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 シバとシーリが超能力詐欺を潰して回り、夜になった。

 そして夜に開かれるという、超能力詐欺案件へと向かうことになった。

 二人がやってきたのは、地下へ続く階段の先にある、酒場だ。

 レトロ感を出すためにか、出入口へ続く階段や扉の表面にも、多色のネオン管による装飾が施されている。

 扉の取手を引いて開けると、中は薄暗いフロアになっていて、太いビームのような極彩色の光が飛び回っていた。塔のように大きな黒いスピーカーからズンズンと音が出ていて、その音に押されているかのように客がダンスをフロアの真ん中で踊っている。

 シバは酒場の悪趣味な装飾に眉を顰めつつ、かけていたバイザーを外す。目に悪そうな光を見ないようにしようとしてのことだったが、バイザーを取っても目に見えるまま。

 つまるところ、この酒場にあるネオン管もビームのような光も、現実にあるもので出来ているようだ。


「無駄に金がかかってるな」


 中州の街なら、確実に拡張現実で演算したものに置き換わっている。

 そうシバは思いつつ、外していたバイザーを着け直す。薄いプラスチック板だが、ネオン管やビーム光を直接見るよりも、目に優しいだろうと判断して。

 シバはシーリと連れ立ったまま、壁際の一画にある酒場のカウンターへ。

 シバが拡張現実の決済システムを使って入場料と酒代を二人分支払うと、カウンターの内にいるバーテンダーがカクテルグラスに入った真っ赤なウェルカムドリンクを出してきた。

 二人はドリンクを受け取り口を付ける。薄っすらとだけアルコールが感じられる、人工的な甘ったるさがあるカクテル。

 この店は酒よりも音とダンスを重視していると表明するような、もしくは酔いたい酒が飲みたいのなら金を出せと言いたげな味だ。

 シバは酔いたいわけじゃないので構わなかったが、シーリは不満そうに唇を尖らせている。


「こんな度数じゃ、仕事の憂さ晴らしにもならないって」


 シーリはぶつくさと文句を言いながらも、カクテルグラスの中身をグイッと飲み干す。そして、すかさずに追加の酒を注文した。

 かなり度数の高い酒を使う、俗に淑女殺しの異名を持つ、そんなカクテルのようだ。

 そんなカクテルを当たり前のように受け取り、シーリは嬉しそうにグラスに口をつける。


「ん~。やっぱり、このぐらいの度数がなきゃ、お酒じゃないって」


 立派な酒飲みの意見に、シバは苦笑いしかできない。


「あんまり飲み過ぎるなよ。脳がバカになるぞ」

「分かってるって。でも、この程度なら潤滑剤だって」


 超能力は脳の力を用いた超常現象。

 つまり脳の活動を阻害するような薬物は天敵と言える。例えば、酒や麻薬とか。

 そのためシバは任務に支障が出ると言い、シーリはこの程度なら能力に影響はないと言い合ったわけだった。

 シバは頼むぞと思いつつ、酒場の様子を見る。

 暗がりと強いビーム光によって、目がチカチカして店の全容が把握できない。

 不便に思っていると、シーリが店内の映像を送りつけてきた。どうやら店に設置している監視カメラの映像のようだ。特殊なフィルターを使用しているのだろう、光が直撃して真っ白になるときもあるが、それ以外の時間はちゃんと店内の様子が映し出されている。


「ふむっ。居なさそうだな?」

「そうだね。情報だともうそろそろって話だったけど?」


 二人の目的は、超能力詐欺の調査だ。

 しかし酒場の様子は、音楽と踊りに興じる客ばかりで、詐欺を行っているような人は見当たらない。むしろ、カウンターで酒に口付けて踊りに参加していない、シバとシーリが浮いているように見えるほどだ。

