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企業での社会科見学の中で、マルヘッド高等専門学校卒の会社員が、生徒たちを集めて語っている。
「いいか。学生の間に、自分の価値を高めておくんだ。特に成果物はあればあるほどいい。この国の資本主義社会で、一番偉いのは価値を生む能力がある人物なんだからな」
会社員の言葉に、生徒の一人が揶揄するような言葉を放つ。
「一番偉いって、会社の社長より偉いってことですか?」
否定されることを前提にしたような質問だったが、その会社員は大真面目に頷いて返してきた。
「その社長が会社経営しか脳がない人物なら、その通りだ。まあ、会社の創業者なら話は別だがな」
「どうしてです?」
「創業者は、会社っていう企業を『作った』人だからだ。いわば会社自体が、その人の作品ってことだからな。会社が利益を出せば出すほど、社会に価値を提供しているってことにもなるしな」
「創業者以外は駄目ってことですか?」
「現場からの叩き上げで社長になった人なら評価されるべきだろうが、金勘定や会社運営だけが能の人だったら評価はイマイチになるな」
「会社運営で利益を出す事も、かなり重要だと思いますけど?」
「この国の資本主義ではな、ゼロから一を作れる人が至上なんだ。一を百にする能力は余り良いとは見なされない」
「なんでですか? ゼロから一なら、たった一しか増えないじゃないですか。一から百なら九十九も増えるのに」
「会社経営なら間違ってない。利益を増やす才能こそが会社の発展に繋がるからな。けど資本主義という観点からすると、ゼロから一を生み出すのは新たな価値の創造だが、一を百にすることは価値を付加しているだけに過ぎない」
「付加価値ですか?」
「そうだ。新開発商品を、コマーシャルをうって購買欲を呷ったり、限定商法で特別感を演出したりして売る。企業としては顧客の手に商品を売るための正しい行動だ。しかしだ、コマーシャルをかけた経費分、限定商法で値段を釣り上げた分、実際の商品の価値よりも余計に稼ぐことに繋がるよな?」
生徒たちに理解が広まるのを待ってから、会社員は続ける。
「社会に流れる金の量が有限であることを考えると、その余分の金が市場から引っこ抜かれると困った事態が起こる。市場から金が減るということは、社会経済という身体から血液が減るということと同じだ。減った分だけ血液が届かなくなった場所が出てきて、その場所にいる価値を生み出す存在が血液不足で活動できなくなる。すると、生み出されるはずの価値が生まれなくなり、結果的に社会の損失が現れるってわけだ」
「理屈では、そうでしょうけど……」
金稼ぎが悪いと言われたような気がして、質問をしていた生徒の顔が曇る。
そんな生徒に、会社員は呆れ顔を返す。
「この国の社会は、元からそんなもんだぞ。価値を生み出す能力がある企業の立場が強く、価値を生まずに税金を消費するだけの政府の立場は弱い。その関係を会社に当てはめ得れば、価値を生む社員が尊くて、稼いだ金で会社を回す会社員は蔑まれる、ってことになるだろ?」
話は最初に戻るぞ、と会社員は続ける。
「自分がゼロから一の価値を生む人物だという証明を、数多く用意しろってことだ。どれほどくだらない発明品だろうが、どれほど拙い作品であろうが、価値を生める者がこの国では偉いんだからな」
会社員の締めくくりの言葉に、大半の生徒は納得していない様子だ。
マルヘッド高等専門学校は名門校なので、生徒の多くは会社役員やら代表取締役やらの子供だ。
つまるところ、お前の親はあまり偉くないと言われても、納得できないのだろう。
しかしシバから言わせてもらえば、生徒たちがマルヘッド高等専門学校で学んでいることが、会社員の言葉の正しさを証明している。
なぜなら、会社役員や代表取締役が会社経営の才能よりも価値を生む人材こそが至上だと考えるからこそ、自分の子供に価値を生ませる方法を身に着けさせようとマルヘッド高等専門学校に入学させているのだから。
そしてシバは改めて認識する。
政府の犬なんていう、社会の仕出かしを尻拭いするだけの価値を生まない存在は、この国の資本主義社会では会社員以下の存在の価値でしかないことを。
超能力者も同じだ。特殊な能力が使えようとも、それを価値の生産に使えないようでは、この国では価値が低いのだ。
「だから価値を生める可能性が強い高位超能力者を企業が抱え込み、価値を作れそうにないと判断された低位超能力者は政府の犬になるってわけだ」
シバは誰にも聞かれない程度の小声で呟くと、自嘲気味に笑った。
