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シバはシェットテリアを抱えて空を飛ぶ。目的地は、侵攻してきた敵国の本土にある、敵の軍事基地だ。
シェットテリアが百kg以下の体重なこともあり、その道行きは順調。一時間も経たないうちに、目的地に到着する予定だ。
ちなみにシバとシェットテリアの格好はというと、お互いが抱き合う形になっている。シバがシェットテリアの脇の下に腕を回して抱え、シェットテリアはシバの首に抱き着いている。
そんな格好で移動を開始した直後は、二人とも無言で空の旅を続けていた。
しかし少し時間が経った頃、急にシェットテリアが喋りかけてきた。
「ちょっとー。超絶美少女のわたし様に抱き着けるなんて、ざこざこに過ぎた幸運だと思うんだけど~?」
シェットテリアは何が言いたいのか。シバはそれが分からず、チラリと視線を彼女の方に向けてから、進行方向に向け直す。
その態度が気に入らなかったのか、シェットテリアは怒り始めた。
「望んでも得られない幸運に感謝しなさいっていってるの! 聞いてるの、ざこざこC級超能力者!」
シェットテリアは文句を言いながら、自身の頭をシバの側頭部に押し付けてきた。
シバは自分のコメカミをシェットテリアの額で抉られて、その地味な痛さに苛立ちを感じた。
「頭突きをやめろ。あと、俺はロリコンじゃない。ガキに抱き着いて喜ぶような性癖の持ち合わせはない」
「わたし様を、そこらへんの女児と同じ扱いしないでくれる~? わたし様のような超絶美少女、他にいないと思うんですけど~?」
シバは改めて、間近にあるシェットテリアの顔面の造形を確認する。
染みのない色白の肌。大きめで勝気な瞳。整った細長い眉。小高い鼻筋。ピンク色の年少者特有の顔の丸さが取れれば、シバの価値観からしても美女に分類できる逸材だろう。
しかし小生意気な態度と、幼さが多く残る顔立ちを見てしまうと、やはりシバはシェットテリアに女性を見出すことは出来なかった。
「どれだけ顔立ちが綺麗だろうが、ガキはガキだろ」
「はぁ~? わたし様みたいな超絶美少女にガキだなんて、ざこざこって目もざこざこなのかな~?」
「……どうでもいいことだが。むしろ密着している異性が興味を持ってない方が、シェットテリアにとっては安全なんじゃないか?」
仮にシバが生粋のロリコンだったら、抱き合う形でいることは、シェットテリアの身の危険に繋がったはずだ。
だから、シバが年少者へ劣情を抱かない真っ当な性癖の持ち主であることは、シェットテリアの損にはならないはずだ。
そのことを指摘すると、シェットテリアは不満そうに唇を尖らせる。
「キモいロリコンに抱き着かれるのなんてイヤだけど、わたし様の魅力を無視するヤツも、それはそれでイヤなの!」
「なんだそりゃ。世界中の万人に称えられないと嫌だとでも言う気か?」
「当然でしょ。わたし様みたいな超絶美少女でA級超能力者。世界中の人たちがあたし様の足元に倒れるぐらいじゃないと!」
「倒れるって、お得意の念動力で地面に押し付ける気か?」
「違う! ほら、あるでしょ! ざこざこたちが偉い人の足元に土下座する、みたいな表現!」
「ああ、ひれ伏すべき、って言いたかったのか」
「それ! ひれふすべきなの!」
ここまで自尊心が大きい人間に、シバは会ったことが無かったため、逆に感心してしまった。
しかし好意を抱くかは別問題。
シバの偽らざる気持ちとしては、面倒臭いガキって印象しかない。
「主張は分かったが、少し黙りな。もうそろそろ、目的地の近くだからな」
「わたし様とのお喋りが嫌だっていうの!」
「待て待て。ここはもう敵国の空だぞ。そんで目的地である軍事基地の近くだ。いつ防衛兵器が飛んできてもおかしくないんだ。警戒しなきゃいけないだろうが」
シバの主張に、シェットテリアも納得したのか「仕方がないわね」と偉そうな態度を保ったまま納得してくれた。
シバとシェットテリアは、目的地である敵の軍事基地の上空に着いた。
