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大企業での社会科見学。
目的地に着いた瞬間から、度肝を抜かれる展開が待っていた。
幅も奥行きも大きな、それこそ万年樹のような『太い』高層建築ビル。その周囲は三メートルほどの高い壁が囲んでいる。そしてその壁の上には、センサーガンやセントリーガンなどと呼ばれる、侵入者を感知次第に銃撃を加える自立銃器が等間隔に備え付けられていた。
ビルの正門も厳重で、全身をマッシブに機械化した門番が完全武装で五人立ち、彼らの補助に円筒型の自立防衛機械も多数配備されいた。
高等専門学校生が乗るバスが門から中に入った後、バスを駐車場に誘導する誘導員すらも全身機械化した上で武器を持っていた。
かなりの物々しい光景に、すっかり高専生の憂かれ気分は消沈していた。
しかし高専生が、誘導されておっかなびっくりビルの中に入ると、消沈していたはずの騒がしさが戻った。
「うわー。最新の工作機械がこんなに……」
感動の声を出したのは、バスの中でシバの隣で芸術建築の課題を行っていた生徒だった。
シバは彼が見ている方向に顔を向けると、骨子と金属腱だけで作られた五メートルほどの大型人形のような機械があった。それも複数機。
視線を転換させると、このビルの一階は、この大型人型機械が動けるようにしているのか、天井までの高さが十メートル以上あり、余計な柱も極力排除しているようだ。
生徒たちがビルの内部の異様さに目を奪われていると、例の大型人型機械が動き出した。
骨子と金属腱だけのように見える姿に反し、かなり人間的な動きが可能のようだ。
それこそ、その動きを見ている生徒たちが、自身が小人になったかのように錯覚するほど、人型機械の動きは人間臭かった。
「極力重量を排除した設計でありながら、ああいった人間特有の細やかな動きが可能になったから、巨大建造物を組み上げるのが速くなったんだ。その結果、工期短縮が行われ、より高い価値を生み出すことが出来ている」
この国の資本主義の根幹は、価値を生み出すこと。
その理念からすると、同じ製品を作るのならば、より少ない人数、より少ない土地、より少ない資材、より少ない時間で作り上げた方が、製品の価値は変わらずとも経費が小さくなることで相対的に価値が上昇するという考えになる。
どうやらあの人型機械は、その理念に従って作られた、建築用の工作機械のようだ。
普通の人が暮らす家を巨人が作るとしたら、普通の人がプラモデルを組み上げる作業と同じこと。その作業効率の向上は計り知れないものがあるだろう。
しかしシバは、そういう機械の利点よりも、どうやってあの機械が人間臭い動きを実現しているのかが気になっていた。
(あまりに動きが生物的過ぎるし、咄嗟の判断の動きにもよどみがない。これは、もしかするか?)
考えられる方法は、三つ。
一つ目の方法は、全身を機械化した人間がいるように、人をあの大型機械に改造してしまうこと。人間自体を中枢に組み込んでいるので、人間的な動き出来て当たり前。問題は、改造する人間の調達と、あの大きな鉄の体にした際に人間の脳や自意識が耐えられるのかどうか。
二つ目は、操縦者の体感覚と大型人型機械とを接続すること。自分の身体を動かすように機械を操れれば、あの人間らしい動きはできる。しかし問題は、体感と機械の動きにタイムラグがあった場合、制御を失う危険があること。特に咄嗟の動きが連続したときなど、少しの動きの乱れが体捌きの混乱に繋がって大惨事になりかねない。
三つ目は、シバが本命だと思っている方法として、シーリのような電創力の超能力者が搭乗者の場合。持ち前の電創力を用いれば、改造もせずに、タイムラグなどもなしに、大型人型機械を動かすことが出来る。
どうしてシバが、超能力者が操っているのが本命の方法だと予想しているのかというと、この場所が大企業のビルだから。
もっと言えば、大企業は多数の超能力者を保有しており、シーリの能力が判明した直後に、シーリの能力の発展量産型と言える超能力者が生み出されたという事実を知っているから。
そんなことを、シバがつらつらと考えている間に、大型人型機械はデモンストレーションとして実際の建築資材を加工する姿を披露し始めていた。
大型人型機械のデモンストレーションが終わった後、高専生たちは出入り口近くにある大型搬入用エレベーターに乗る。二階で降りると、オフィスビルの玄関のような光景が広がっていた。
受付の前を通り過ぎると、パーテーションのない広いオフィスがあり、複数個所に作業着姿の人たちと背広姿の人たちの集まりが見えるようになる。
彼ら彼女らは空中に拡張現実のモニターを出し合い、ああでもないこうでもないと建築物の設計に対して言い合っている。モニターの画像や文章は、シバのゴーグル越しに見る限りでは、モザイクで隠されていて伺えない。それでも議論が成立している点を見るに、社員だけが見えて部外者には見えないよう電子的なセキュリティの加工が行われているようだ。
そんな人たちの集まりのうちの一つに、高専生たちは案内された。
ここの拡張現実のモニターの内容は見えるようになっていて、社員がどんな意見を戦わせているかを観覧できるようになっている。
シバが見るに、どうやら美術館でありながらそれ自体が芸術建築という案件のようだ。
