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超能力者の少女はシバを見て、ニンマリと笑った。
「あー! その子、わたし様が報告した超能力者じゃん。なになに、捕獲でもするの?」
興味津々と言った感じで質問している間に、武装した会社員たちの数人がシバと少女の間に立ち位置を変更。
少女をガードしている様子をみるに、この企業にとって少女の価値は会社員たちよりも上のようだ。
シバは警戒を強めつつ、戦う意思はないと示すために、両手を上げる。
「なにか勘違いされている。俺は怪しいものじゃない」
シバが自分の身分を示す、学生としての表と政府の犬としての裏のIDの両方を提示して、この場にいる全員に送付した。
シバの身元が分かれば相手は引くという判断での行動だったが、これが悪手だった。
「へ~。高専生と政府の犬の二足の草鞋を履いているわけ。で、政府に言われて、この企業の弱みでも探りにきたのかな?」
少女の言葉は、この場にいる会社員たちと同じなのだろう、より一層警戒が強まってしまった。
シバは思わず汚い言葉が口から出そうになったが、これ以上の関係悪化を避けるために必死に押し止めた。
「俺はマルヘッド高等専門学校の生徒なんだよ。そして学校の社会科見学は、余程の理由がない限り強制参加なんだよ。政府の任務で来たわけじゃない」
「ふーん、そうなんだ。ま、信用しないけどね」
少女はニンマリと笑ったまま、指招きをする。
シバが近寄れってことかと行動の意味を読んだ次の瞬間、シバの目元にあるバイザーが一人でに顔から外れた。そしてバイザーはそのまま人が歩く程度のゆっくりな動きで、少女の方へと移動していった。
少女はバイザーを手に取ると、迷うことなく目に装着した。
「どれどれー。ふむふむ、身分は両方とも真実ね。デバイス内に保存されたデータに、ウチの企業に悪影響がありそうなものはなし。直近のデータの送受信の履歴にも怪しい点はなし……本当に学校行事に参加しただけなの?」
「さっきからそう言っているだろう」
「うーん……ねえ、あなたって政府の犬だったよね。本当にCランクの超能力者?」
「どういう意味だ?」
「いやさ。超能力者同士だと、なんとなーくわかるでしょ。その人が持つ超能力の強さって感じの。わたし様が感じたあなたの力って、放置していい感じじゃないと直感していたんだけど?」
少女の言葉は正しい。
相手がお互いに超能力者だった場合、自分の力が通用しそうかしなさそうかを直感的に判断できることが多い。
普通の人が、料理の量をみて食べきれそうか否かを、荷物の重さを手で感じて運べそうか否かを感じ取る。それに近い感覚でわかるのだ。
もちろん直感なので、感覚と現実の解離が起きたりもする。
しかしシバを始めとする超能力者たちは、自身の庁能力を使用する際に、その感覚を重要視している。なぜなら自身の能力が通用しないと直感している相手に無理をしても、超能力が通用することはないからだ。
シバが朝の起き抜けに超能力の訓練を日課にしていても、一日で急に一kgや一メートルも扱える重量や距離が増えたりはしないように。
とにもかくにも、超能力者の少女の直感は、シバは侮れない相手だと判断したのだ。
その直感を会社員たちも信じ、シバを強力な敵と判断して無力化ないし殺害しようとしているわけだ。
シバはいまの状況を理解して、両手を上げながら肩をすくめる。
「それで、俺にどうしろと? 捕まる気も、殺される気もないが?」
「気付いてないのかな~? もう、わたし様の掌の中に入るって事実にね」
シバが眉を顰めるつつ、自分の状況を再確認する。
周囲にいる会社員たちが銃口を向けたままだが、先ほど電気銃を無力化した光景を見れば、銃がシバ相手に有用だとは思わないはずだ。
ならそれ以外の状況が、シバの身に起こっているということになる。
どういう事かと考えながら、シバは同じ体勢を撮り続けて疲れてきたので、身じろぎする。
その軽く身体を動かしたところで、違和感に襲われた。
シバが感じたのは、体勢を動かそうとしたときに受けた、異様な圧迫感だった
「俺の周囲ごと、念動力で包んでいるのか!?」
「正~解~♪ どう、動けないでしょ?」
ニンマリと笑いながらの少女の言葉を聞いて、周囲の会社員たちが動き出す。銃をシバに向けたまま、ジリジリと包囲の輪を狭めてくる。少女が念動力でシバを拘束している間に、身柄を確保しようとしているようだ。
シバは状況を的確に見抜きつつ、少女に声をかける。
「俺は敵対する気はないって言っているよな。それに、この企業の秘部を知ったわけでもない。拘束されるいわれはないが?」
「政府の犬が粋がるじゃない。でも、ダーメ。スパイだと思った相手は、逮捕するか始末するかしかないわけよ。捕まってくれたら、詳しい取り調べのあとで、開放してあげなくもないかもよ?」
「あやふやな未来予報図を、どうもありがとう。余計に従う気が起きなくなったんだが?」
