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シバとシーリが見ている前で、ケープの人は手から物を生み出しては配ってく。
ホールの奥から手前に段々と距離が近づいてくることで、手前側にいるシバたちからケープの人の姿がよく見えるようになってくる。
服装やケープは見た通り。ケープの人の肌は褐色系。背が高く痩せ型の男性。
そしてなにより、シバに比べて高い年齢を持っている風貌をしている。
顔の皺などから見るに、二十後半から三十前半の年齢のようだ。
その見た目の年齢に、シバとシーリが揃って眉を寄せる。そして二人して拡張現実上でチャットを送り合う。
『おい。超能力開発機構で作られた能力者だったら、年齢が合わないぞ』
『超能力開発機構が集める被験者には、年齢制限があったっけ。第一期のシバなら、作られた能力者の年齢の上限がわかるんじゃない?』
『第一期の被験者で超能力者に慣れた人間は、少ないから、全員の年齢を知っている。俺が知る第一期の最高年齢の能力者は、今年で二十五歳だ。そして、あいつはその能力者じゃない。顔と肌が違う』
『最高齢に近しい人では?』
『次に高い年齢は二十歳だったはずだ』
第一期の超能力者で最高二十五歳で、それが上限だ。以降の第二期から作られた超能力者たちは、必ず年齢が下になる。
『待てよ。超能力者ブームに乗って、超能力開発機構が大々的に被験者を集めていただろ。待機列に並んでいた人たちは、かなり年齢に幅があったように記憶している。そっちで作られた超能力者って可能性はないか?』
『超能力開発機構のデータベースにアクセスしたけど――うん、該当する人のデータはないね』
『そんな短時間で調べられるところに、データを置いてあったのか?』
『表面をさらうだけで十分だよ。なにせ、あの大規模募集、プロパガンダだから。ひとまず人を集めて、超能力の適性がありそうかどうかを調べているだけみたい』
『つまり超能力を発現させるような措置は一切していないのか』
超能力が身についているはずがないから、超能力開発機構に集まった人たちの中に、あのケープの人のデータがあるはずもない。
そうなると、ますますケープの人の存在が謎となる。
シバとシーリが揃って悩む間に、ケープの人の不思議な力による配給は続いていて、いよいよ信者の最終列へ。
信者たち全員が何らかの飲食物を受け取り終え、ケープの人は元に居た位置へと戻っていった。
「今日の訓戒はこれで終わりです。では皆さん、良い一日を」
「「「良い一日を」」」
ケープの人の言葉を復唱してから、信者の人たちがそれぞれ行動を始める。
ホールから出て外へ向かう者、建物内の別の場所へ向かう者、ホールの中に留まる者。
それらの姿を見ながら、シバとシーリはどう行動するべきかを悩む。
任務優先ならケープの人と接触するべきだし、生存と報告を優先なら今すぐ離脱するべきだ。
二人がその判断を下すのに迷っているのは、ケープの人の能力が、手から何かしらを生み出すという、殺傷能力が低そうなものだからだ。
『詐欺行為はしていないと判断して帰るのもアリじゃないか?』
『奇跡と偽って信者を集めることは、詐欺でしょ?』
『能力を使っている本人は、奇跡だと言っているわけじゃないようだぞ』
『本人か周りかはともかく、怪しげな方法で信者を集めているのは問題じゃない?』
答えが出ないままに立ち尽くしていると、当のケープの人がシバたちの方へ近寄ってきた。彼の両隣りに、護衛のように付き従う信者が一人ずついる。
ここまで来たら腹を括るべきだと、シバは覚悟する。
シバはシーリを背中に隠すように位置して、ケープの人と対峙する。そして強要のないバカのような口調で話しかけることにした。
「いやー、凄いっすね。その手から、バンバンと物をだすの。どんな手品を使ってるんだよ、なあ」
シバの目元を覆うゴーグルと防刃パーカーの下にボディースーツという、スラムに暮らす半グレのような格好。そこに無教養丸出しの口調での言葉。
この二つを見て聞いて、ケープの人は別として、護衛たちはシバのことを異分子を見る目に変わる。
その護衛たちの目は語っている。また宗教と信者を興味本位に玩具にしようとする馬鹿だなと。
シバが狙った通りの反応だ。シバたちを下に見れば見るほど、相手の態度は横柄になりボロを出しやすくなる。それが人の心理というものだ。
そうほくそ笑んでいたが、ケープの人が諫めるような手振りをする。
すると護衛たちはハッとしたような顔になった後で、一歩後ろに下がった。
その一連の動作で、このケープの人が、この宗教施設の中で重要な位置にいる人物だということが確定した。
こういう相手を侮らない人が厄介なんだと、シバは態度を偽ったままに、ケープの人に対する警戒度を上げる。
そんなシバの内心を知ってか知らずか、ケープの人はシバに更に接近する。手を伸ばせば触れられる位置。シバの念動力の効果圏内だ。
圧倒的にシバが有利な状況だと分かっているのかいないのか、ケープの人はシバへ声をかけてきた。
「貴方は、神の実在を信じていますか?」
「……はあぁ?」
唐突な内容の質問に、シバは芝居も忘れて困惑声を発してしまう。
その後で、演技を思い出しながら、偽りない自分の本心を語っていく。
「神の実在ねえ。まあ、居たとしても、なにか手伝てってくれるわけでもねえだろうし。それじゃあ居ないと同じだしー」
シバがこの国の神に対する一般論に少し色を付けたような発言をすると、ケープの人はさらに質問を重ねてきた。
