として政府や企業に抱え込まれ、次は新たな力だと宣伝されて一般募集がかけられ、そして今は超能力者の優位性を示して社会に組み込ませようとしている。
この超能力者に関する事の絵面を決めたのは誰なのか、シバは気になるが調べようとはしない。
変に藪を突いて蛇を出しては、シバのC級超能力syさという立場では消される可能性の方が高いからだ。
「素直に消されてやる気はないが……」
シバのコードネームはコンバット・プルーフ。対人戦に限っては最強と言える超能力者である。
仮に政府や企業が刺客を放ってきても、返り討ちにしてやる確信がある。
唯一の懸念があるとするなら、シバの能力を越える相手がやってくることだろう。
重量百kg以上の物体を、二メートル以上の範囲から投射することのできる相手なら、シバは逃げるしか手がなくなるのだから。
「ま、考えても仕方がないことだけどな」
シバは政府の犬の立場を嫌ってはいない。なにせ政府の犬だからこそ、孤児の身の上ながらに、マルヘッド高等専門学校に通えている。そして将来的に価値を生み出す人物になるには、この道を進むことが最善であると、シバは確信しているのだ。
だからこそ、シバは思う。
超能力者に熱狂する人たちは気付いているのだろうかと。
超能力は、あくまで能力。影響力を度外視するのなら、手足を動かしたり、五感を使ったりするのと、大差ない能力だと。
そして資本主義社会であるこの国は、手足や五感を用いて何を生み出すかに価値を置いているのだと。
つまるところ、超能力を得ただけでは、この国では評価されないのだと。