「それは、ご愁傷様。でも抵抗できるの?」
「してやっても良いが、ルールを決めないか」
「ルールって?」
「俺がこのビルの敷地から逃げ切ったら、スパイ疑惑も逃げる際に犯した罪も、無罪放免。以後、それらの権について一切の追求をしないって」
「捕まった場合は?」
「どうにでもしてくれていい。拷問の練習やら実験材料に使うでもな」
「へぇ~。言うじゃない。C級超能力者が、A級超能力者のわたし様に対して、よく言ったわ」
乗り気の少女の態度に、シバは安堵する。それと同時に、新たな疑問も湧いた。
「A級の念動力者ってことは、少し前に飛行機に乗って大岩を巨大な人工生物に落としたりしたか?」
「あれ、よく知っているね。って、そうか。あの時、地上で人工生物の注意を引く役目のよわよわ超能力者って、あなたのことだったわけね」
「事実、人工生物を倒せてないから、その『よわよわ』って評価は当たっているな」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、ちょっと遊びに付き合ってあげてもいいかな~?」
少女はニンマリ笑顔を続けながら、掌をシバの方に向けてから、掌を握り込むような仕草をした。
直後、シバの周囲の空気が圧力を増して身体を拘束してきた。
「その状態から抜け出せたうえに、敷地から逃げ延びたら、無罪放免でいいよ」
「ぐっ……二言は、ないな?」
「ないない。皆も、彼が逃げきれたら、恨みっこなしね」
少女の能力を絶対視しているのか、会社員たちの間に『仕方がないな』といった我が侭を聞き入れる空気が流れている。
シバはこの状況を見て、同意に達したと判断した。
「そういうことなら、全力を出させてもらう」
シバは言いながら、自身の念動力を最大稼働させる。
自身の周囲を包む圧力を、自身の念動力を使用して跳ね除ける。目に見えない圧力の正体は、少女が念動力で空気を押し固めたものだ。その空気の重量が百kg以内であるなら、シバが操れない道理はない。
シバが拘束から抜け出たことが、少女は自身の超能力の感覚で理解したようだ。
「なんで!?」
その驚愕した顔に向かって、シバは自身の身体を念動力で急加速させる。その速度は、まるで弓で放たれた矢のようだ。
停止状態から急加速したシバに、会社員たちが拳銃を放ってくる。しかし同士討ちを避けるために、とれる射線は限定的。仮に命中コースを辿る弾丸があっても、数十グラムの弾丸なら、その軽さからシバの超能力で防ぐことが可能だ。
高速移動するシバに向かって、少女は咄嗟に念動力を放つ。
「止まって!」
シバを中心に半径10メートル圏内にある全てのものが、その空間の中心点に向かって車が走る速さで集結を始める。椅子も机も会社員たちもカーペットや床材も区別なく。
念動力が影響を及ぼせる距離、範囲、重量どれをとってもシバの上を行く。流石はA級超能力者だ。
しかし物体に与えられる速度に関してだけは、シバの方が上手だった。
シバはその速さで少女の能力範囲から離脱し、進路上にいる会社員の横を通り抜け、少女の眼前にまで接近し終える。
シバは高専生とはいえ、程よく鍛えられた百八十cmを越える身体を持つ男性だ。その圧力は、身体の小さな少女を驚かせるに十分な迫力があった。
「ひゃっ!?」
シバと少女の距離は、二メートルもない。そして、少女の見た目から推測できる体重は百kgもない。
つまり、シバが超能力で少女を滅茶苦茶にすることが可能な状況だ。
しかしシバは、少女が目に着けている、シバのバイザーを奪い取るだけに済ませた。
「返してもらうぜ。そして、さらばだ」
シバは手にしたバイザーを目に着けると、自身の念動力で自分自身をビルの窓へと吹っ飛ばす。
あわや外と内を隔てる大判ガラスの中央と衝突というところで、シバが窓に手を当てると、バリンと音を立ててガラスが粉みじんになった。ガラス一枚の重量が百kg未満だったため、シバの超能力が通用したのだ。
バラバラとガラス片が宙を舞い散る中を、シバは念動力でもって空中飛翔する。
通路外の敷地を通行するシバに、ビルの警備設備が反応。各種警備ロボットやセントリーガンがシバに狙いをつけて、備わった銃器を発射する。
大企業を護るロボットとセントリーガンは流石で、高速飛翔中のシバに的確に銃弾を当ててくる。しかし、前述したとおりに、弾丸1発は数十グラムが精々の重量でしかない。シバの超能力の前に、命中弾は弾き飛ばされてしまう。
そうしてシバは悠々と空中を進んで、大企業の敷地から抜け出すことに成功した。
そのシバの飛ぶ姿を、まんまと出し抜かれてしまった念動力者の少女は、呆然と見送っていた。会社員たちが慌てて助け起こそうとするまで、そのままの調子だった。
後日、シバが政府を通して不当逮捕されそうになった件を抗議したが、企業側からは『そんな事実はなかった』という返答しか得られなかった。そして政府も、事態解決だとして、これ以上のシバの肩入れは行わなかったのだった。