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 シバは政府の犬だ。そして、この国の政府は色々な企業から厄介事を頼まれる立場にある。

 政府は、それらの厄介事を政府職員に的確に割り振ることで、企業の御機嫌をとっていた。

 シバは限定環境下に限れば強力な念動力者だ。与えられる任務は、念動力を使用して解決するものが多い。

 しかし予想外な任務が来ることもある。

 学業を終え、夜の超能力向上訓練も終えて、後は寝るだけ。

 その時間にやってきた政府からのメールの内容も、通常では回ってこないような任務だった。


「はぁ? 俺にスポーツカーのテストドライバーをやれって?」


 シバがメールの内容を見て驚愕したのも、無理ない事。

 なにせシバは、囲いの中で若者らしく、車を運転するための免許を持っていない。車なんて所有しなくても、無料の公共交通機関があるため遠出することも楽だし、買い物だって無人配達機があるため実店舗へ移動することもない。

 そんな環境なので、車を持ちたいと思う人は、車の存在自体が好きだったり、車が生み出すスピードを愛しているかだ。

 そしてシバは、そのどちらでもない。


「ズブの素人にテストドライバーって、どういうことだ?」


 シバは疑問に思いつつも、任務だと示されたからには、政府の犬として拒否できなかった。



 翌日、シバは車製造業を主とする大企業の、テストコースへやってきた。

 シバが身分を明かして連絡したところ、すぐにスポーツカーのテストをするように求められた。

 シバは着てきた私服のまま、モザイクドットカラーの塗装の車に乗り込むことになった。そして車の中で指示を聞くための、インカムをつけた。


『指示は仮想現実上で出す。その指示に従って車を運転してくれ』

「了解だ」


 シバは多目的軍用ゴーグルを目に着けると、仮想現実上に映される指示のポップに従って、車を発進させる。そうして車を動かしてすぐに違和感があった。

 シバは眉を寄せると、インカムに向かって声を放つ。


「なあ。なんか微妙に、勝手に動いていないか?」


 ハンドルを回し、アクセルやブレーキを踏む。それらの動作において、変に抵抗があったり、逆にするすると動いたりと、手応えと足応えが変だった。

 その点について問いかけると、インカムの向こうにいる、この車の技術者らしき人物から返答があった。


『現在その車では、AIアシストを入れているんですよ。乗車経験の少ない方でも、安全に道路を交通できるようにしてあるんです』

「……AIの助けがあるなら、そもそもAI制御で車を動かせば良いんじゃないのか?」

『その車はスポーツカーです。そしてスポーツカーを望むお客様は、自分の手で車を操りたいと思う方が多いんですよ。だからAIは道路走行の最適解を示しつつも、運転の主導権は運転手あることを、コンセプトにしているんです』

「そういう事情なら、運転素人の俺じゃなくて、スポーツカー好きの客に試乗させた方が良かったんじゃないか?」

『逆ですよ。運転に興味のない方に、スポーツカーの魅力を知っていただく。AIの補助で安全を確保し、自分の手で車を操る快感を覚えて欲しいんです』


 会話を続けながら、シバはゴーグルに映る指示に従って、車を操っていく。意識して指示通りに的確なコースと速度を維持し続けると、変なハンドルやアクセルの抵抗は起こらなかった。


