閑話 シーリ・シェットランドも政府の犬
シーリ・シェットランド、コードネーム『シーフキー』。
彼女もシバと同じく、政府の犬である。
シーリは、弱小とはいえどソフトウェア会社の社長令嬢でもある。
どうしてシーリが、死亡事故もあるという超能力開発に身を投じたのかというと、将来への不安感からだった。
シーリは幼い頃から聡明な少女で、自身の両親が経営する会社の寿命が長くないことを分かっていたのだ。
事実、その当時の会社は大企業から指定されるコードを打ち込むだけの、代替可能な雑多な小会社の一つでしかなかった。
大企業の気まぐれ一つで、会社は仕事を失う未来が訪れる。
その事実に、シーリは幼心にも両親の会社が頼りないと思っていた。
だからシーリは幼いながらに、自分一人でも生きていく力が必要だと考えていた。
最初はコンピュータープログラムのコードを学び、プログラムを第一言語ほどに読み取けるようになったら企業から報酬を貰ってセキュリティーホールを見つけるホワイトハッカーに。
年齢不詳でホワイトハッカーをやっていたところ、ハッカー仲間から政府と企業が合同で行っているという秘匿情報を教えられた。
それが超能力開発だった。
その情報を聞いたほとんどの人たちが、都市伝説や与太話だと笑った。なにせ、情報の配布先が孤児院やスラムの住人に向けてで、謝礼金がゼロで、募集人員が子供に限定されていたからだ。
あまりの胡散臭さに、小児性愛者が子供を釣るために作った、偽情報だと考えられたのだ。
しかしシーリは、超能力が本当に手に入るのならと興味を抱いた。
そしてハッカーの腕で情報を集め、どうやら超能力開発機構という組織があり、実際に超能力者がいるであろうことまで掴んだ。
シーリの年齢は募集人員の適応年齢の上限近かったが、問題なく応募することが出来た。
その後、両親に書置きをのこしてから、スラム近くに設けられたバス停留所にて専用バスに乗せられて、シーリは超能力開発機構に行った。
シーリは第四期に超能力開発を受けることになった。
第四期のコンセプトは、超能力者の大量生産。
三期に渡って蓄積したデータを用い、最低限の脳への改造と生体機械の移植、脳活性薬品と訓練を施すことで、超能力者の母数を増やすことで高位能力者を生み出そうとした。
結果、第四期に集められた子供たちの死亡数は少なく、大部分が超能力者になった。
しかし、最低限の超能力開発しかしていないため、作り出された大半の超能力者の能力が弱く、始めてF級――落第級と名付けられた能力者まで生まれるほどだった。
シーリが得た超能力も、スタンガン程度の力しかない電創力だったため、危うくF級にされるところだった。
だが、その弱い電気を操る力とシーリのホワイトハッカーとしての知識が融合したようで、シーリは電子機器を操る力を手に入れていた。
機械化文明華やかな昨今だけあり、シーリのこの能力は大変に有用だった。
それこそ、研究者たちが第五期の超能力開発で、シーリの超能力の再現と量産を目的に実験を行ったほどに。
ともあれ、シーリは限定的に有能な超能力を発揮したことで、C級の超能力者と認定されて、政府預かりの超能力者となった。
シーリの電子機器を操る能力は、色々な方面で求められている。
そのため、シバよりも多くの政府案件が舞い込んでくる。
「あー! 仕事が終わんない!」
シーリがいま受けているのは、三件の調査任務。三件とも、犯罪者や犯罪組織の実態調査だ。
今の時代は、機械化文明が隆盛している。監視カメラはどこにでもあるし、脳の中にインターネットに意識を繋ぐ生体機械を入れている人も多い。
それらカメラや人の目から得られる映像を、シーリは超能力と高性能コンピューターでハッキングして収集しているわけである。
シーリの能力の情報を持つ政府や大企業はハッキングの対応をしているが、情報を持たない中小企業や個人や犯罪組織などは対応していないため、情報が取り放題だ。
しかし情報が取り放題だからこそ、取った情報に後付けや裏付けを行っていくと、その作業量が膨大になってしまうのだ。
「犯罪組織なら、叩き潰せばいいじゃん! 資本主義社会に有用かもしれないからって、どんな人物がどんな仕事で金を稼いでいるか調べてくれって、アホなの!」
犯罪組織であっても価値を生み出しているのならば存在を認めるという意見が、政府と企業の考えだ。
犯罪組織がやっていることで価値を生んでいる行動ってなにがあるんだという考えが、シーリの意見である。
「家族構成とか、被害者の取りまとめとか、帳簿や裏帳簿の複製とか、やる事多いんだって!!」
喚くシーリの周囲には、眠気覚まし用の錠剤の包装が転がっている。作業量に対する締め切りが短かすぎるのだ。
「政府の任務だけじゃなくて、会社の仕事だってあるのにいぃ!」
シーリの会社は、自作のソフトウェアの発売を始めた。昨今のソフトウェアは作って終わりではなく、順次アップデートを行うもの。そのアップデート内容は社員に任せてはいるものの、そのチェックはシーリの役目になっている。シーリの能力なら、プログラムのバグの撲滅などが簡単に行えるからだ。
有能な者に仕事が多く舞い込むことは世の常ではある。
シーリもそう分かっているものの、ついつい自身が超能力を身に着けたことを嘆いてしまう。
「あー、もう! 自立できるだけの力は手に入ったけど、仕事で忙殺されそうなのは予想外だってば!」
シーリは鬱憤を大声で追い出してから、疲労軽減錠剤を飲むと黙々と仕事をしだした。
拡張現実上で展開される各種プログラムのモニターが複数現れては、やるべき仕事を終えて閉じ消える。その一挙動で、犯罪組織の幹部の全てのデータが収集し終わっている。
その後も、犯罪組織の構成員のデータや、犯罪組織が行っている仕事についてをまとめていく。
能力の長時間使用で、シーリに頭痛が起き、使用しているコンピューターが熱暴走一歩手前になった頃、依頼された項目を全て終えることができた。
「んあーー! 終わったー! でもー、会社のプログラムチェックがマダー!!」
シーリが嫌がる態度で、コンピューターから手を離す。高負荷の仕事が休憩に入ったことで、コンピューターが排熱に全力を出し始める。
シーリも一時休憩をしようと立ち上がり、低負荷のスクワットを始める。
「運動しないと痩せない。運動しないと痩せない」
シーリは毎日時間があれば、低負荷の筋トレをしている。シーリの体質上、これが筋肉量を育てないまま摂取カロリーを燃やすのに最適な運動だからだ。
そしてなぜ体型を維持しようとしているのかというと、シーリの乙女心が関係している。
「――また政府から依頼が、って、シバとの共同任務依頼! やるやる! もうシバったら、私がいないと、電子ロックのゲートが潜れないんだから」
シーリは急に気分が上向きになると、鼻歌混じりにコンピューターに手を伸ばし、会社のプログラムチェックの仕事をぱぱっと終わらせてしまった。
「任務は明日だし、ちゃんと身体を磨いて、寝て、バッチリメイクして、会いに行かないと♪」
シーリは軽くスキップしながら職場を後にし、何日かぶりになる自分のベッドでぐっすりと熟睡したのだった。




