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 シバとシーリが超能力開発機構に送った、ケープの人が生み出した液体とパンのサンプル。

 それらは分析され、アルコール度が弱いワインと小麦とライ麦が混ざったパンだと判明した。

 それだけなら取るに足りない存在でしかないが、シバからの『念動力の影響を受けない』という点が注目された。

 シバの能力だけ通用しないのかを調べるために、他の念動力者が遣わされ、C級B級の能力者では駄目なことが判明。更にはA級まで持ち出したものの、念動力で動かすことが出来なかった。

 ワインとパンという他愛ないものだから、念動力が通用しなくても影響はない。

 しかし、このワインとパンと同じように、念動力が通用しない銃弾や刃物が生み出されたら、それは念動力者にとって脅威になり得る。

 そんな懸念が議論されている中で、唐突にサンプルのワインとパンが消失した。

 誰かが盗んだり食べたりしたわけではない。

 サンプルを撮影していたカメラの映像によると、ある瞬間にワインとパンが幻だったかのように消えてしまったのだ。


「その現象から、例の超能力者と思わしき人物が作り出す物体を、幻想物質と名付けた。ねえ」


 シバは送られてきた資料に目を通しつつ溜息を吐きだし、超能力詐欺案件を撲滅するための任務が予想外の方向に繋がってしまったことに肩をすくませる。

 シバの隣にはシーリも居て、こちらも別任務への接続に辟易している様子だった。


「幻想物質っていう未知の物体に興味を示すのは良いけどさぁ。宗教施設に討ち入りって、やり過ぎでしょ」


 シーリが愚痴ったように、いまシバの周りには政府所属のC級超能力者が屯している。超能力者だけではなく、機械的な洗脳を施した重機械化人間も多く存在している。

 そんなシーリたちの格好はというと、任務の時に着ている特殊部隊用のボディースーツではなく、市製品の防弾や防刃の厚手の戦闘服――つまりは、政府や企業と無関係な姿を装っているのだ。

 それは、今回の攻撃対象が宗教施設であるため。

 この国では宗教が一つに統合された上に、不必要な存在だと烙印されて下火になっている。それでも信者がいないわけではない。

 そのため宗教施設に政府や企業が攻撃を仕掛けた場合、どんな影響が国に起こるかが未知数な部分がある。

 しかし幻想物質を作り出す超能力者を確保し、その能力を解明することは重要だ。

 今の時点で、自由に姿形を幻想物質で作れる超能力者が作れれば、色々な分野におけるサンプルの実物を資材の消費無しに無数に作ることができると期待されている。使用資材の削減という価値の消費の抑制と、多数のサンプル品の実証による価値の向上は、この国の資本主義に合致すると考えた。

 それも、重要な超能力者が確保できるのなら、宗教という無産活動を信じる者を排除しても良いと、こうして襲撃部隊を用意するほどだった。


「でもまあ、夜中に襲撃するってことにしたのは、政府側の最後の良心だと思いたいところだ」

「この時間、あの建物に居るのは宗教で飯を食っている人だけ。外に仕事を持っている人は、この時間は家にいるみたいだしね」


 宗教を信じつつも、ちゃんと仕事をして価値を生んでいる人間には被害は出さない。

 それが政府方針というわけだ。

 しかしそれは、専業の宗教者は死んでくれて構わないという、非情の決断とセットということでもある。


「……さて、時間だ」


 これからシバは、宗教を嫌う暴徒の一人として、あの宗教施設に討ち入りをかける。この場にいる周囲にいる者たちと、それ以外の場所にも集まっている人たちと共に。

 シーリは戦闘の力がないため、この暴動が外に漏れないように情報統制しつつ、宗教関係者が宗教施設の外に逃げないようにドローンで監視する任務につく。

 こうして、宗教施設の襲撃が始まった。




 襲撃は、機械的に洗脳した重機械化人間たちを突っ込ませるところから始まった。


「宗教家たちに死を!」

「価値を生まない存在は邪悪!」

「宗教は社会の寄生虫!」


 機械化人間たちは、口々にプリセットされた言葉を喋りながら、宗教施設の正門を破壊して中に入る。

 もちろん宗教施設にも防衛機能はあり、すぐに円柱型や虫型の防衛機械が機動する。しかしそれらの防衛機械は、内蔵されている銃器を放す前に沈黙する。シーリを始めとする、ハッキングを得意とする超能力者が無力化したのだ。


