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三人の完全機械化人間の超能力者たちが煽動して起こした、不満分子たちの反抗。
あの三人とその護衛たちについては情報が隠匿されていたこともあって、反抗は大橋で食い止められたことになっている。
国の各地で起こった警報騒動も、大部分が誤報であり、真の警報も自立ロボットの暴走として片付けられた。
こうした反抗が一日で終わったことで、企業支配区と呼ばれている中州の街は、いつも通りの日常に戻っている。
シバも朝起き、超能力増強訓練を行い、合成栄養食を食べ、学校へ向かう。
その道すがらの光景も、いつもと変わらない。
そうシバは考えていたが、それが思い違いだということを知ることになる。
シバがかけている電子ゴーグルが仮想現実上に展開された大型モニターを映し撮り、そのモニターに映されている人物が問題だった。
『あんなウゴーノシュウなんて、ざこざこだったわ。わたし様の超能力で、まとめてぽいーってしちゃったんだから』
モニターに大写しになっているのは、A級の超能力者のシェットテリア・ボーダーだ。
年若い少女が自信満々に胸を張り、インタビュアーに特徴的な口調で受け答えしている。
道行く人たちは、年配は特に、シェットテリアの小生意気な姿を微笑ましそうに見ている。
しかしシバは、このモニター映像に驚愕していた。
そして驚愕しているからこそ、シーリに連絡を入れた。
数コールして、シーリとの通信が開いた。
『あ~い~。なんですかー、シバ……』
ボサボサに乱れた髪の毛に、薄目しか開けられな眼に、少し着崩れているパジャマ。明らかな寝起き姿だった。
シバはシーリの姿を見てみぬふりをして、本題を切り出す。
「いま屋外モニターに、A級の超能力者が映っているんだが、なにか政府から情報が来てないか?」
『あ~? 超能力者が、モニターに……はいぃ!?』
ようやくシーリの意識が眠気から覚醒したようで、大慌てな態度で調べ物を始める。
『うわっ、本当にインタビュー受けてるや。政府の方も最初は知らなかったみたいだけど、企業からの事後通告で知ったみたい』
「ってことは、超能力者がいることを世間に通達するのは、企業の方針ってことか?」
『そう見て間違いないかな。いやまぁ、大橋で大立ち回りしたから、情報統制が難しくなったって考えたのかも?』
「ああ、そういえば、派手なことしてたもんな」
モニターに映るシェットテリアも、大橋での戦いでは不満分子たちや敵対車両を橋の外へと念動力でぶん投げるという荒業を行っていた。
その光景を見ていた一般人が情報を拡散したとすれば、超能力者のことが民間に知れ渡るのも仕方がない。
特に先日は、国の各地で警報が発動していた。その警報の真偽を確かめるため、本来なら情報統制に使うような情報技官すらも投入していたはず。
つまり、一般人の情報を統制する仕事が後回しになったことで、情報の拡散を止められなかったと考えれば、辻褄が合う。
シバはモニターの中で答弁するシェットテリアを見ながら、シーリに疑問をぶつける。
「ここまで広く知られたら、超能力者の扱いはどうなると思う?」
『うーん。変わらないんじゃないかな。いや、A級の超能力者はタレントとして広報されるかもだけど』
「A級の超能力者だけか?」
『A級の超能力は、とても強力だと分かりやすいからね。シバや私のような能力なんて、一般人からしてみたら、それが何ってレベルでしょ?』
実際のところ、シバは対個人かつ接近戦において無敵の能力だし、シーリも無類のハッカーだ。
二人とも有能なことは事実ではる。
だがシバは念動力で、自身から二メートルの範囲で百kgの物を持ち上げられる。この字面だけ見れば、そんな能力はボディービルダーの筋力と大佐ない。シーリの電創力も、スタンガン程度の電撃とコンピューターを意のままに操れるだけなので、スタンガンとコンピューター技術者と変わらないと言える。
そんな『現状でも替わりがある』と思われてしまえば、超能力者を大々的に宣伝する意味が薄れてしまう。
