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シバはシーリを抱えた状態でエレベーターシャフトないを念動力で上昇し、任務の目標である暴走したとされる炎創力の超能力者、それがいる階層に到着した。
しかし、シバがエレベーターの扉を念動力で開けた瞬間、激しい銃撃に晒されることになった。
「チッ。重量に余裕がないってのに」
シバは念動力で銃弾を逸らして身体に当たらないようにしつつ、扉を通ってホテルの床へと着地する。その間も、銃撃は絶え間なく続いていている。
とりあえず足が床についたことに安堵しつつ、シバは銃撃してきている者たちに目を向ける。
銃撃の正体は、回転式の銃身を持つ機関銃。回転式機関銃は糾弾ベルトがついていて、ドラム缶のような弾薬箱から絶え間なく銃弾が供給されている。そしてその機関銃を持つのは、首から下をマッチョ体型の人型機械に置き換えた人間だ。
例の超能力者の護衛にしては、かなり物々しい。
流れ弾でコンクリートの柱に深々とした抉れ痕が出来ているのを見るに、機関銃で撃たれている人間がシバでなければ、ものの数秒でひき肉を通りこしてミートソースになってそうな暴虐っぷりだ。
「機関銃がバラバラと五月蠅いし、流れ弾で死人がでかねないしな」
シバは片手を機械化人間に向け、自身の念動力の効果を調整した。
するとシバの身体の直前で逸れる軌道に変わっていた機関銃の銃弾が、シバの体の周囲を周るように移動し、そして放たれた機関銃に戻る軌道を取る。
「ぐがっ――」
護衛の機械化人間が呻き声を上げて、機関銃を手から放す。機関銃は機関部に弾丸が当たってバラバラになり、それを持っていた腕にも弾痕が刻まれていた。
これで勝負あったと思いきや、機械化人間は最後の悪あがきを行う。
壊れかけの腕を動かすと、自身の腰にあるピンを引き抜く。すると腰に留められていた手榴弾が外れて落ちた。そしてその手榴弾を、シバの方向へと蹴り飛ばしてきた。
時限信管の手榴弾は、シバの超能力の圏内に入る手前で炸裂し、周囲に爆炎と破片を振りまいた。
ホテルの廊下という限られた空間での爆発だ。ホテルの壁や天井は言うに及ばず、攻撃をしかけた機械化人間にも被害が出た。背を向けた機械化人間の機械の体に破片が降り注ぎ、装甲を突き破って内部にまで破片が侵入した。
そんな手榴弾が起こした爆発が収まると、しかしシバの周囲二メートル圏内において手榴弾の炎と破片の破壊痕はなかった。つまりは、シバの念動力は防ぎきったのだ。
「なかなかに良い護衛だな。ホテルに忖度しない思い切りも良いし、自爆する覚悟までもっている」
「こんな無茶な真似をしているってことは、ホテル側が用意したんじゃなくて、暴走超能力者を迎え入れようとしているどこかの企業の差し金ってところね」
「資料で見る限り、炎創力の能力者はB級だろ。ここまでする価値があるとは思えないんだけどな」
「超能力者は数が限られているし、炎創力は殺傷力が高い能力だから、これぐらいしてでも欲しい企業はいくらでもいるでしょ」
そういうものかと納得しつつ、シバはシーリを抱えたまま倒れている護衛を乗り越えようと足を進める。
そして護衛の横を通り過ぎようとしたとき、倒れて動けないふりをしていた護衛がはね起きて襲い掛かってきた。
しかし、護衛は知らなかったのだ。シバの能力圏内である周囲二メートルに踏み込んだ際、自身の機械の体がどうなるかを。
掴みかかろうと伸ばした腕のボルトが、体表の装甲を突き破って外へと出てきた。それだけではなく、部品一つ一つが勝手に脱落していく。まるで目に見えない名工の手によって分解整備されようとしているかのように。
瞬く間に両腕がフレームだけを残した状態に分解されたところで、今度はシバに抱えられているシーリの手が護衛に胴体に触れた。次の瞬間、身体を動かすための全てのプログラムが漂白されて、機械化した身体が一切動かなくなった。
「安心しなさい。生命に支障が出る部分には手を出してないから。それと、貴方の頭の中にある情報もちょこっと頂いたから、ごめんなさいね」
護衛は身体を動かせないため、立ち去るシバたちを黙って見送るしかできなかった。
エレベーターの扉にいた護衛の他に三人、身体を機械化した人間が護衛として立ちはだかった。
しかし最初の護衛に比べたら、取るに足りない相手だった。
「接近戦主体の護衛なんて、俺らが天敵だろうに」
「どんな銃弾をも弾く装甲を持っていても、所詮は機械の塊だしね」
相手が機械であれば、シバは構成部品を念動力でバラバラにすることで、シーリは電創力を利用したハッキングで、簡単に無力化できてしまう。
そんな取るに足りない生涯だからこそ、シバは首を傾げてしまう。
「暴走超能力者を手に入れようと企業が動いていながら、俺たちの襲撃に気付いていないなんてこと、あるか?」
「基本的に政府の動きは企業に筒抜けなのは周知の事実だし、知ってないのは変だよね?」
シバもシーリも超能力者としてはC級であり、特定条件下以外になると、とことんに弱い。
例えばシバは、能力の範囲が自分の周囲二メートル圏内に限られるし、一度に操れる重量も百kgと念動力者としては低い。
だからシバを倒そうと考えたのなら、二メートルより外の位置から百kgを越える質量のあるものをぶつけるだけでいい。ドーム球場を越える大きさの巨大人工生物や、それを倒した超巨大な岩などがそれに当たる。
シーリに至ってはより簡単だ。あらゆる電子防壁を突破できるハッカーではあるが、戦闘能力という意味ではスタンガン程度の電力しか出せない。だからシバのような素人間を用意して、機械制御のない銃や刃物で襲えばいい。
つまるところシバとシーリを同時に相手して勝とうとするのなら、体重が百kgある素人間かつ素手で人が殺せる戦闘者を派遣すればいい。防刃と防弾の効果を持つボディースーツを着させればより盤石になるだろう。
そうした自身の弱点に、シバとシーリは自覚がある。
だからこそ、今の状況が不思議でならなかった。
「もしかしたら、こっちは囮だったりするか?」
「実は暴走した超能力者は二人いて、たいして必要のない方に私たちの目を向けさせておいて、今頃は本命を手に入れているってこと?」
大いにあり得そうな予想だった。
だが仮にそうだったとしても、シバとシーリの任務は変わらない。
暴走超能力者――ということにされた所属から勝手には慣れようとした超能力者を、捕まえるか殺すかしないといけない。
そして、シバもシーリも人を逮捕するのに適した能力ではないのだから、取れる選択は一つだけだ。
「で、例の炎創力者がいるという部屋の前まで来たわけだが」
シバは部屋から溢れんばかりの熱気が発生しているのを感じて、肩をすくめる。
「準備万端待ち受けているって感じだな」
「炎に巻かれるなんて嫌だから離脱していたいけど、コンプの傍が一番安全だしなー」
二人そろって肩をすくめると、シーリがハッキングでホテルの部屋の電子ロックを外し、シバが念動力で扉をこじ開けた。
次の瞬間、真っ赤な炎がホテルの部屋から現れ、二人をまとめて飲み込んだ。




