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シバが学生生活を順風満帆に送っていると、急にとあるニュースが流れだした。
『政府から、未就学児に超能力開発を行う法律が発布されました。来年度より、五歳以下の子供に対し、健康診断と同時に行われるということです』
シバは、この急報を聞いて、眉を寄せた。
「各所の機械化を強化していたのに、超能力開発に方針を再シフトしたのか?」
自身の疑問の呟きに対し、シバは深く思考を巡らす。
「いや。超能力の方針は持ったままだったのかもしれない。相変わらず、大企業にはB級以上の超能力者は所属しているはずだしな。となるとだ――」
政府発表と言う事は、大企業が裏で糸を引いているということだ。
そして超能力が高確率で発現させるには、対象者が幼ければ幼いほど良い。その前提条件を考えるのなら、未就学児に超能力開発を行うことは理に適っている。
更に多分と但し書きがつくが、未就学児に行う超能力開発は低強度のものだろう。
その強度では大半の者が超能力を発現できないが、超能力に適正がある未就学児なら弱い超能力を発現できる可能性が高い。
そういった適正ある超能力者を炙り出すことが、この新たな製作の目的なのだと、シバは考え至った。
「少し前に一般人相手に無意味に近い超能力開発を行ったのも、この仕込みだった可能性があるな」
戦争で活躍した超能力者の影響で、超能力の流行り、それによって親や祖父母世代が超能力開発機構で超能力発現のための措置を受けた。
その体験から、軽度の超能力開発は危険ではないことと、誰もが超能力者になるのではないことが世間に周知されている。
だから政府が未就学児を対象に超能力開発を行うと発布しても、子供に危険がないだろうからと、政策に反対する家庭が多いに違いない。
「それにだ。俺のような、機械的に補助を入れていない個体は、超能力の成長が微々たるものだという結果が出ているんだろうな。だから、不特定多数に超能力を授けても、社会的な混乱は最低限に収められると、大企業は判断したんだろうな」
その判断が出たからこそ、シバの検査を超能力開発機構が行わなくなったのだろう。
色々な部分が繋がっているらしきことに、シバは社会の複雑さに腕組みする。
「大企業達は超能力に執心しているとして、政府は機械の方面を愛用しているよな」
シバは政府の犬であるが、今ではほとんど任務が来ることがなくなった。
それを考えると、政府は機械化人間やロボットを重用していることになる。
両者間の方針の違いに、シバは少しだけ不安感を抱く。
シバは内乱の可能性を考えて、あり得ないと首を横に振る。
国内で戦争を起こすなど、資本主義社会的に考えれば、不用な物資の消費と経済の停滞を招くだけで利点がない。
「単なる棲み分けで、対立構造になるというわけじゃないと思うが」
そんな呟きを零した直後、シバの元に政府からメールが届いた。
そのタイミングの良さに驚きつつ、シバはメールの中身を確認する。
「政府に所属する超能力者に対して、意見聴取を行う?」
メールの中にはスケジュール表もあり、未だに政府に所属している超能力者のコードネームが欄の中に書かれている。
シバが目を通したところ、コンバット・プルーフはスケジュール最終日の最後の時間の欄に置かれており、シーリことシーフキーは最初の日の一番目の欄に置かれていた。
「見事に離れているな。これは、なにかを意図したものなんだろうか……」
シバは疑問に感じつつも、書かれている日にちのスケジュールに指定された場所に行くことに決めた。
受け取ったメールに書かれていた日にちと場所に、シバは向かった。
到着したのは、政府所有の大きな商業施設。中州の街以外にある全国の企業からの出店を集めた、アンテナショップが立ち並ぶ施設だ。
シバは案内所にいる接客ロボットに近づくと、そのロボットにメールにあったコードを電子バイザーの機能で送った。
するとシバの電子バイザーに、行き先を示す矢印が表示された。
「こっちか」
矢印の案内に従って歩いていくと、『スタッフオンリー』とプレートが張られた金属扉があった。その扉の内側に入るように、矢印が指示している。
シバは指示に従って扉を開き、中へと入っていく。
扉から続く通路は、左右の壁の下に段ボール箱や中身が詰まった袋が置かれている。
シバは置かれた物の間を通りつつ、矢印が示す通りに通路の奥へと歩いていく。
矢印は、やがて通路の先にあるエレベーターに乗れ、地下三階のボタンを押せと、連続して指示を出す。
それらの指示に従って行動し続けていくと、地下三階から更に非常階段を一つ下りた地下四階、その一画にある厚さのある扉の中へと誘導された。
シバが部屋の中に入ると、中は普通の部屋とは様子が違っていた。
部屋の壁に分厚い内張りをつけ、独自の吸排気システムが備えられている。
「これは遮音室――いや、退避ルームか核シェルターだな」
どうしてこんな場所に案内されたのかと、シバが疑問に思っていると、背中に気配を感じた。
シバが後ろを振り向くと、そこにはキツイ眼差しを眼鏡型のバイザーで覆っている、シバと同年代のスーツ姿で女性が立っていた。
「コードネーム、コンバット・プルーフですね?」
「その通りだが、あんたは?」
「尋問官。コードネーム、トゥルーアスクです。色々と質問をしますので、部屋の中に入ってください」
シバはトゥルーアスクに促され、部屋の中に。部屋の様子を探っている間は気付かなかったが、簡素な机が一つとパイプ椅子が二脚部屋の中においてった。
シバがパイプ椅子の一つに座ると、机を挟んだ向かい側に、トゥルーアスクも座った。
「では、質問を始めます」
トゥルーアスクの眼鏡が少し輝く。どうやらガラスの内側にモニターが内蔵されているタイプのようで、光ったのは質問内容を表示したからだろう。
シバはどんなことを聞かれるのかと興味を抱きつつ、トゥルーアスクの口から言葉が出るのを待った。