「なるほどな。AI補助で運転者の運転技術を向上させることで、交通の安全と車で走る楽しさを感じさせようってわけか」

『どうです? 楽しくなってきませんか?』

「まあな。俺としては、これほどの重量があるものを意のままに操るって感覚が、なかなかに面白いな」


 車の重量は、およそで一トン。シバが念動力で操れる限界重量の百倍だ。

 その高重量の物質が、エンジンにハンドルとアクセルという補助具はあったとしても、意のままに動く感覚は日常生活では得難いものだ。

 シバはコースを一周した後で、車の出来栄えを感じて、首を傾げる。


「俺がテストドライブする必要がないほど、AIの補助は的確なように感じるが?」

『そうですね。低速度帯ならば問題がないことは、こちらも把握しているんです』


 インカムを通しての声に、シバは嫌な予感がした。


「もしかして、速度を上げなきゃいけないのか?」

『段階的に上げていただけたらなと。現在は時速六十kmですので、時速八十kmに。それが済んだら、百、百二十、百三十と上げて欲しいですね』

「俺は運転の素人なんだが?」

『素人の手腕でも安全だと証明するために必要な行程ですので』

「運転の安全性を確かめる作業には、人型ロボットを使うと記憶していたが?」

『ロボットでは決められた動きしかできませんし、遠隔操作の場合だとマイクロ秒単位ではあるものの遅延が発生しますので』


 詳しいデータ取りには、人間が乗って運転するしかないのだという。

 特に今回の車は、運転素人に買ってもらうためのスポーツカーというコンセプトなので、テストドライバーに素人を乗せないと有効なデータが取れないのだという。


「事情は分かったが、どうして政府に仲介を頼んだんだ。大企業なら、運転素人を連れてくることなんて造作もないだろ?」

『大事故が起きそうになった際に、確実に無傷で脱出できる人材を求めたら、貴方が来たのですよ。無事に脱出、出来ますよね?』


 テスト段階とはいえ、ドライバーが怪我をしてしまったら、素人でも乗れるスポーツカーという安全を売りにするコンセプトに陰りが生まれてしまう。

 そんな事態を起こさないために、シバが選ばれたらしい。


「……まあ、脱出する際に車を壊してもいいのなら、できなくもないが?」


 車は一トンの重量があるが、ドア一枚だけなら百kgもない。緊急時に念動力でドアを吹っ飛ばし、自身も念動力で脱出すれば、無傷で済ませることはできるだろう。

 そういった予想を伝えると、了承が返ってきた。


『テスト車は壊れることも前提にしてますから、安全に脱出できるようなら、早速高速走行に以降して頂きたいんですが』


 シバは、これも任務だと自分自身を説得し、車のアクセルを踏み込んだ。

 ぐんっと車の速度が上がると、ゴーグルに映される運転指示にも変化が現れる。

 コースの進入角度や、ブレーキ位置に再加速する地点など、低速度の頃よりも項目が増えている。

 シバはざっと内容を確認すると、指示に従うように運転する。

 しかし運転素人だけあり、指示を全てこなすことはできない。

 AI補助が働き、安全マージンがギリギリな走行で、シバが乗る車は最初のコーナーを通過した。

 その後も、シバが運転に慣れるまで、かろうじて安全運転と言えなくもない軌道で車がコースを周回していく。


『時速百kmまではクリアですね。では、もっと速度を上げてください』


 シバが指示を受けてアクセルを踏むと、ゴーグルに新たな指示が現れる。運転技量が足りていないため、この速度帯は推奨できないという文字が現れた。


『その指示は無視してください。運転素人の方が運転に小慣れてきて、この指示を無視するであろうという想定で、テストして欲しいんです』

「わかった。速度を上げる」


 シバはアクセルをより踏み込み、直線時速が百二十kmに至るように調整する。

 コース走行で現れる指示が、毎秒事に更新される。もう運転素人のシバでは対応できない。それでも真面目に指示をこなしていき、AI補助も入ることで、どうにか車がコースアウトすることがなく済んでいる。

 だがあるとき、シバが指示を見誤り、運転操作をミスした。AI補助が可能な閾値の外だったのか、車の制御が狂う。


「くっ!」


 シバはゴーグルに映る復帰手順に従い、ハンドルを動かして車の体勢を復帰させようとするが、その際に起こったハンドルの挙動が変だった。抵抗があったと思ったら、急に抵抗が抜けて、また抵抗が走り、また抵抗が抜けてと、ハンドル操作の邪魔しかしない手応えになる。

 異変はハンドルだけに留まらず、アクセルを踏む位置は同じのはずなのに、エンジンが大唸りしたかと思えば、エンストを起こしたのかと思うほど急に静かになったりする。

 そうした異変の後、ゴーグルに出た指示は『衝突に備えて』というもの。

 シバがフロントガラスの向こうを見ると、コースの壁際にあるタイヤの塔が目前に迫っていた。


「脱出する」


 シバは言葉を口にしている最中に、念動力を発揮。運転席横のドアを吹っ飛ばし、シートベルトの留め具を破壊する。その直後、自分自身の身体を開いたドアから弾き飛ばすようにして脱出した。

 シバが脱出した後、試作スポーツカーはタイヤの塔に激突し、勢いを少し減じたものの、コースの壁に激しく当たった。激突直後に跳ね返されて、車体が前後を入れ替えるように反転し、再び壁に激突した。

 その衝突の間も、スポーツカーは不思議な挙動をしていた。エンジンが唸り、ブレーキの音が響き、車体が右左にと動く。

 スポーツカーが完全に止まったのは、二度目に壁に激突した後に少し前に前進してからだった。

 一連の挙動を見て、シバは顔を顰めつつインカムに声を送る。


「制御を失ってからの挙動が、運転者の邪魔にしかなってなかったんだが? あと俺が脱出した後、AIが勝手に車を動かしている感じがあったんだが?」

『ちょっと待ってください。この事故で得られたデータの検証をしていますので』


 しばらく沈黙が続いた後、そのデータがどういうものかの報告が来た。


『どうやら復帰手順とAI補助に齟齬があったみたいです。復帰手順は素人でもできる最低限安全が確保できる方法でしたが、AI補助は挙動を復帰して走行に戻るためのものになっていたようです』

「そのチグハグさで、車体の制御がとれなくなったと?」

『AIに事故の経験も積ませたんですが、その操作はテストドライバーにやらせてたんですよね。なのでAIは本当の素人が事故の際にどういう挙動をするか、という情報の蓄積が乏しかったみたいで』

「つまり問題は見つかったから、俺の任務は終了ってことでいいのか?」


 シバが確認すると、インカムからは申し訳なさそうな声がやってきた。


『目的は達成してはいますが、その、完全な素人の予想できない挙動をAIに学ばせる必要がありまして。そのためには、AI補助を切った状態で車を運転していただく必要があってですね』

「運転素人かつ、AI補助を切った車が不意な操作で暴走しても確実に脱出できる人材がここにいるから、有効活用したいと?」

『はい。できれば、このまま運転を継続していただけるとー』

「話は分かったが、車はどうする。あれはもう廃車だろ?」


 シバがコースの壁にぶつかって白煙をあげている車を見て言うと、インカムからは心配いらないという声がきた。


『こんなこともあろうとかと、テストカーは複数台用意してあるんです。あと、あの車も事故の貴重なサンプルとしてデータ取りしますので』

「……分かった。だが、これは追加任務だからな。俺の上役と話はつけてくれよ」

『良かった。政府の方との話は――はい、今つきましたので、心置きなく車を運転してくださればと』


 会話をしている間に、コース内をレッカー車が走ってきて、シバの前に新たなスポーツカーを置いた。そして空になった荷台に事故車を乗せて走り去っていった。

 シバは肩をすくめると、新車に乗り込み、運転を再開した。

 素人が車で起こす事故を実現するため、シバは無謀運転上等でスポーツカーを運転した。

 結果、スポーツカーを四台も廃車にしたが、貴重な事故データであると依頼主のウケは上々だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 1トンは千キロなのでシバの能力限界の10倍ではないでしょうか。
[一言] ある意味で天職な感じもしますが運転に慣れたら向こうの求める完全な素人の挙動じゃあなくなるしなあ
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