さて、このまま何事もなく社会科見学が終わるかと思いきや、そうはならなかった。
社員とのディスカッションが終わり、バスで実際に企業が作った建物に見学に行こうというところで、シバの背後に誰かが立った。そしてその誰かが、声をかけてきた。
「動くな。声を出すな。手も上げるな。黙って、その場に立っていろ」
端的な言葉の連続による命令口調。
今のシバは、表向きの高専生の立場。この警告者に対して、念動力による実力行使して騒動を起こすことは好ましくない。訪問先の大企業で問題を起こしたとなれば、高等専門学校での立場が一気に悪くなることが間違いないからだ。
シバは仕方ないと諦め、警告された通りに、その場から動かずに待った。
その間にも、学校の担任教師は生徒を集めて移動しながら、シバがついて来ていないことに気付いたようだった。
「どうした、シバ・サエモ。バス移動を――」
担任の視線が、シバからあらぬ方向へと流れる。その不自然な視線の動きは、担任の目にだけ拡張現実が映っているのだろう。
事実、担任はシバが付いて来ないことに、納得したような表情になる。
「シバ・サエモ。良い未来へ向かうための一歩だ。応援しているぞ」
いったい、担任の目には何が見えたのだろうか。シバが取り残されることを良しとする言葉を放つと、シバ以外の生徒たちと共に企業のビルの外へと出て行ってしまう。
そうしてただ一人残されたシバは、背後にいる警告者へと言葉を向ける。
「それで、俺に何が聞きたことでもあるのか?」
シバが減らず口を叩いた瞬間、警告者の手に握られていた電気銃が発射され、コード付きの電気端子がシバの身体へと伸びてくる。
しかしその端子は、シバの体に当たる前に空中で止まった。
明確に攻撃された事に、シバは口を半笑いの形にすると背後を振り返った。
警告者は、ビジネススーツに身を包んだ三十代の男性。手には発射済みの電気銃を握り、目は空中に浮いた状態で停止している端子に向かっている。
明らかに無防備な姿に、シバは反撃の手を止めることにした。なにせ相手は、政府の上役といえる、大企業の社員様だ。下手な対応をすると、シバの将来に危険な種を飢えるような状況になりかねない。
「それで、俺に、何か、聞きたいことでも、あるんじゃないですか?」
ワザと一語一語区切っての問いかけに、目の前のビジネススーツ男の顔つきが戦闘者特有の殺気の籠ったものへと変わる。
「見学の態度がおかしいと思っていたが、その力、やはり超能力者だな!」
犯人を追求するような口調で言われて、シバは首を傾げてしまう。
「そちらの勘違いだ。俺はマルヘッド高等専門学校の生徒で間違いない。ちゃんと作品も提出している。学業のポートフォリオでも見せようか?」
シバはバイザーを使用して、自身の情報を相手側へ送信する。
しかしビジネススーツ男は、拡張現実上に展開された資料を見もせずに、追い払う手つきで消してしまう。
「黙れ。どこの企業からスパイに来た。正直に言わないのなら」
ビジネススーツ男は、懐から拳銃を取り出す。懐に入れられる中で一番の大口径拳銃だ。その拳銃を、シバに向けてくる。
シバは落ち着けと身振りしながら、勘違いをどう正すべきかに頭を悩ませる。
「いやだから、俺は確かに超能力者だが、マルヘッド高等専門学校の生徒でもあるんだって」
「嘘を言え! スパイは国家の敵! 価値を生み出そうと頑張る者たちをないがしろにする、社会の汚物だ!」
スパイに嫌な思いを体験させられたのだろうか、このビジネススーツ男のスパイに対する憎悪が凄まじい。
しかし『スパイ』という言葉に、周囲にいた会社員たちも態度を変える。
「その学生はスパイなのか? スパイなら、殺さなければいけないな」
「スパイは資本主義社会にいてはならない盗人だ。排除しなければいけない」
社員たちが、各々の武器を取り出す。大抵は拳銃だが、机やドリンクバーマシンの陰に隠していた長物のショットガンまで出してくる。
誤解がこうまで高まってしまうと、もう撃退するしかないと、シバは覚悟を決める。
どの順番で無力化しようかとシバが思案していると、場違いなほどに明るい声がやってきた。
「あれー? みんな、なにしてんの~?」
現れたのは、金属タンブラーを手に持ちながら、空中に浮いている少女。つい先ほど、念動力を使った悪戯でシバを転がした人物だ。
その少女は状況を理解していない様子だが、理解した後は、シバの敵になるのか、それとも弁護をしてくれるのか。
シバは気が気でない気分で、その少女がどう動くかを見守ることにした。




