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シバとシーリは、別の超能力詐欺案件へ向けて、街中を移動していた。
「次は、頭にかぶるだけで超能力が発現するっていう、謎の装置の調査だったか?」
「つまり、私の出番ってわけ」
シーリは、自身の電創力を用いて、機械のプログラムに干渉することができる。それと程度は低いものの、電気を使う機械部品がどのように電気で動いているのかを理解することもできる。
その二つの特徴を使えば、未知で用途が謎の機械であっても、大まかな使い方を把握することができる。
つまるところ、詐欺で用いられる謎の機械が、超能力の発言に合致しているかを判別できるというわけだ。
そうしてやってきたのは、雑居ビルの一棟。
この国にある雑居ビルとは、小人数企業がオフィスを構えるためのビルのことを言う。
詐欺案件の会場となっているのも、雑居ビルの二階のオフィス貸し用の場所。大体二十人ほどですし詰めになる程度の広さしかない、仕切りのない広いフロアだった。
シバとシーリがフロアの中に入ると、白衣を着た何人かと、背もたれを倒したゲーミング椅子に寝転ぶ数人の姿があった。更によく観察すると出入口近くの壁沿いに、丸椅子が十脚あり、その半分に座っている人たちがいた。
白衣を着た人達は、チラリとシバとシーリを見たが、すぐにゲーミング椅子に座る人の方へ顔を向け直す。ゲーミング椅子に座っている人の頭には、今回の観察対象である謎のヘッドギアがある。
シバとシーリはそうした光景を観察した後で、壁沿いに並ぶ椅子に座って待つことにした。
するとすぐに、シーリから拡張現実上でメッセージがやってきた。
『超能力開発機構にある装置と比べると、とても簡素な作りじゃない?』
シバはゴーグルを操作し、メッセージを送り返す。
『第一期の俺の体験からすると、このフロアの端から端まで機材で埋め尽くして、ようやく一人分って感じだったな』
『えっ? 私のときは、そんなに大きな装置じゃなかったような? 精々フロアの半分ぐらいじゃなかったかな?』
『第一期だからな。超能力開発に用いるものの他に、データ取り用の器材が大量にあったんだよ。どんなデータが将来に役立つか分からないってな』
『なるほど。シバの犠牲の上に、装置が洗練されていったってわけだ』
『実験動物なのは、シーリも同じだ。量産目的の実験台だっただろ』
『量産して、稀にA級を引ければ良しっていう制作時期だったんで。でもいまは、量産して稀を引くんじゃなくて、一個人にどれだけ強い超能力を発現させられるかに研究目的が移ったと聞くね』
『前に俺が戦った全身機械化人間も、機械の力でより強い超能力を発現させようとした試みだったんだろうな。失敗してF級しか生み出せなかったみたいだが』
『でも、統一した規格の身体で作ったからこそ、感応力で能力のブーストができたっていう話もあるみたいだよ?』
『……よく知っているな。極秘事項だったりしないか?』
『まあ、秘匿情報ではあるかな。極秘ではないけど』
そんなメールのやり取りの後で、話題が目の前の光景に移る。
『それで、あの装置は偽物だと思うか?』
『あのヘッドギア? うーん、十中八九は偽物だろうけど、もしかしたらって部分がないわけじゃないかな』
『どうして、そう感じる?』
『遠間からパッと感じるに、あの装置は脳に何らかの電気を与えているっぽいんだよね。その電気が脳を活性化させて、被験者に超能力を与えるってこともなくはないかなって』
『あんなモノで、超能力が発現できるって、本気で言っているのか?』
『だから万が一の可能性だってば。でも、うーん。いや、やっぱり違うのかも?』
シーリは目を瞑り、このフロアにある電子機器の情報を読み取ろうとしている。
電子機器は常に電磁波を放っている。その電磁波から機能を読めるのだろうと、シバは予想した。
『うーん、なんか違う。脳に干渉するんじゃなくて、脳の中に埋め込んでいる生体機械にアクセスしているような?』
『生体機械から脳に働きかけているってことか?』
『可能性として一番高いのは、生体機械にアクセスして、そこに蓄えられている被験者の情報を引っこ抜いている。次が、生体機械を通して脳情報の書き換えての洗脳。更に次が、超能力開発かな?』
『情報の引っこ抜きと、洗脳。その可能性の差は、どの程度だ?』
『六、四って感じ。この予想は、あの白衣の人たちが生体機械に通じていないだろうって考えからのものだから』
『もし生体機械に通じていたら、可能性は逆転すると?』
『そうだね。生体機械に詳しくてハッキング技術もあるのなら、洗脳が七割の予想になるかな』
シバはシーリの意見を見て、方針を固めることにした。
『ここに俺たちがいる意味がなくなったな。シーリの予想を報告にまとめて、政府に投げておけ』
『えっ。ヘッドギアの実物の確保、しなくていいの?』
『政府に判断させる。もしも洗脳技術があるのなら、あの白衣たちは有能ってことになるからな。下手に念動力で攻撃して傷つけたら、社会の損失になる』
『価値ある人物かもしれないから、実力行使は控えるってことね。わかった』
シーリは報告書を、すぐに書き上げて送った。
その作業を待って、シバとシーリは芝居に入る。
「長いなあ! 一人処置するのに、ニ十分もかかるのかよ。俺たちの番がくるまで一時間もかかりそうじゃねえかよ」
シバがガラの悪い無骨者を演じると、シーリは情婦のような態度になる。
「ねえ~。そんなに待ってられない~」
「そうだな。一時間も無駄な時間を過ごすのなら、もっと別の楽しいことがあるしな」
シバはシーリの肩を抱きながら椅子から立ち上がり、フロアの外へと出ていく。
そんな二人の姿に、白衣たちは目を向けていたが、それも数秒のこと。すぐに白衣たちは、視線を被験者の方へと向け直す。
その『来る者は拒まないが、去る者は追わない』という態度に、ますます詐欺とは違うんじゃないかという疑念が起こる。
これが超能力詐欺案件なら、わざわざ入ってきた獲物を取り逃したりしないだろうから。
シバとシーリはビルから出て、そしてしばらく道を歩いてから、抱き寄せていた状態から分かれた。
「なんだか不思議な様子の場所だったな」
「詐欺を行っているようじゃなかったね」
シーリの報告を受けて、政府があの白衣たちにどんな判断を下すかは分からない。
しかしシバは、いまはそんなことを気にする必要はないと、また別の超能力詐欺案件の場所へと向かうことにした。