基地側もレーダーか何かで二人の姿を捉えているようで、少し前から防衛兵器が次々と飛んできている。
中距離ミサイルに始まり、空中飛散型の時限信管砲弾、そして無人戦闘機。
基地の上空に留まっている現在は、基地からの対空砲火と、機関銃装備のドローンが多数、二人の元へと飛んできている。
「熱烈歓迎されているな、シェットテリア」
「ふんっ。わたし様に対する歓迎なら、この倍以上は欲しいものね」
シェットテリアは鼻息を吹くと、両手を眼下の軍事基地へと伸ばす。
最初はなにも起こっていないようだが、時間が経つにしたがって、基地の外周から中心に向かって全ての物質が移動を始める。
まずはナメクジのような速度で移動が始まり、やがて人が歩く速度や走る速度へ。やがてスクーター程度の速さになり、そこで移動速度は頭打ちになった。
生きている基地機能が可能な限りの対空砲火を行うも、全ての弾丸がシェットテリアとシバに到達する前に勢いが喪失する。やがてシェットテリアの念動力に絡み取られ、基地の中央へと向かって移動を開始する。
基地建物の倒壊や、兵器同士が衝突しての爆発炎上、移動する物資に挟まれたりして、人間たちは死んでいく。
その光景を見ていて、シバが気になったのは、残酷な運命を辿る敵兵士ではなく、シェットテリアの念動力に付いてだった。
「シェットテリアの念動力は、どの程度の重量まで影響を与えられるんだ?」
「超能力の検査のとき、用意されていた重りを全て持ち上げちゃったから、上限未測定ってことになっているわ」
「距離は?」
「目の届く範囲まで。素の目の視界さえ通っていれば、何キロ先のものでもね」
「規格外だな。でも、ものを動かす速度は上手じゃなさそうだな」
「これ以上の速度はいらないでしょ。自分が移動するにしても建築資材を高いところに移すのだって、早く移動させたら、その分だけ危険でしょ」
「物を速く動かせるようになったら、遠出も楽だぞ?」
「そもそも、滅多に遠くの場所に行かないし。仕事や任務で仕方なく移動する場合だって、車とか飛行機出してくれるのよ、お世話係つきでね。ま、今回は飛行機だと撃墜されるかもってことで、ざこざこを借りてるけど」
立場が変われば、重要視する事柄も変わるもの。
シェットテリアは、所属企業が建築系ということもあって、建築業務に則した念動力の使い方にしか価値を感じていないようだ。
シバにしても、無理にシェットテリアの価値観を変えようという気はない。シェットテリアの能力の把握だって、雑談の話題作りのためでしかなかったのだから。
そんな話を二人がしているうちに、すっかりと敵軍事基地は、一塊の瓦礫と肉片の山となっていた。
「ざこざこ。次の目的地に行くわよ」
「はいはい。って、その瓦礫の塊、持っていくのか?」
「当然でしょ。これを高いところから落とせば、一気に基地を破壊できるじゃない」
「俺が移動するのと同じ速度は出せないんじゃないのか?」
「そこは平気。わたし様との相対距離を固定すればいいだけだし」
試してみようと、シェットテリアはシバに空中を移動するように指示してきた。
シバはシェットテリアを抱えたまま、少し上へと上昇する。すると瓦礫の塊と化した基地がまるごと、シバが上昇したのと同じ距離だけ空中に浮かんだ。
右に移動すれば右に、左に移動すれば左に移動する
それならと、その場で回転してみたが、瓦礫の塊が高速移動することはなく、その場に留まったままだった。
「なるほど。身体の向きは関係なく、距離だけ固定されているのか」
面白い念動力の使い方だと、シバは感心する。
シバが面白がっていることが伝わったのか、シェットテリアは得意げな顔になる。
「ほら、ざこざこ。さっさと次に行くわよ。わたし様、ふかふかのベッドじゃないと眠れないから、夜までには家に帰っておきたいんだから」
「俺だって敵国で野営なんて嫌だ。さっさと任務は済ませるに限る」
シバはシェットテリアを抱えたまま、次の敵の軍事基地へと直進する。
二人の後ろに付いてくる形で、巨大な瓦礫の塊が空中を飛翔していき、周囲に乱気流を振りまきながら進んでいった。




