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超能力詐欺の摘発と撲滅に、幻想物質の超能力者の発見と確保。
それらの功績に、政府はシバとシーリに一時任務離脱の許しを与えた。
つまるところ、政府からの依頼が一定期間来ないことが確定した。
これが政府の犬だけ仕事をしている者なら、休暇ということになるのだろう。
しかしシバは高等専門学校生であり、シーリはソフトウェア会社の社員。
政府からの依頼が来なくても、学生と社員としての役割があるため、あまり喜べなかった。
シバはマルヘッド高等専門学校に向かうと、学校のデータベースにアクセスし、所属していた全生徒の作品を検索する。
なにを調べているかというと、シバが新たに発見したテーマを、過去に行っている生徒が居ないかだ。
シバは、宗教施設と関りを持った際に、この手のテーマは扱っていなかったことに気付いたのだ。
「やっぱり。この国は宗教が弱いからな。宗教関係のモチーフを選んでいる人は少ない」
今までに生徒が作ったものも、多くは聖書や伝説の一部を切り取った、宗教像や宗教画であるらしい。
シバが調べ、自身の作品作りと相性が良いテーマ――色砂曼荼羅を行っている人は皆無だった。
それなら問題ないと、次の提出作品を決めた。
シバはインターネットにアクセスし、曼荼羅の構図や構図の意味をバイザー内にダウンロードしていく。
そして意味を理解しながら、曼荼羅の構図を練っていく。
色とりどりの砂を使用する、丸形や四角形を多用した、線対象であり点対象でもある図形。
それらを描きながら、シバは苦笑する。
「宗教画だけあって、希望やら愛やらと、ポジティブな構図が多いな……」
言うなれば、万人受けのする構図。
多くの需要が見込めるものの、逆に言えば大衆に迎合して埋もれかねない作品とも言える。
「なんか、この国の資本主義社会とは合わないんだよなぁ」
価値を生み出し続けることで、科学技術と社会価値を進歩させる。それが、この国の資本主義の理念だ。
要するに、進み続けることを宿命づけら、停滞すれば死に近づいていくという、海洋マグロのような社会なのだ。
そしてシバが調べた曼荼羅に描かれていたテーマは、調和や融和に愛といった、進歩とは違った概念だ。
そういった概念に親しむ者が、この国に居ないというわけではない。
しかしシバが作品を売りつける顧客は、この概念を快く受け入れるかは疑問だった。
「俺は、この作品を宝石の粉で描く。必然、売却価格も高額にしたい。高値を払ってくれる客となると、この国で企業を起こして成功している者に限られるわけで」
つまり、競争、淘汰、勝利の果てに、地位と金を得た者が相手となる。
そういう相手には何が売れるのかは、学校のデータベースにアクセスし、どの作品が高値を付けたかを調べればわかる。
良く高値をつけているのは、闘争をモチーフにした芸術だ。
戦争に勝利した瞬間の将軍の絵。敗残兵が逃げる姿を模した銅像。剣闘士の装備を模して作られた、フェイクの血汚れがついている実剣。
そうした芸術作品が、高値を払える企業の成功者の心を掴むようだった。
もちろん、心に平穏を与えるモチーフの作品も、売れてないわけじゃない。
人間、闘争に明け暮れていても、休息は必要なもの。一時の心の平和を得るために必用とする芸術もある。
しかし、その平和モチーフの芸術は、闘争モチーフの芸術に比べると、一段や二段も値付けが厳しいという事実がある。
予想するに、闘争モチーフは会社や家に飾っても良いと配置する場所の選択肢が多いが、平和モチーフは休憩所や寝室などの休息に使える場所にしか配置できないため、需要と供給の差が出ているのだろう。
ともあれシバは、ビーズバッグの柄と宝石絵具の絵画という提出物二点は、平和な風景の作品にしてしまっている。それなりの高値で売れたのは、宝石を使っているという『ゲタ』を履いているからに過ぎない。
より高い実績を積もうと思うのなら、今回は良く売れる闘争モチーフの作品を作ることが肝要だろう。
「破滅や騒乱をモチーフにした曼荼羅がないわけじゃないが」
その手の曼荼羅は、幾何学模様ではなく、罪人の死後の世界の絵画だ。
絵画では、シバの作品モチーフに合わない。
「要素を取り出して、抽象化してみるか」
炎や破壊など、死した罪人に与えられる苦痛の要素を抜き出し、それを模様に抽象化する。
要素の抽象化は難しくない。描画用AIを駆使し、条件付けさえ確りと行えば、シバの望む通りの図形が作り出されるのだから。
そうして作った模様を、拡張現実上で曼荼羅の形に配置していく。
線対象、点対象になるように気を付けつつ、色付けも行っていく。
しかし、もともとある景色や構図ではないため、どうもしっくり来る図形が描き切れない。
より手を加えればと抽象図形を足してみると、それはそれで過剰に見えてしまう。
図形の配置や形を修正してみても、なにか上手くいってない感じを受ける。
シバは困り果て、学生の特権を使うことにした。
すなわち、担当教師に助言を求めたのだ。
『抽象化した宗教画かね。なるほど、面白いモチーフだ。それで、聞きたい部分とはなにかね?』
拡張現実上に展開したモニター越しに、シバは教師に相談する。
「上手く言葉で言い表せないのですが、いま一歩足りていない感じがありまして」
『ふむっ。芸術作品特有の悩みだな。となると、押し並べた助言しかできんぞ』
担当教師は、芸術作品を見通そうとしているような鋭い目つきで、シバの未完成作品を見やる。
『芸術の根本は情念だ。宗教画においても、それは同じ。君は、この宗教画に、どんな情念を入れ込もうとしているんだね?』
「情念、ですか?」
『そうだ。世の宗教画の多くは、神を称えたり、民の救済を願ったり、世の不浄を呪ったりする感情を入れ込んでいる。大昔の作品なら、大っぴらには禁止されていたエロスを入れ込む事もあったという。その情念が、宗教画という崇高なモチーフに、世俗的な肉付けを行う。そしてその肉付けに、見たものは共感を覚えるのだよ』
宗教は、いうなれば大層なお題目である。
言うことは立派でも、現実に即した教えでないことも多い。
そして現実的でないということは、人間からの共感を得にくいということに繋がる。
その欠点を、人々が必ず持っている俗な感情を入れ込むことで、共感に繋げる。
教師が告げた手法を元に考えると、確かにシバの作った未完成の曼荼羅は、モチーフや形だけ整えただけのお題目のような作品だった。
「闘争をモチーフに入れ込もうと考えているんですが、助言はありますか?」
『ふむっ、そういうことであるならばだ。技術的な話でいうと、闘争だけでは味が悪い。闘争の後には平和が来るものだ。その両方があってこそ、世を映す宗教画と言えるだろう。それに入れ込む情念は何かという話であるなら、それは君の体験を入れ込むしかあるまい』
「俺の体験とは、どんな?」
『此の世にあってよかったと思うものを平和のところに、此の世にあって良くないと思うものを闘争の部分に入れるのだよ。その君の感情が、この作品の味となるはずだ』
教師の助言を受けて、シバは薄っすらと作品の完成図が掴めた気になった。
シバは教師に礼を告げると、早速デザインの変更に取り掛かった。
シバは高専生の学生であり、政府の犬だ。呑気で平和な世界も、度し難い悪逆の世界も見てきた。
その体験を曼荼羅に描けば、いい作品になるはず。
そういう理念で、シバは拡張現実上に独自の曼荼羅を描いていった。




