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暴走する超能力者の処理のため、シバとシーリは居場所だと判明した高級ホテルの前にやってきた。
このホテルに入っていく人たちは、囲いにおける他の住民と同じで、真っ白なボディースーツ姿。しかしそのスーツは、素材が殊更に高価なものであると一見して分かる、特別な艶を持っていた。その白スーツの上に被される拡張現実の衣服も、一流デザイナーに作らせたとわかる、緻密性と芸術性が見て取れた。
その手の人物の周りには、常に人間ないしはスタンドアローン型のロボットの護衛が複数ついている。人間の護衛は五体を高度に機械化しているし、ロボットにしても護衛対象を護りきる堅牢さを誇っている。
そんな高階級の人たちが集まる場所のため、機動隊用のボディースーツと実用性はあっても安物な装備品な恰好の、シバとシーリは浮いていた。
しかしシバは、自他の格好など知ったことかとばかりに、さっさとホテルのエントランスを潜る。シーリはシバの腕に自身の腕をからめながら、並んで歩く。そして二人は、その足でホテルのフロントまでやってきた。
フロントの受付が対応しようと姿勢を正そうとしたところで、フロントの奥から現れたコンシェルジュが受付と場所を交換してシバとシーリに対応する。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用件で御座いましょうか?」
丁寧な物腰の、コンシェルジュ。その見た目は六十歳過ぎの紳士で、茶髪三割白髪七割の頭髪をオールバックに固めている。老化で衰えた目を交換したのか、眼球と目の周りに機械化した様子が伺える。燕尾服の拡張現実を外して見えるボディースーツ姿も、老齢に比して緩みがなくて若々しい。もしかしたら首から下も、人間体に沿った形の機械に置き換えているのかもしれない。シバとシーリの動きをつぶさに観察し、二人の動きに対してすぐに対応できる素振りがあることから、戦闘技術も高そうだった。
シバは、自身のコードネームがコンバット・プルーフなだけあって、この老紳士と戦って勝つ自信はある。
しかし余計な争いをすることは、それこそ一文にもならない戦いなどやりたくないの、がシバの偽らざる気持ちである。
だから余計な戦いを回避するためにも、シバはこのコンシェルジュを味方につける必要があった。
「俺たちは政府の犬だ。こちらに泊っている客に用があってきた」
シバが用件を切り出すと、コンシェルジュはビジネススマイルを浮かべたまま謝罪のお辞儀をする。
「申し訳ございません。当ホテルにお泊り頂いた方は、どんなお方で御座いましょうと、大事なお客様でございます。そのお客様の身柄を売るような真似は、当ホテルとしては受け入れることはできかねます」
「その客が、とても危険な人物だとしてもか?」
「それでもです。当ホテルに御滞在いただき、宿泊料を頂いている限り、その御客様をお守りする義務が、当ホテルに御座いますので」
「……このホテルの資本元が、とある大企業のものだから、俺たちのような政府の犬に話の都合を付けてやる理由もないと?」
「言葉を憚らなければ、そのように受け取っていただいても構いません。そして、宿泊客でないお方への対応も、押して知るべしで御座いましょう」
コンシェルジュが手を二度叩くと、円柱機械が二十機もホバー移動でやってきて、シバとシーリの周りを取り囲んだ。
明らかな示威行為だが、シバは狼狽えない。この程度の戦力なら、シバの敵じゃないからだ。
しかしホテルと敵対する気はないため、シバとシーリは穏便に事態の解決ができる方法を探っていく。
「あの人の言葉を聞いて、どうするよ?」
「私たちが取れる方法は、三種類だね。客としてホテルの宿泊階層に入り、標的に近づいて、お客同士のトラブルって建前で目標を仕留めちゃう方法。どうにかして目標をホテルから追い出して、そこを確保する方法。あとは派手に大立ち回りして、目標まで暴れ通しで行くかだよ」
「穏当なのは客として入ることか?」
「その通りではあるけど、目標が泊っているフロアの宿泊料金、こんなだよ?」
「うげっ。底辺会社員の年収相当かよ」
「スラムに済む荒くれ者なら、ダースで雇える金額だよね」
ビーズバッグという芸術品の売却代金と、新ソフトウェアの販売マージンがあるため、シバとシーリなら払えない金額ではない。
しかし政府の任務にそれだけの大金を払ったところで、経費として手元に戻ってくることはないため、余計な出費は控えたいところだ。
「となると、目標がホテルの外に出てくるのを待つか、もしくは力尽くで押し通るかか」
力尽くで押し通る場合、シバとシーリはこのホテルと出資元の大企業から睨まれることになる。その企業の圧力をもってすれば、シバは高等専門学校を退学に追い込み、シーリは両親が経営するソフトウェア会社を経済的に潰すことなど、造作もないだろう。
そんな自分や家族の将来を犠牲にしてやるほど、シバもシーリも政府の犬としての任務に熱心ではない。