「「「宗教は不用!」」」


 機械化人間たちは暴れ回り、装備している火炎放射器で敷地を焼いていく。しかし決して宗教施設へと火はかけない。これは火の力で宗教施設の中にいる人を威圧し、簡単に外に出てこないようにするため。だから火にまかれて建物の外に出てこられたのでは、意味がないのだ。

 放火されているのだから、外に逃げるべきじゃないかと考える人もいるだろう。しかし、この国における放火は、段階によって罪の度合いが違う。

 単純に草木やゴミを燃やしただけの場合は、軽犯罪であり罰金刑ですむ。価値のない物が灰になったところで、資本主義社会に影響は出ないからだ。

 しかし価値あるもの――特に一定金額以上の価値を持つものを燃やした場合は、即座に死罪が確定する。価値あるものを灰にしたことで、資本主義社会の価値を下落させたと判断されてだ。

 その放火罪の量刑の差を考えながら、今の宗教施設の襲撃の様子を見てみよう。

 現状、価値のない植え込みや燃えない石畳に火をまいているものの、価値が存在する建物には火をかけていない状況だ。

 これは傍目からすると、重罪を受けないように気を付けながらの示威行為であると見えなくもない。

 そして建物に火が放たれないのならば、建物の中にいた方が安全である。

 この国の常識に当てはめて考えれば、それが真っ当な判断となる。

 だからこそ宗教家たちは、今まさに建物の中に立てこもって、息を潜めて暴動という嵐が収まるのを待っている。

 恐らく、今までも市民暴動が起こった際は、同じようにして身を守ってきたのだろう。

 しかし、今回は単なる暴動じゃない。

 そのことを、宗教家たちは気付いていなかった。


「さて、制圧部隊の突入が指示されたな」


 シバはゴーグルに受け取った指令を確認すると、他の超能力者たちとともに、重機械化人間の間を通って宗教施設の建物の扉の前へとやってきた。

 扉に手をかけるが、施錠されていて開かない。

 シバが念動力で扉を吹っ飛ばそうとするが、百kgを越える物を操作しようとした際に受ける感触を得て、眉を顰める。どうやら扉は、木の見た目とは裏腹に、内部に装甲板が仕込まれていて重いようだ。

 シバは、他の能力者であっても扉を破壊しての突破は難しいと判断し、扉自体を吹っ飛ばすのではなく、扉を止めている金具を分解することを選んだ。

 留め金が破壊され、扉を施錠している鍵も恐し、ついでに掛けられていた閂も外す。閂も鉄製で重いものだったが、人間が持ってかける必要性からか、百kgを越える重量はなかったのが幸いだった。

 そうして、宗教施設の正面扉が倒れる形で開放された。

 その開けた場所へ、暴徒に偽装した超能力者たちが入っていく。シバも市販品の拳銃を手に中に入る。

 突入開始からすぐに、命乞いの声が聞こえてきた。


「止めてください! 神はこんな真似、許されま――ぎあっ!」


 発砲音の後に、悲鳴。

 同じような音が、建物の各所で聞かれるようになっていく。

 シバも後に続こうとして、シーリからメールが送られてきた。


『目標はここから外に逃げる可能性アリ。急行されたし シーフキーより』


 メールに添付されていた画像は二つある。

 一つは、この宗教施設の見取り図があり、とある場所に〇印が書かれている。その場所は、あのケープの人が演説を行っていたホールの一画に鎮座していた、あの女性像の裏側だった。

