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シバは政府の犬だが、同時にマルヘッド高等専門学校の生徒でもある。そしてマルヘッド高等専門学校は、企業が支配する中州地域――通称『囲い』の中にあることからわかるように、かなりの名門校である。
この高等専門学校では、生徒が日夜技術を研鑽し、価値あるものを生み出そうと躍起になっている。
しかし価値あるアウトプットを行うには、価値の種となる情報をインプットする必要がある。
その情報は、生徒たちが自主的にインターネットの中から集めたり、学校での教師からの教育だったりするが、それだけではいけない。
インターネットにあるものは不確実だし、教師の知識も現役の者に比べてしまうと古い。
不確かだったり古い情報を元にしては、真に価値ある作品はできあがらない。生徒たちに手渡すべきは、確実かつ最新の情報であるべき。
そういう信念の下、マルヘッド高等専門学校では一期に一回の社会科見学が行われ、見学先の企業の技術者に質疑応答ができる時間を設けている。
その社会科見学は基本的に全員参加なので、シバも学生であるため、半ば強制的に参加しなければいけなかった。
生徒たちを乗せた大型バスが、囲いの中の道を進んでいく。
バスの中にいる生徒たちは、姦しく会話をしている。
「でさー、ここをこうして、こうすると、ほら出来た」
「うひょー、まじかよ。裏ワザ的だな! どうやって知ったんだ?」
「父が技術に詳しい知り合いに聞いてくれたんだー。こうできるんじゃないかって考えた人にだけに教える、知る人ぞ知る技術なんだって」
「へー。じゃあボクに教えてしまって良いん?」
「いいの。だって、そっちが『こういう方法をしらない?』って聞いて来たんじゃない」
「あー、教える条件をクリアしてたってわけね、なるほどなるほど」
バス移動という長い時間席が隣になることで、自然と生徒たちの間に会話が生まれ、その会話から新たな作品の萌芽が発生する。
企業からもたらされる最新情報も発想の種になることを思えば、この社会科学を学校が行わない理由がない。
とはいえ、シバもそうかと言うと、実は違う。
シバは目元に拡張現実を見るためのバイザーをつけた状態で、席の背もたれに背中を預けて静かにしていた。
これはシバが非社交的で黙っているわけではない。
シバの隣に座ることになった人物が、シバとの関りを断って、自分の世界に没頭しているからだ。
「建築物用のベクトル計算ソフトめ。どうして、このオレの芸術を理解してくれないんだ」
ブツブツと呟きながら、シバの隣に座る生徒が、中空に指を振っている。
シバのバイザーを通して見ると、その生徒が空中に自身の作品を展開し、その作品の構造を弄っていることがわかる。
その作品は、かなり複雑な見た目をした、大きな建築物のようだ。
蔓を思わせる細い構造体が複雑に絡み合う部分があったり、大胆に大穴が開いた壁があったり、移動が大変そうな複雑怪奇な道順の階段やエスカレーターがあったりした。
一見して芸術性が高い建物だとはわかる。
それでもシバは、不便そうだから利用したくないと思った。
そのシバの感性の正しさは、生徒の作品が建築可能かを診断するベクトル計算ソフトが不可を出しているため、証明される。
ソフトが修正案を出すが、それが生徒には気に入らない様子だ。
「だから、そこに柱を入れたら芸術性が崩れる。剛性が足りないのなら建築材料を変えれば――チッ、ダメか……」
シバは、作品作りに没頭している生徒から目を外し、バスの中を見回す。
生徒間でお喋りしている者も多いが、シバの隣に座る生徒のように、作品作りや課題消化に勤しむ生徒もいる。
この二種類の生徒が、どのような差で生まれるかというと、以前に行われた作品提出およびオークションの結果だ。
高評価だったり、評価がイマイチでもオークションで高値がついた、作品の制作者たち。彼ら彼女らこそ、バスの中で楽しくお喋りしている生徒だ。
逆に、低評価勝つオークションでも振るわなかったものが、バスの中で没頭している者たちだ。
その基準で言うと、作品が高評価かつオークションでも高値で作品が売れたシバは、他の生徒とお喋りしていないといけない。
しかし、人数と座席の関係で高評価組から一人と低評価組の一人が、どうしても席を隣にしなければいけなかった。
高評価組のほぼ全ての生徒が、折角の社会科見学を楽しく過ごしたいと、低評価組と隻が隣になることを嫌がった。
そこでシバは、自身があまり人との雑談を好まない性格ということもあって、役目を引き取ったのだ。
こうしてシバは、周囲に人の姿はありつつも、心情的に孤独な時間を得ることに成功していた。
しかしシバのバイザーで隠れている目は、憂鬱を湛えていた。
「はぁ~。気乗りしないな……」
今日社会科見学に向かう企業は、複合業種の大企業であり、その中でも建築業に強みを持つ企業。
シバの隣にいる建築芸術に挑んでいる生徒が、必死に自分が納得できる作品を作り上げようとしているのも、その大企業の建築部の人から直接感想や意見を貰うためだ。
シバが憂鬱なのは、その企業に原因がある。
シバは、自身が超能力者であるため庁能力の恐ろしさを知っているし、自身の念動力が弱いことも分かっている。
そして大企業間の調定機関である政府には、シバという超能力者の駒がある。同じように、政府より上役といえる大企業には、シバのC級よりも確実に上の超能力者を抱えているものだ。
シバにとって、自身よりも強い見知らぬ超能力者がいる場所に赴くということは、任務以外ではやりたくないことだった。
このシバの心情を現わすと、猛獣がいる檻の中にナイフ一本を手にして入ろうとしているようなもとと言えた。
しかし前記したように、この社会科見学は学校による半強制イベントだ。生徒の身では、正当な理由なく休むことは出来なかった。