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シバにとって、嫌な任務というものは幾つかある。
自身の念動力を越える相手と戦わなければいけない任務や、遠出が必要な任務とか、翌日が高等専門学校の学期テストがある日の任務だったりだ。
そして特に嫌だと感じている任務は、親しくない超能力者と組まされて行う任務だ。
「…………」
「…………」
シバともう一人の超能力者は、お互いに黙ったまま並んで立っている。
互いに無視しているわけではない。むしろ双方共に意識している。
シバは苦手意識を向けていて、もう一人の超能力者は敵愾心を向けている。
どうして二人がそんな態度かというと、そのもう一人の超能力者という人物が、社会科見学で出会ったあの念動力者の少女だったからだ。
「…………」
「…………」
今回のシバの任務は、この少女の護衛だ。
そして少女は、所属する企業から、とある施設の破壊を命じられている。
どうしてそんな命令が行われたかというとだ。
その施設では、次世代戦車やパワードスーツなどの機械兵器の製造を行っていた。だが、それら兵器を国内外に横流しして得た不正な利益を、上部組織の企業に報告せずに着服していたのだという。その施設の帳簿の内容に不審を感じた企業が捜査した後に指摘したところ、逆ギレして製品を使って武装蜂起を起こした。言葉ではなく武力による交渉を行おうとした時点で、この施設および職員たちをテロリストに認定。速やかな排除こそが、社会の利益を護ることに繋がると判断された。
こうして最少人数で最大の利益を得るため、シバと少女が派遣されたわけだった。
「…………」
「…………」
現場に移動してから、シバと少女はお互いに無言を貫き通していた。しかし二人とも、このままでは任務に支障が出ることも分かっていた。
どちらが先に態度を改めるかが問題にしていたが、先にシバが態度を改めると決めた。
「コードネーム、コンバット・プルーフだ。よろしく頼む」
シバの端的な挨拶に、少女は驚いた様子で目を見開いてから口元をニヤリと歪める。
「シェットテリア・ボーダーよ。今回のお仕事の主体は、わたし様だからね。そこんところ分かってるぅ?」
シバが譲歩したことを、シバがシェットテリアと名乗った少女の下に付く宣言だと思ったのか、急に態度が横柄になった。
シバは言い返すことなく、シェットテリアをじっと見つめる。
「なによ。C級のザコザコ超能力者のクセに、その目は何よ」
シバは何も言わず、じっと見つめ続ける。
シェットテリアは段々と居心地悪さを感じてきたのだろう、自尊心マシマシな態度から、段々と意気が落ちていく。
「ちょ、ちょっと。なにか言いなさいって。無言でいられると、怖い」
シバは百八十cm越えの身体で、シェットテリアは百三十cmメートルほどの背丈。五十cmも上から黙って見下ろされると、それだけで圧が強い。
そしてシェットテリアは、強力な超能力者とはいえ、シバより若い少女だ。大柄な男性に威圧されれば、怖がってしかるべき。しかも威圧してくる相手が前に一度自身の念動力を振り切って逃げた存在なため、自身の超能力を背景にした強い態度を維持し難い。
シェットテリアの態度はどんどんと気弱なものになり、やがてぽつりと言葉を口にする。
「態度が悪かったわ。ごめんなさい」
「謝罪を受け入れる。こちらこそ、威圧して悪かった」
互いに謝罪をしあうことで、一応の決着をつけてから、二人して目標である施設へ目を向ける。
国内外に輸送がしやすいようにと、海岸地帯に作られた兵器工場。上役企業に反旗を翻したからか、色々な兵器が工場の各場所を守っている。
シバは、自分単独ならどう攻め込むかを考えつつ、シェットテリアに質問する。
「主体はそっちというからには、勝算があるんだよな?」
「勝算ってほどのことじゃないわ。ただ単に、ここから施設を潰すだけ。わたし様の実力、見せてあげるんだから」
シェットテリアは長い緑髪の内側に手を入れ、自身の後ろ首にある機械に指を当てた。すると機械からファンが回るような音が出始めた。
その直後から、シェットテリアの周囲の空気が変わった。
シバが感じ取ったことでは、シェットテリアの念動力が周囲に影響を与え始めたのだと分かる。
「その首の装置は、超能力をブーストする補助具か?」
「最新式のね。C級のアンタには、ぜーったいに貰えないでしょ」
「貰うも何も、俺は補助具が使用できない決まりなんだが?」
「……えっ。機械補助なしの素の状態で、こんな危険な仕事しているの?」
「機械を一切介在させない状態での超能力開発のモデルケースだからな、俺は」
「そうなんだ。へー。研究員の気まぐれで作られた実験動物だから、C級のザコザコなんだー」
口をつけば悪態のシェットテリアに、シバは肩をすくめる。
「俺の背景など、どうでもいいだろ。さっさと仕事を済ませてくれ。俺は学生で、明日は登校日なんだ」
「なにそれ。C級のザコザコちゃんは、学校の成績を気にしているのー? ぷー、くすくす」
機械の補助で超能力が強まっているからか、シェットテリアの態度が再び悪くなってきた。
シバは、相手することが面倒くさいなと思いつつ、シェットテリアの視線を工場の方へと向けさせた。
「ほら。さっさと仕事しろ」
「ちぇー。ちょっとはわたし様に付き合ってくれたっていいじゃんかー」
シェットテリアは、つまんないと感想を呟いてから、工場の方へ両手を伸ばした。
最初、なにも工場に変化が内容に見えた。
しかし時間を置くごとに、段々と工場に異常が現れ始めた。