 ここは周りに合わせて踊りに行くかと、シバは考えて前に踏み出そうとする。しかし、ふと店内の光景に気になる部分があり、足を止める。

 店内は薄暗い。その暗さの中に、白い靄のようなものを見た気がしたのだ。

 シバが目を細めて確認すると、ビーム光が空気の濃淡をハッキリと映し出してくれた。


「埃? いや、煙か?」


 その薄っすらとした煙は、店の中央に集まる形で充満していた。

 店に入った時には気付かなかった点に、シバは疑念で眉を寄せつつ、自身の口をシーリの耳元に寄せる。


「なあ。この店の中に、不審な装置とかないか?」

「耳元に息をかけるなってば。まったく、装置ね」


 シーリは顔を赤らめつつ、自身の超能力で店の中を探る。その後で、下顎に指を付けて、不思議なことを考えるような素振りをする。


「大体はごく普通の設備だけど、空調にちょっとだけ細工があるみたい。揮発性のある物質を、空調に乗せて飛ばすことが出来る感じかな?」

「物質の候補は?」

「気温で自然に蒸発するものならなんでも。でも、この程度の仕込みは、ここら辺にある酒場じゃよくあることだと思うけど?」

「よくある、だって?」

「そうそう。ちょっと気分が高揚するような薬品を空調に乗せて撒いて、購買意欲を高めたりするんだよ」


 中州の街とは違う常識に、シバは眩暈がする思いを受ける。


「そんなことして、問題にならないのか?」

「依存性とか毒性がある薬品なら問題だけど、人体に強い影響がないと判断された薬品なら合法だったはずだよ」

「……多少の仕込みを見逃しても、売買による経済活動の活性化は資本主義社会にとって益があるってことか」


 世知辛い社会の仕組みに、シバは肩をすくませる。そして自身の念動力で影響が及ぶ範囲において、通常の空気以外の気体の流入を阻止する措置を取った。


「こんな空気が悪いところ、用事がなきゃ出るところなんだが」

「あ、待って。なんか出てきたよ」


 シーリが示す先に目を向けると、出入口とは真反対の場所にステージがあった。いままで店の鞍さから見えていなかったが、いまはステージがライトアップされたことで認識できるようになっていた。

 そのステージ上には、五人組のバンドマンが立っている。彼ら彼女らが手に持っているのは、楽器をフレームだけにしたような、電子楽器だ。


『今日も楽しんでくれよ!』


 バンドマンのボーカルがマイクに向かって叫んだ後、演奏が始まった。

 放たれるロックな音楽に、店の客は踊りを強めていく。

 踊り狂い始める客に、あのノリは付き合えないと、シバは距離を置くことにした。


「超能力関係の何かが起こるかと思えば、バンドの演奏とはな」


 肩透かしだと、シバは愚痴る。

 しかしシーリが、その意見に待ったをかけてきた。


「いや、これ、超能力案件だよ」

「案件だって? どこをどう見ても超能力詐欺じゃ――ん? 『超能力案件』だと?」


 そう。シーリが言ったのは、超能力案件であって、超能力『詐欺』案件ではなかった。

 その言葉の違いにシバが首を傾げていると、シーリがバンドマンたちの情報を送ってきた。


「あのバンドマンたち、誰もが音楽企業所属の洗脳能力者だよ。ボーカルが音声で、ギターが音波で、ドラムが身振りで、ベースが目力で、他者を操る能力があるんだ」

「シーリがくれた情報によると、あの誰もがC級のようだが?」

「洗脳力が弱いから、酒を飲ませたり薬物を空調に乗せたりして、客の思考能力を鈍らせているんでしょ。かける相手の思考能力が弱くなればなるほど、洗脳はかかりやすいんだから」


 なるほど、そういうことかと、シバは納得した。

 そして同時に、この店での超能力詐欺はなかったと結論付ける。


「詐欺じゃないのに、どうして俺たちに調査依頼が回ってきたんだか」

「これは予想だけど、客からの噂から問題視されたんじゃないかな?」

「噂って、どんな?」

「店の中では熱狂していたけど、冷静に考えればどうして、あの程度の音楽でノッたのか分からない。まるで超能力で操られたみたいだって、ことじゃない?」


 シーリが言うほどに、バンドマンたちの演奏はイマイチ上手ではなかった。

 たしかに素面な状態だったら、店の客のように踊り狂えるような音楽じゃない。


「まあ、C級超能力者だからな」

「バンドの腕前と超能力の強さは関係ないとおもうけど?」


 身も蓋もないシーリの意見に、シバは態度を誤魔化すようにカクテルの残りを呷ったのだった。

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― 新着の感想 ―
つーか、この企業の創造性に大きな?マークがつく案件ですね。 こいつら、徹底的に音楽教育&改造したら洗脳力とのシナジーが深まってえげつない事になるかもしれないのに。 あまりにも残念過ぎ、株売りますね。
[一言] 場を整えての洗脳かあ 企業もあの手この手でやってますが違和感持たれて超能力を疑われるレベルってのはなんともお粗末ですねえ
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