プロローグ
軍用輸送航空機の機内。
有人戦車なら一台、AI制御戦車なら二台は入れそうな格納室。輸送機のプロペラがグワングワンと五月蠅い音が中にまで貫通して聞こえている。
しかし室内にあるのは、たった二人の人員だけ。
戦闘用のパワーアシストスーツと必要最低限の付属装甲だけ着けた青年。彫りの薄い日系の顔立ちに黒髪茶瞳。百八十cm越えの肉体には、身動きが邪魔にならない程度に発達した筋肉がついている。
同様のパワードスーツに自衛用携行火器と小型の電子機器を持つ少女。首元あたりで切り整えられた金色の髪と、意思が強そうな碧眼。百五十cmに届いていない背丈に、胸部と臀部のふくらみが乏しい薄い身体をしている。
積載量に比したら軽量も軽量な荷物は、いまプロペラの音に負けない大声でのお喋りの最中だった。
「『コンプ』! 今日の任務、キミの能力が頼りだからね! 私に傷を作らないよう、頑張ってよね!」
少女から若年女性らしい高い声で言われて、コンプと呼ばれた青年は顔を顰める。
「今まで組んできたのと同じだろ、『シーフキー』! 俺の能力圏内にいるのなら、対人兵器については守ってやれる。安心して、施設を電子ハックしてくれ!」
コンプ、シーフキー。
どちらも人名とは言い難い呼称の通り、コードネームである。
つまるところ二人は、コードネームを使うような職種であり、そしてそれを使って呼び合う状況というわけだった。
「本当に頼むよ。本来、私は防御兵器マシマシの郊外研究施設に出張っていいような能力じゃないんだからさ!」
「それを言うのなら、俺だってそうだろ。俺はお前はお互いにC級の超能力者なんだからな」
C級超能力者。
昨今始まった、超能力を発現させるための脳開発技術を使って生み出される超能力者たち。その中でも、使えなくはないけど協力でもないという、中途半端な評価を受けた超能力者の公式認定である。
つまるところ、コンプとシーフキーはさほど強力ではない超能力者ということになる。
「なんで政府のエージェントって、私達みたいなC級ばかりなのかな!」
「そりゃあB級以上の超能力者は、巨大企業の方に取られるからだろ! シーフキーの有人が企業の方に行ったって、前に愚痴ってただろ!」
「今回の任務は、その企業の尻拭いなんだから、企業に所属する超能力者が出ればいいのに!」
「企業の超能力者の活用法は、基本的に『価値を作る』ために使われるからな! なにせ俺達がいる社会は『資本主義』なんだからな!」
「価値を生み出し続けることが資本主義の主義で企業の役割。価値を損なう存在を排除することが政府の仕事って、今でも納得してないんだけど!」
「仕方がないだろう! 超能力を開発した際の契約で、発現した超能力は社会のために使うって契約したんだろ!」
言い合いに近い声量での会話を続けていると、唐突に機内にビープ音が流れ、照明が白色から赤色へと変わった。
「目的地の上空に着いた! 行くぞ!」
「装備確認! 問題なし! 空中降下と着地はお願い!」
コンプはシーフキーを抱き寄せると、自身の超能力――念動力を発動。二人の身体がピッタリとくっ付く状態へ。
シーフキーはコンプの胸元に頬を付けた状態で上目遣いになり、ニッコリと笑う。
「私みたいな美女にくっ付けて、役得でしょ」
「……美女の部分は否定しないが、望めるなら胸元の乏しさを改善してほしいところだな」
「あああっ! それ言っちゃったら、戦争でしょ!!」
むきーっと怒りだすシーフキーを、コンプはハイハイと宥めていると、航空機の後部ハッチが開き始めた。
圧力の関係で、外へと空気が流れ始める。
その空気の流れに従うように、ピッタリとくっ付いた状態のまま、二人は開放されたハッチへと歩いていく。
「それじゃあ、行くぞ」
コンプが告げた直後、二人は航空機から外へと飛び出した。
飛び去っていく飛行機を下から見ながら、二人は地上へ向かって落下していく。
二人の背にはパラシュートはない。普通なら、地上に叩きつけられて死亡するしかない状況。
しかし二人とも、その顔に不安はない。
二人が地上へ降下する中で、眼下に荒野の中に作られた工場地帯が見えてくる。いままでの軌道からすると、二人の降下場所からは少し離れている場所だ。
このままでは通り過ぎると思われたとき、急に二人の軌道が捻じ曲がる。その動きの変化は、まるで透明な巨人に叩き落とされたかのように急激だった。
その軌道変化もあり、二人は目的の研究施設の敷地内へ向かって下降していく。
だがパラシュートも持たない状態だ。このままいけば、二人とも地面に衝突し、叩きつけられたトマトよろしくの姿になってしまうだろう。
そんな心配は不用とばかりに、二人の身体が地面に衝突前に空中で止まった。それからゆっくりと下降が再開され、二人の足が研究施設の敷地の地面に着地する。
「さて、新入成功なわけだが、足腰立つか?」
コンプが質問すると、シーフキーが得意げな表情を返す。
「もう何回組んだと思っているの。対空砲火もない降下なら、へっちゃらだって」
「ふーん。初回に組んだ時は、号泣の上に漏らして、しばらく使い物にならなかったと記憶しているが?」
「ちょっ! その話は無しだってば!」
シーフキーは顔を真っ赤にして怒るが、その表情も長くは続かない。
二人の侵入に気付いたのだろう、研究施設の方からサイレンが発生したのだ。
「まあこうなるわな。ああ、荒っぽい状況になるから、シーフキーは俺の後ろに隠れつつ離れないようにしてついてこい」
「頼りにしているよ、コンプ――いやさ『コンバット・プルーフ』」
コンプが前に立ち、その背にシーフキーが手を着いた状態の隊列を作る。そして二人は、研究施設の建物がある方向へと進んでいく。警報によって機動した防衛兵器の銃口が向けられる中を悠然と。
新しい物語の開始です。
よろしくお願いします。