パワードスーツを着ている人物が転び始め、積まれた金属ゴミが崩れ続けるようになり、細い配管が外れて内容液が漏れてくる。
さらに時間が過ぎると、止まっていた装甲車が傾いで横転し、高い煙突が途中で折れて崩れ、建物の壁面が崩落し始める。
工場全体が時間と共に崩れていく姿に、シバは感心した声をだす。
「この距離から、工場のまるごとに、念動力をかけているのか。即効性はないようだが、凄い力だな」
「ふっふーん。そうやって、わたし様の褒めればいいのよ。よーし、もっと頑張っちゃおうかなー」
シェットテリアはニマニマと笑うと、さらに念動力を強めた。
工場の崩壊が加速し始め、ここでようやく工場内の人たちが何かしらの攻撃を受けているのだと察したようだ。工場からけたたましいサイレンが響き、屋内に格納していた兵器たちが外に出てきた。
その数だけみれば、一個師団級の戦力。
しかしシェットテリアは慌てなかった。
「どれだけザコザコが来たって、わたし様の力の前じゃ無力なんだから」
シェットテリアは、前へと伸ばしていた手を動かしていく。シェットテリアの視界から見ると、両手の内に工場が収まっているような光景だ。
その状態で、シェットテリアは両手を合わせるように近づけていく。
すると工場の端にある外壁が盛大に崩れた。そして崩れた壁が、ずりずりと音を立てながら工場の中央に向かって進んでいく。その壁の破片が建物に設置した瞬間、その建物も横から潰されるように崩落していく。
その光景は、あたかも見えない巨大な手が工場にある全てのものを真ん中に集めようとしているかのよう。
シバは異様な光景を目にして、流石はA級の念動力者だなと感心していた。そして、このまま付き添いだけで終わって欲しいなという願望も抱く。
しかし現実は、シバの不労動を容認しなかった。
工場内の誰かが、シェットテリアとシバの存在を知ったのだろう。そして工場の異常が、この見知らぬ二人の所為だと考えたらしい。
工場の敷地内から、銃弾や砲弾やミサイルが飛び、二人へと殺到する。
「ま、抵抗するよな」
シバはシェットテリアを小脇に抱えると、超能力を発揮。
最初に届いた水平弾を念動力で弾き、工場からくる携行ミサイルへと撃ち返す。砲弾は別の砲弾へと弾き飛ばしつつ、余裕があれば発射した相手にも跳ね返した。
弾丸やミサイルを弾き続けるシバに、シェットテリアは目を丸くする。
「ちょっと、C級のザコザコじゃなかったの!? どうしてそんなことできるわけ!?」
「弾丸も砲弾も、俺の操作可能な重量以内だからだ。ミサイルは重量的に怪しいから、弾丸や砲弾で撃ち落としているだけだ」
「だから、どうやって高速で飛んでくるものに、そうやって的確に念動力を当てられるかってきいているんだけど!?」
「どうやってって、できるからとしか言えないぞ。そっちだって、どうやってそれほどの範囲と重量を操れるか、言語化できるのか?」
「それは――できない、かな?」
超能力とは感覚を主とする能力なため、自身がどうやって超能力を使っているかの説明が難しい。
例えを出そう。野球でバットでボールを打つ際、言葉にすればバットを振ってボールに当てるだけと表現できる。しかし実際は、ボールの軌跡と回転具合を把握し、バットをコントロールして予想したボールの到達位置へ向けて振る。こうした複雑な行程を経てバットでボールを打つことができるのだが、大部分の行動が感覚で行われているため、無自覚な部分も多い。
超能力の場合は、この感覚的な部分が更に大きく、同じ念動力者が説明し合っても能力の向上が図れないという研究結果もあるほど。
それこそ方法を教えてもらって能力が強まるのなら、シバは朝晩に地道な能力向上訓練は意味がないだろう。
機械的な補助で超能力が強まっているのだって、機械的な観測を得るものだったり、脳で行う演算の肩代わりをするだけで、実質的には超能力者の実力を完全に発揮させるものであって、C級能力をA級に引き上げるという類の機械ではない。
ともあれ、シェットテリアが念動力で工場とその中にいる兵器と人員をすり潰し、シバが飛んでくる武器から身を守ることで、任務は達成となった。
すっかりガレキとオイルに引火した火だけになった工場跡を見つつ、シェットテリアが口を開く。
「今日みたいに、次回のわたし様の仕事もコンバット・プルーフに手伝わせてあげてもいいわ」
上機嫌なシェットテリアに、シバは冷や水を書けるような言葉を投げつける。
「いやいや。シェットテリアにくる仕事で、俺に手伝えそうなものって早々ないだろ。そっちは遠くから巨大な物体を操ることに向いていて、俺は近距離で軽い者を操ることに向いている。それこそ今回のように、俺が盾役になるような仕事じゃない限りな」
「……ふんっ! それもそうだったわ! C級のザコザコと組もうだなんて、わたし様らしくなく気が迷ったのだわ! コンバット・プルーフなんてC級のザコザーコ!」
なぜか怒りだしたことに、シバは何だ急にと呆れる。
「真っ当な意見だろうが、怒るなよ。あと、俺のコードネームって長いから、コンプって略していいぞ」
「えっ、なにー? わたし様にあだ名で呼ばれたいってことー? ふーん、どうしようかなー」
「他の奴も、そう呼んでるってだけの話なんだが?」
「むきー! オトメ心を弄んだなー! コンプのキチク! ザコザコ! スケコマシ!」
「……意味分かって言っているのか?」
シェットテリアが怒り続けるので、仕方なくシバが任務完了の報せを送り、輸送機を呼ぶことにしたのだった。




