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超能力詐欺案件の調査、二日目。
早速、報告があった場所に向かったのだが、その場所はもぬけの殻になっていた。
「俺たちが超能力詐欺業者を軒並み潰した、その情報が回ったか?」
「多分、そうだろうね。詐欺業者なんて、パッと現れたと思ったら、パッと消える類の人たちだしね」
詐欺の仕事は、基本的に短期的に儲けたら、さっさと撤退するものだったりする。
騙せる人から引き出せる金には限りがあるし、長期間行っていると詐欺だと見破る人も出てくる。そのため長期間同じ詐欺を行うと、リスクが積み上がるわりにリターンが少ないのだ。
だから同業者が潰されたという情報が聞こえたら、速攻で雲隠れすることが正しい処世術と言える。
そして詐欺業者が消えてくれることは、シバたちにとっても良い事だ。
「労せずに一つ消えたんだ。次に行こう」
「この調子じゃ、残っている業者がいるかな」
シバとシーリは午前中に街を巡ったものの、事前に掴んでいた超能力詐欺業者の居場所は空振りに終わった。
「そんで最後の案件になるわけだが……」
シバが面倒くさいと言いたげな態度で示す先には、立派な建物があった。
その建物の屋上には十字架や玉ねぎのような形のオブジェクトがくっ付いていて、敷地の中には色々な像が散らばっている。そのオブジェクトや像は、拡張現実上で動き、光を放ったり形を変えたりしている。
建物の周囲や中にいる人の服装は一様で、白を基調にしたシャツとズボン、そして頭の上には立方体の帽子が乗っている。拡張現実上では、それらの人の肩や背後に動物や人間を模した虚像が浮かんでいる。
現実世界とは隔絶した雰囲気の場所に、シーリが半笑いを向ける。
「資本主義と物質文明が占めるこの国でも、宗教はなくならないみたいね」
「既存の宗教を潰して回ったことで、それらの生き残りが集まって新たな宗教を作ったらしいと、歴史の授業で言ってたが」
「私も習ったよ。新宗教を作った後で、社会に価値を生む存在だと示したことで、どうにか生きながらえたらしいよね」
この国の人たちの多くは、宗教を信じていない。
いや、信じていないというよりも、神頼みする時間を惜しく思っているといった方が正確だろう。
この国に住む人の意識では、価値を生む存在になることが至上目的になっている。
そのため神に祈ったところで身を立てる技術がつくわけがないと、宗教から間を置いている。
とはいえ、宗教の需要が全くないのかというと、そうでもない。
自分の作る才能のなさに絶望した者、事業に失敗した者、理不尽な状況に追い込まれた者、縋る先を持たない者。
それらの人たちは、社会に居場所がないと考えて、宗教に逃げることが多い。
そして様々な宗教が合体して生まれた、この国の新宗教はそれらの人たちを受け入れている。
神の教えを伝えることは二の次にして、落伍者たちを社会復帰させるためにケアをする。
病院では薬で患者の心を治すが、宗教は教訓譚で心を癒すわけだ。
そうした、落伍者という社会のゴミを全うに戻して価値を復活させることを生業にすることで、この新宗教はこの国で活動を許されているわけだった。
しかし宗教というと、大体現れる存在がある。
それが、現人神や救世主や祝福者とも言われる、不思議な能力を持った人たち。土をパンに、水をワインに、人を石像に変えたしたりなどの、俗に奇跡と呼ばれる真似ができるひとたちだ。
政府は、その不思議な力を持つ人たちのことを、超能力の一種だと判断して、シバとシーリに調査を依頼したわけだった。
「超能力を使って信者を増やすことが詐欺にあたる、ねえ」
「あっち側は、これは奇跡だとは言っても、超能力だって言ってないんだけどね」
二人して肩をすくめ合った後で、見学者という形で宗教建物の中に入っていった。
シバとシーリが中に入ると、昼の礼拝が行われるところだった。
二人は、その礼拝に参加することになったが、信者ではないため、最後尾で見学することだけ許された。
シバとシーリの視界の中で、建物のホール内に集まった信者たちが地面に蹲るようにして礼拝を始める。
信者たちが祈る先は、ひっつめ髪で体に布を巻いた女性の像がある。その像は、十字架や剣を持っていて、足元には四角い石板が置かれている。
どういう意味の像かは、シバは知らないが、信者が一心に祈っている姿からとても重要だろうことは分かる。
小一時間ほど祈りの時間があったあとで、像の近くにいた男性の一人が立ち上がる。服装は他の人と同じだったが、この人だけ首から刺繍が入ったストールのようなものを垂らしていた。
「お集まりの皆様に、訓戒を授けましょう」
そう冒頭の挨拶の後、そのケープの人は説法を始めた。
現実の出来事と宗教書に書かれた部分とを繋げ、昔の偉い人はこうして困難を乗り越えたのだという、よくある形の宗教話。
信者たちは熱心に聞いているようだが、シバとシーリは興味が抱けずに飽きてしまっていた。
『こんなに長々と無駄なことをやっているんじゃ、この国で宗教が廃れた理由がわかるな』
『ホント。何もしてくれない像に祈ったところでなんにもならないし、時間を浪費しているだけでしょ』
拡張現実上でのメッセージのやり取りで、シバとシーリは、宗教儀式が早く終わらないかと待つ。
そうこうしている内に、ケープの人の話がしめくくりに入った。
「では最後に、わたくしが授かった神の奇跡をお見せ致しましょう。神に一心に祈れば、こうした神の手助けが得られるという証拠です」
まるでシバとシーリの内緒話を知っているかのような言葉を告げてから、ケープの人は袖を腕捲りにする。
そしてホールに集まる誰もに、手の中に何も持っていないことを示してから、信者の一人に近づく。
その信者が顔を上向かせて口を開けると、ケープの人はその顔に手をかざした。
すると、ケープの人のかざした手から液体がちょろちょろと流れ出てきて、信者の口の中に液体を落ちていく。やがて口一杯に液体が入ったところで、手から出てくる液体が止まった。
一見すると、完全に手ぶらな状態から液体をだした――無から有を生み出しているように見える。
シバはその現象を見て、眉を寄せる。
「水を操る超能力者か?」
「ところが、あの人の手から出てくるのは、液体だけじゃないんだって」
シーリの忠告を受けて改めて観察すると、ケープの人は次々に信者へ向かって手をかざし、液体だけでなく一口大のパンや小口カットの果物を生み出して与えていく。
「あの腕が機械で、中に仕込んでいるとかは?」
「見ていれば分かるけど、最終的に出てくる物の量は、腕一本分以上になるんだよ」
「全身機械って線は?」
「食べ物を出すための、冷蔵庫の身体だって言いたいの?」
「可能性は?」
「あり得ないかな。だってあの人から出ている電磁波。生身の人間とほぼ同じだよ。全身機械なら、もっと電磁波がバリバリでているもんだし」
シーリが自身の超能力――電創力の能力によって、ケープの人から強い電気の力がない――つまり機械でないことが分かったようだ。
となると、本当に生身の手から液体やパンや果物を出していることになる。
「あれが本物の力だとして、同じ力の超能力者の例はあったか?」
「データーベースに照合してみたけど、可能性があるとしたら、転送能力者かな」
「別の場所にあるものを空間跳躍させて取り寄せているのなら、たしかにあんな感じになるな」
しかしなんとなく、シバはケープの人がその能力者ではないと感じた。
シバとシーリが観察を続ける中、ケープの人は信者たちに一口分の飲み物や食べ物を出現させて配りまわり続けていた。