 もう一つは、この街の下水の配置図。

 施設はともかく、下水はどうしてと首を傾げかけて、シバはハッとする。 

 二つの図を重ね合わせてみると、あの像の真下の位置に下水が通っている道があった。


「下水道から外に逃げる可能性があるから、その可能性を潰せってことか」


 シバは納得すると、宗教施設の部屋へと向かっていく仲間たちとは別行動し、ホールを目指した。

 ホールに入ると、中には誰もいなかった。

 ホールの扉が開け放たれた状態だったことから、襲撃側の誰かがホールの中を確認して去っていたようなので、誰もいないことは確定だ。


「ま、昨今は働きすぎだったし、空振りに終わっても骨休めだと思えばいいか」


 シバはホールの中を進み、女性像の裏側へ。

 台や供え物でカモフラージュしているが、地下へ続く小さな出入口があった。

 シーリの情報は正しいようで、あとはここに宗教家の誰かが逃げてくるのを待つだけだ。

 建物内に銃撃の音は続いている。どこかでは宗教側も応戦しているようで、銃器を撃ち合う音もある。

 そんな音たちを遠くに聞きながら、シバは暇を持て余す。

 それから少しして、ホールの一画から音が出てきた。

 シバが目を向けると、それはホールの壁際にある太い柱の一本から音がでているようだった。

 視線を向け続けると、柱の根本が開き、中から人が出てきた。どうやら隠し通路のようで、柱の中は螺旋階段になっていた。

 その隠し通路から、ケープの人と護衛らしき数人が出てきた。ケープの人は、今は肩からケープを下げていないため、一般信者に偽装して逃げるつもりのようだ。

 どうやら彼らは、像の裏側にいたシバを見逃しているようで、小走りな忍び足で像に近づこうとしている。

 しかしシバが像の裏側から身体を出すと、彼ら全員がギョッとした様子で立ち止まった。

 シバは手にある拳銃を持ち上げると、立ち止まりから逃走へと移ろうとする彼らへ、銃弾を放った。

 パンッと軽い音の後で、護衛の一人の頭が弾け飛んだ。明らかに拳銃ではあり得ない威力。それはシバが念動力で発射した拳銃弾を追加で加速させたことで、拳銃弾が高速弾と化して標的を破壊したのだ。

 仲間が殺されたことで、護衛も抵抗するべく拳銃や突撃銃を構える。

 その準備をする間に、さらに護衛が一人。銃撃を開始するまでに、さらにもう一人が死者となった。

 そして蜂の巣にしようと銃撃が開始された直後、銃を持つ護衛たちは自ら放った弾丸で滅多撃ちになって死亡した。

 シバが撃ち込まれた弾丸を、念動力で発射主へと送り返した結果だ。

 こうして護衛が全て死亡したところで、シバはケープの人と一対一で対峙する。シバが歩いて接近して二メートルの圏内。ケープの人は見るからに百kg未満の体重だ。これで彼が不意な行動を起こしても、シバの念動力で対処できる。

 その段階までいったところで、シバが口を開く。


「お前の身柄を拘束させてもらう」


 シバが銃口を向けながら言うと、ケープの人は半笑いの表情になる。


「わたくしを捕まえるために、この騒動を起こしたのですか?」

「俺が首謀者じゃない。雇い主がいる。大人しく捕まるべきだ」


 情報を渡すのは悪手ではあるが、この場面では抵抗しても無駄なことを伝える必要がある。

 シバが首謀者だと誤解して、シバを倒せば状況が打開できると希望を見て抵抗されたら、手荒く身柄を拘束することになってしまう。

 超能力開発機構からは、丁重に捕まえるようにと厳命されているため、シバはあまり手荒なことはしたくない。

 だからこその説得だった。

 しかしシバの言葉を聞いて、ケープの人は顔色を青ざめさせる。


「わたくしの身が欲しいのなら、そう言ってくればよかったんだ。仲間を殺されるぐらいなら、喜んで馳せ参じたのに」

「お前はそうだろう。しかし、お仲間はどうかな? 指導者が捕まったと知ったら、抵抗するんじゃないか? 暴動なんか起こされた日には、その経済的損失は、お前たちの価値と相殺できるのか?」

「その言い方、さては犯罪組織の人たちじゃないんだね。政府か企業か」

「それを知ってどうなる? お前に許されているのは、投降することだけだ」

「……それだけじゃない」


 ケープの人はシバを睨むと、右手を喉元に持って来ようとする。シバは嫌な予感に、念動力でケープの人の右手を逆側へ圧し折った。


「ぐあっ!」


 左手で腕を抱えて倒れた、ケープの人。その右の掌から、テーブルフォークのような形の刃物が生えていた。どうやら幻想物質で、刃物も作れるらしい。

 それで迷いなく自死を選ぼうとしたのは、流石と言える。


「はぁ。面倒だが、物理的に拘束させてもらう」


 シバは念動力で押さえつけ、用意していた手錠や猿ぐつわで身柄を拘束した。

 その後でシバはシーリへ連絡を入れ、シーリが強襲部隊全員に通達を出し、任務は終了になった。

 そして宗教施設の襲撃犯として、洗脳した重機械化人間たちを残して、超能力者たちだけが立ち去ることにした。


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― 新着の感想 ―
[一言] いやー、政府恐ろしいねえ 少しでも有用そうな能力持ちと分かったら即襲撃ですもん
[一言] 政府の犬もままなりませんなあ。後味の悪そうな仕事だ。
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