だからこそ、A級超能力者を世間の関心の矢面に立たせているのだろう
「つまりA級は華々しい舞台が用意され、B級以下の超能力者は今までと同じく裏方や汚れ仕事ってことか」
『おや? 不満だったりする? シバって、世間にチヤホヤされたいの~?』
「超能力で目立ちたくなかったから、丁度いいって思っただけだ」
『ふーん。超能力でってことは、価値を生み出す腕前の方で注目されたいわけだ』
「そりゃ、高専生だからな」
シバは雑談のしめくくりに、寝起きに対応してくれてありがとうと礼を言い、シーリとの通信を切る。切断直前、シーリが自分の格好を見て大慌てしていたようだったが、シバは気にしないことにした。
世間の事情によって、A級超能力者が表舞台に上がった。
そのことが、この後の世界にどのような影響を与えるのか。
シバは気にはなったが、考察を棚上げして、日常生活に戻っていった。
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どことも知れない、暗がり。
そこに、とある三人の姿があった。シバと戦って負けた、完全機械化人間の三人だ。
三人は暗がりの中に揺蕩いながら、勘能力者の一人の力を使って繋がり合い、暗がりでお互いの存在を認識し続けている。
どれだけの時間が経ったのかは分からないが、この三人の間に新たな存在が現れる。
それは白い紙を人の形に切り抜いたような、不思議な姿をしていた。
その存在が現れたことで、三人の超能力者たちは気付く。
この暗がりが、現実世界ではなく、拡張現実でもなく、閉じられた仮想空間なのだと。
そんな三人の気づきを知ってか知らずか、紙の人型は喋り始める。
「君たちの処遇が決まったよ。喜びたまえ。得意な能力だと認められ、実験動物に逆戻りだよ!」
人を人と思ってなく、何もかもが実験対象という口調。
研究者の前に『マッド』と付くタイプの人間の喋り口だった。
三人の超能力者は、不信感と共に口を開く。
「才能を評価しテくれてありがトう。お前たチが一度捨てた才能だケどな」
「負けれバ、こうなると分かってイた」
「だケど意外だね。暴動を起こシたんだ。処刑されルとも予想していタんだけど?」
三人からの感想と質問を受けて、紙の人型が返答する。
「我らの目が節穴だったことは認めよう。能力の強弱のみで判断することは愚かなことだったのだと。コンプやシーフキーの前例が活かせていなかったと反省しよう。そして暴動の件に関しては、むしろ表彰を送りたいほどだという意見が政府と企業からでているよ」
「「「表彰?」」」
意外な評価に、三人の困惑具合が増す。
その様子も、紙の人型には面白いようだった。
「君たちは自覚していないようだから、君たちがやったことを言語化してあげよう。君たちはね、国の中にいる不満分子や犯罪者という価値を生まない人間を集め、処刑する大義名分を引っ提げて、死刑執行者の目の前に連れてきてくれたんだ。これを感謝しなかったら、国の統治者としては失格ではないかね?」
三人にしてみたら乾坤一擲の大博打だったが、政府や企業としては不良在庫の処分と同じ程度の問題でしかなかったらしい。
そういう認識だからこそ、政府も企業も三人を殊更に強く罰しようとはしないのだろう。
感応力で繋がり合うことでF級判定の能力をB級相当まで引き上げる、という他に類のない珍しい能力を、法律の罰則で損なう必要性を感じていないのだ。
互いの陣営の認識の差に、三人が絶望する。
そんな三人の気持ちを汲み取らず、紙の人型は楽しげにする。
「さーて、君たちは大切なサンプルだ。能力が減じたり損じたりしないよう、丁重に扱わせてもらうとも。ああ、君たちが完全機械化した人間でよかった。循環液に栄養剤を注入するだけで栄養状態は完璧に保てるんだ。もちろん、食事の際には味の感覚を脳に注入してもあげよう。脳で直接味わう経験をすれば、今までの味のない食事には戻れないだろうけどねえ」
紙の人型はこれからの研究が楽しみだと笑い、三人の超能力者たちは敗者の運命を受け入れる覚悟をしたのだった。