「そうなると、目標が外に出てくるのを待たないといけないわけだが」
追いそれと出てくるようなら、二人に任務がもたらされることはない。
シバは単体戦闘の性能なら抜群で、シーリも電子機器を備えた機械相手なら無双できる超能力者だ。
つまり政府は、物理的と電子的な力でもって目標を確保ないしは殲滅しようと画策して、二人に任務を出したということ。そんな戦力を出さないと解決できないと思っているということは、目標がホテルに籠城して出てこないと判断しているということだ。
シバが手間がかかりそうだとウンザリした気持ちでいると、シーリのヘルメットに隠れていない口元が笑みを浮かべていた。
「……シーフキー。何かやったか?」
「特に何も? 私たちの目標に、ちょっとした情報を流しただけ。私たちがホテルのフロントに居るっていう情報をね」
「襲撃をわざわざ知らせるなんて――襲撃に怯えて、目標がホテルから逃げないか試したってところか?」
「それもあるけど、もう一つの可能性にも期待かな」
「なにか、嫌な予感がする言い方だな」
シバが予感を口に出した瞬間、シバとシーリを囲んでいた円柱機械の真ん中が割れて銃口が現れた。そして間を置かずに銃撃を始めた。
バラバラと火薬式の弾丸が発射され、硝煙がホテルのエントランスに生まれる。
たまたまエントランスに居合わせた他の客たちは、護衛の人間やロボットの後ろに隠れ、流れ弾に当たらないように退避している。
円柱機械が装填されていた弾薬を使い切ったところで、ようやく銃声が止んだ。
エントランスにある空気清浄システムが唸りをあげて高稼働を始め、硝煙で汚れた空気を科学的に浄化されたものへと入れ替えていく。
多数の弾丸に晒されて、シバとシーリはひき肉よりも無残な状態に――なっていなかった。
二人は当たり前のように立って会話を続けている。その足元には、円柱機械が吐きだしたと思わしき弾丸の弾頭が、積み上がっていた。
「警告なしで発砲かよ。流石高級ホテルは機器に対する速度が段違いだな」
「目標がホテルに入金して、私たちの排除を依頼した証拠を電子データとして押さえたわ。それと、ホテルが私たちに対して敵対行動をしたことを、政府とホテルの出資企業にも通達済み。大義名分は整ったわね」
話がまとまったところで、シバはコンシェルジュに顔を向ける。彼の皺のある表情はビジネススマイルを保ったままだが、驚きから表情が固まっている様子でもあった。
「ホテル側の敵対行動を確認した。これから俺たちは、自分たちの身を守るために最適な行動を取ることにする」
「このホテルに逃げた目標――企業の管理下から逃げた超能力者が、依頼主だと分かっているからね。その超能力者を排除しない限り、このホテルに狙われると判断するわ」
シバとシーリが通告した次の瞬間、ホテルの照明が落ちて非常電源に切り替わった。そしてホテルにある、全ての隔壁が作動する。通路が区画ごとに防壁に寸断され、エレベーターは最上階に移動して停止し、エレベーターシャフトも階層ごとに隔壁が閉じる。ホテルの内と外も、地面からせり上がってきた隔壁によって分かたれることになった。
こうして、誰もがホテルの外へでることも内に入ることも出来ない状況となった。
こんな大仰なしかけが作動出来たのは、シーリの電創力のお陰だ。
「コンプ。目標までの道順は、こんな感じ。ぶつかる隔壁は、その都度、私が解除するから」
「それで、エレベーターが動かない状況だから、俺がシーフキーを抱えて運ぶわけだ。抱き抱え方のリクエストは?」
「お姫様抱っこでお願いするわ」
シーリがシバの腕から首元へと手を回す位置を変えると、シバは彼女の膝の裏を手ですくいあげて抱き抱えた。
「それじゃあ移動するぞ。舌を噛まないように注意しろよ」
「はーい。電子的なバックアップは任せなさいな」
その言葉の後、二人の姿が一瞬にしてエントランスから消えた。
いや消えたのではない、目にも留まらない速さで、エレベータの出入口まで移動したのだ。
「ま、待ちなさい!」
ここでコンシェルジュが始めて慌てた顔をするが、シバたちには構う気がない。
シーリの能力でエレベーターの扉を開けると、上下に通じるエレベーターシャフトが姿を現した。
シバがシーリを抱えたまま、シャフトの中に踏み出す。何もない空間のはずなのに、まるで見えないエレベーターが存在しているかのように、二人は空中に立っていた。
そして、さも当たり前のように、二人の姿がシャフトの上へと昇っていく。
シャフトの内にある、各階を隔てる隔壁は、二人の通貨を歓迎するように次々に開いていく。そして二人が通過した後は、他の後続を拒否するかのように、再び閉じていく。
こうしてコンシェルジュは、円柱機械によるシバたちの殺害も、シバたちがホテル内を移動することを防ぐことができないまま、事態を見送るしかできなかったのだった。
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