流石は大企業の中で設計中の建築物だ。予想図や概略図だけでも、相当な美しさを誇っている。
シバの芸術の感性では、これ以上どこを修正すれば良いのかが分からない。
しかし芸術に強い生徒たちはそうではないようで、そういった生徒たちが集まって、建築の各部を見ては自分なりの修正点を小声で会話し合っている。
その生徒たちの会話を、会社員たちも気にはしている素振りはあるが、聞き入れるべき点はなかったのだろう、彼らたちだけで会話を完結させていた。
やがて、この案件についての話し合いが終わったところで、会社員たちが生徒たちへ身体を向ける。
「さて、我々の仕事の一端は伺えたかな? ここからは質問タイムだ」
「私たちマルヘッド高等専門学校の卒業生が、君たちの質問や悩みの解消を手伝ってあげよう」
この企業に入社した卒業生だからこそ、こうして社会科見学に付き合ってくれているらしい。
建築や建築芸術の道に進みたいと考えている学生たちが、挙って社員たちに質問しにいく。その中でも真っ先に質問しに行ったのは、バスの中でシバの隣に座っていた生徒。自前の作成物すら見せて、芸術的な見た目と建築基準を満たす方法についての意見交換を求めている。
シバは、建築に興味がないので、オフィスの中を見回すことにした。
オフィスは形が様々なテーブルとオフィスチェアが各部に配置されていて、それらの間にドリンクバーが疎らに配置されている。パーテーションの仕切りがある一画もあるが、予約表がついているのを見るに、会議室や商談室のようだ。
観葉植物や絵画に窓もあるが、シバが目のバイザーをズラして裸眼で見ると、どちらも消えてしまった。よく出来た拡張現実のCGだ。
壁には窓はなくて堅いコンクリートだけなのは、ガラスの振動で会話が盗聴されないための措置だろう。
植物や絵画が配置されていないのも、どちらも盗聴器や隠しカメラの配置場所に使われる可能性があるため。
それら防犯上の措置をすると、どうしてもいまシバが見ているような、殺風景なオフィスになってしまう。しかし社員の心の健康やモチベーションを保つためには、植物の緑や窓から外の景色が見える解放感があった方が良い。だからこその、拡張現実のCGなのだろう。
シバはオフィスの現実を見て満足し、バイザーを戻そうとする。そのとき、空中をゆっくりと飛んでドリンクバーへと向かう人が見えた。
シバの裸眼では、その人物は機械の補助なく飛んでいる。だが、バイザーから見える光景では、浮遊する車椅子に乗った姿だ。
シバは周囲の人間が、その空飛ぶ人物に注意を払っていない点が気になった。そこでバイザーを掛け直してから、バイザーの設定を弄り、拡張現実を全てオフになるよう設定し直してみた。
すると、その設定の光景では、その人物は空飛ぶ車椅子に乗った姿のままだった。
どうやら拡張現実に接続している人の場合、どれほど設定を弄っても、あの空飛ぶ人物が浮遊する車椅子に乗っているのだと誤認されるようになっているらしい。
そして、それだけの技術を使って、身体情報を偽っているからには、あの空飛ぶ人物はこの企業が存在を秘匿したがっている超能力者であることは間違いなさそうだ。
なんの補助もなく空中に浮いていることから、おそらくシバと同じ念動力者。この企業が建築関係に強い点を考えると、重たい資材を念動力で運べる、B級以上の超能力者なのだろう。
そうシバが予想しながら見ていると、空飛ぶ人物がシバを見返してきた。
真っ直ぐに伸ばした長い緑髪を持つ、パンツスーツを着ているものの、シバよりも若い小中学生のような見た目で、顔つきも相応の年若さを伺わせる丸っこいもの。
その少女の顔が、悪戯を思いついたような笑顔になっているのを、シバは見て取った。
シバは嫌な予感がして、二歩後ろに下がる。別の生徒と椅子に座って会話している、会社員と立ち位置が重なるような場所へ。
仮にあの少女が念動力者だとしても、同じ企業の会社員を巻き込んで、シバにちょっかいは掛けてこないだろう。
そう予想しての行動だったが、予想は外れることになった。
シバの周囲が『掴まれる』感覚が走り、そしてシバと会社員、そして会社員と話していた生徒ごと、宙に浮かされる羽目になった。
「うわっ!? なんだこれ!?」
巻き添えを食らった生徒が驚きの声を上げるが、会社員はまたかといった諦めの表情。
一方でシバは、咄嗟に自信の念動力で脱出しようとして、その寸前で今が社会科見学中だということを思い出す。
そうこうしている間に、浮かされた三名の体勢がクルリと回された直後、浮遊感が消失。全員が背中から床に落ちることになった。
「ぐえっ」「痛ッ!」「くぅッ」
生徒は背中を撃って呻き、会社員は防御態勢で落ちたものの痛みを訴え、シバは受け身を取って最低限の衝撃で済ませた。
シバが慌てて上体を起こすと、高専生たちは急に三人が転んだように見えたのだろう、『なにやっているんだか』という半笑いの表情になっている。
そしてこの事態を仕出かした張本人はというと、満足げな笑みを浮かべると、コーヒーを入れた金属タンブラーを手に浮遊しながらどこかへと去っていった。
その後、念動力で転がされた会社員が、研究中の新技術の影響が階を貫いてどうたらと苦しい言い訳をして、純心な生徒がそんな技術があるんだと希望に満ちた顔になっていた。