「神が居たら良いなとは思いますか?」
「別にー? 俺ってば、神様に愛されるような人間じゃねーし?」
これは間違いなく、シバの本心。
シバは任務で必要だからとはいえ、人間を多く殺してきた。宗教家が良く語る、殺人の禁忌を犯した存在だ。
そんな存在を、神が実在していたら愛しはしないだろう。
その本心が通じたのだろう、ケープの人は悲しそうな顔になる。
「それでは、どうして、この神の家にやってきたのです? 神の愛を確かめに来たのではないのですか?」
神の家とは、この宗教施設に対する信者たちの俗称だろう。
シバはそう予想しつつ、鼻を鳴らす馬鹿にした態度を取る。
「ハンッ。愛なんて求めちゃいねえよ。ただチョーっと怪しい噂が耳に入ってきて、それが本当か確かめに来たんだ。そう、アンタが手から物を出すっていう、怪しい噂をな」
「つまり、わたくしの奇跡を見に来たと?」
「違うね。どんな手品を使っているのか、見破りにきたんだよ」
シバが反抗的な態度で語ると、ケープの人の後ろに控えてえいた護衛たちから戦意が立ち上る。シバがケープの人を傷つけようとしたら取り押さえると考えていることが、その身から発する威圧感から分かる。
シバは護衛たちに目を向けて、彼らの体重が百kgより軽そうなことと機械化率が低いことを見て、対応を放置する。いざとなったら念動力で対処可能だと判断して。
改めてシバが向き合うと、ケープの人が顔に苦笑いを浮かべていることに気付く。
「そうですか。わたくしの奇跡を見に来たのですか。最近、貴方のような方が多くいらっしゃいますよ」
ケープの人は護衛の片方に目を向けると、軽い手振りを行った。指示を受けた護衛は、離れることを渋る素振りをしたが、最終的には諦めたような態度でどこかへと行ってしまう。
少しして、その護衛が戻ってくる。その手には、使い捨てのプラカップが三つ握られていた。
ケープの人は、その透明なプラ容器を手にする。
「持ってきてくれてありがとうね。じゃあご希望通りに、目の前で奇跡の力を見せてあげよう」
ケープの人は、シバとシーリの目の前で、手から出した液体を一口分ずつプラカップ二つに入れる。その後で、手から生み出した一口大のパン二つを最後のプラカップの中へと落とした。
これほど間近に見て、ハッキリわかったことがある。
それはケープの人の手は生身であり、機械に換装した腕から液体やパンを出しているわけじゃないってこと。
そして手品ではあり得ないほど、種も仕掛けもなく、掌の表面から液体やパンが出てきていること。
それらの光景を見て、そして三つのプラカップを受け取って、シバは無教養な半グレの態度を続行する。
「うっわ。どうやってやってんのか分かんね。けど、キモイな。素手から液体とかパンとか出してんだろ。手のバイキンとか付いてそう」
シバが演技で汚いものを見る目を、プラカップに入った液体とパンに向ける。
その発言が気に障ったのか、護衛たちが色めき立つ。
しかし当のケープの人は半笑いになっただけだった。
「確かにそうだ。今度は手を清めてから出すようにするよ」
「おう、そうしてくれよ。そんじゃ、見るもんも見たし、帰らせてもらうわ」
シバはプラカップを手にしたまま、ケープの人たちに背を向ける。そしてシーリの背を押すような形で、外に出ようとする。
ここでケープの人や護衛たちが襲い掛かってきたら、撃退する口実が作れた。
しかし現実は、ケープの人が微笑みながら見送るだけで、なんの事件も起きなかった。
宗教施設から離れ、路地裏の一画へ移動したところで、シバはシーリと話し合いを始める。
「ほい、サンプルだ。然るべきところに送ってくれ」
「『奇跡』で作った場面の映像も添付してだね」
シーリがハッキングして配達ドローンを呼び寄せ、三つのプラカップを配送コンテナに入れてから、超能力開発機構へと送り出した。
ドローンが飛び去っていったことを確認してから、シバは再び口を開く。
「実を言うと、かなり危ない相手じゃないかって気になっている」
「えっ、どういうこと?」
シーリが驚いて聞き返すと、シバは足元に落ちていた小石を念動力で手元に引き寄せた。
「俺は念動力者だ。物体であれば、何だって操ることができる。百kg以下で、自身の身体から二メートルの圏内に限りだけどな」
「それは知っているけど、どう話が繋がるんだよ?」
「じゃあ言うけどな。あのプラカップに入れられた、液体とパン。どちらも俺の能力が通じなかった」
シバの発言の意図を瞬時には掴みそこなったのか、シーリは首を傾げてから驚愕の表情に変わる。
「それってつまり、シバの超能力を弾くなにかが、あの液体とパンにあったってこと?」
「むしろ、あの液体とパンは実在しているものじゃない、って可能性の方が高い」
「実在してないって、ちゃんと目の前にあったでしょ?」
「あれらが拡張現実上に作った物体と同じものなら、無から有を生み出すように出せるし、俺の念動力も通用しない。なにせ質量がないものは動かせないからな」
「そういうことなら――って、いやいや、あれはちゃんとした実物だったでしょ?」
「そうだな。さっき俺が裸眼で確認したが、ちゃんとプラカップの中に液体とパンがあった。拡張現実ではないのは確かだ」
「ええぇ~。つまり、どういうこと?」
「分からん。分からんから、意外と危ない相手だったのかもしれないと言っているんだ」
シバとシーリが集団幻覚を見せられたのか、それとも液体とパンは未知の非実体物なのか。
何もわからないことが、判明した瞬間だった。




