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マルヘッド高等専門学校は、生徒の手に価値を創る技術を身に着けさせるための学校である。
では、価値を創る技術とはなにか。
それは、作家や漫画家や芸術家などの空想を形にするクリエーター系、製品や建築物を作る設計系、プログラムを組んで新たなソフトデータを作るプログラム工学系、人間や動物に知恵を付けさせる教育系の技術を指す。
つまりシバや拡張現実上で彫像を作った生徒は、クリエーター系の学部に所属する生徒である。
そして宿題を提出する際には、作り出したものの評価を教師から受けることになる。
生徒番号一番から順に宿題が提出されていき、教師の評価に一喜一憂する姿が披露される。
先ほど拡張現実上で彫刻を作った生徒は、彫刻の出来栄えを褒められて高得点を得て、大喜びしている。
「生徒番号二十番、シバ・サエモ。提出物と、それの製造にかかった経費を提出しなさい」
「はい」
シバが宝石で作ったビーズバッグを提出した後、ゴーグルの端を叩く。拡張現実上でファイルが教師の方へ飛び、自動的に展開される。
「ふむふむ。宝石製のビーズバックとのことだが、素材の購入金額に間違いないのかね?」
「はい。ジュエリー会社に伝手がありまして、宝石をカットした後に出るクズを格安で譲ってもらって、その値段で済みました」
「ゴミを購入して、価値あるものに変えたというわけかね。ふむふむっ、資本主義たるものを良く理解している行いである。惜しむらくは、既存の作品の模倣して柄を作るのではなく、自分で柄を創造するまで行けば、満点をつけても良かった」
注意点を告げつつも、教師は好成績をシバに与えた。
その後、学部の全ての生徒の宿題が提出し終わると、教師が宣言する。
「では、この高等専門学校のパトロンの方々に、君たちの宿題をオークション形式で売却する。作品を手元に残したい者はいるかね? いるのなら挙手したまえ」
教師の質問に、生徒たちは誰一人として手を上げない。むしろ自分の作品がどれだけの値段で売れるかを期待する、ギラギラとした目つきをしている。
一方で、シバはなぜか少しだけウンザリした表情をしていた。
その表情の理由は、教室の黒板が大型モニターに変じた後、モニターに映し出された複数の顔のうちの一つを見て、さらに嫌そうな顔になったことで予想がついた。
つまるところ、シバの視線の先にいる人物――顔つきだけで巨漢の男性黒人だと分かるその人の顔を見たくなかったからだ。
そんなシバの心情を余所に、生徒の作品のオークションが開始される。
『創意工夫と初々しさのある作品ばかりで、目移りしてしまうねえ』
『才能の原石を見つけ出して、少しでも早く囲い込まねばね』
『拡張現実用のデータが多く、実物が少ないではないか……』
パトロンは口々に感想を呟いていたが、教師が生徒番号一番から作品を出品すると、すぐに値段のつり上げが開始される。
生徒の作品は、本物の芸術作品のような高値で売れるときもあれば、子供の小遣いどころか無価値と判断されてオークション札が上がらないこともあった。
シバの宝石ビーズバッグはというと、シバが嫌がった黒人男性と着飾った貴婦人が競り合い、貴婦人がそれなりの高値で落札した。
そのことにシバが安堵していると、目に着けているゴーグルに新着メールの通知が現れた。
嫌な予感がしながらも開封すると、先ほど売れたばかりのビーズバッグについての問い合わせメールだった。差出人には、あの黒人男性の名前とアドレスが書かれている。
『妻へのプレゼントにしたいから、新しい物を作って持ってこい。正しい評価で買い取ってやる』
問答無用と言いたげな文面に、シバは面倒臭いという気持ちを押し殺すのに苦労した。
学校での授業が終わり、シバは一度自室に戻ると新しいビーズバッグの制作に入った。
既に宝石はビーズの形に整えられて穴も開いている。
あとは石を選んで糸を通して模様を作り、バッグの形に布地を宛がって整えれば出来上がる。
通常では時間がかかる石に糸を通す作業だが、シバには念動力という裏技がある。
「さて、やるか」
軽く首を左右に斜めに傾かせてストレッチすると、念動力を発動。
石や道具が収めれた箱から、独りでに糸と石が幾つも飛び出し、それぞれの糸に石が入り込んでいく。
シバの頭の中に作り上げる柄は出来ているようで、まるでインクジェットプリンターで印刷するような手早さで、宝石ビーズで作られたバッグの表面柄が出来上がる。
その後、針と糸と布地が道具箱の中から浮かび上がり、宝石ビーズが布地に縫い付けられていく。
布地に針と糸が入って袋状に整えられると、金メッキのガマ口が上部に縫い付けられて、あっという間に宝石ビーズバッグが出来上がった。
「バッグも出来たし、じゃあ顔を出しに行くとするか」
シバは制服を脱いでハンガーにかけると、消臭剤を吹き付けてからクローゼットの中に仕舞う。
その後で、防弾機能のあるインナースーツの上下をつけ、防刃機能のある黒ズボンと灰色のパーカーを着て、目に無骨な軍用多目的ゴーグルをつけた。ボストンバッグも取り出し、作ったばかりの宝石ビーズバッグをその中に入れた。
「囲いの外に出るからには、これも忘れずにだな」
シバは自身の身分を証明するID情報が入っている腕輪を左につけると、玄関でコンバットブーツを履いてアパートの外に出た。
少し後に、もう一話登校するつもりです